煙突掃除夫の抗議活動に関する撮記(中)

一連の運動をわかりやすく説明するため、高山氏の登場より少しさかのぼって書き記す。


 帝都から煙突掃除夫が姿を消したのは統合歴九九〇年、帝都歴でいうと三〇年の十月だ。

 実際にはそれよりも前から、煙突掃除のじわじわと仕事は減りはじめていて、従事する者はどんどん首をきられていた。

 二〇年代末ごろから国内の煙突は更新期を迎えていた。桃田ももた型煙突の開発によって、従来のヘファッヘン改良型からの取り換えが進んでいたのだ。より排煙を抑えた桃田型は画期的な開発とされた。

 桃田型への取り換えが進んだ昨今の帝都の煤煙排出量は、もっとも激しかった二〇年代初頭までと比べて三割近くも削減されているという計測結果が出ている。


 そうそう、煙突掃除〝夫〟と書くけれど、これは昔からの慣習だ。過酷な仕事ではあるけれど、男だけに開かれているわけではなくて、もちろん女もいる。

 むろん煙突掃除夫は給料がいいわけではない。年に何百という数が転落して死にもする。肺をやられて職を失う者は更にその数十倍はいただろう。進んでなりたがる者などほとんどいない仕事だ。ただ、身元の不確かな者でも就ける数少ない仕事でもあった。

 そういう点では掃除夫は早くから男女平等に開かれた職業だったといえる。過剰な女働じょどう主義を唱える連中は掃除夫になってみればよかったのだ。平等に悲惨なのだから。

 究極的な男女平等とは、人間性とその尊厳を消しさった社会なのではないだろうか。

 話が逸れてしまった、元に戻そう。


 煤煙排出量が少なく内部に煤も残留しにくい。加えて整備、保守、点検も容易な桃田型が増えるにしたがい、煙突内に入って煤を払う掃除夫は仕事の口を失いはじめる。

 新聞はこれを歓迎すべき事態だという世論を形成した。

『掃除夫はもともと人間が進んでやるべき仕事ではない』、『栄華邁進す機関化社会の徒花あだばな』、『子供がそういう職業に従事しているのは非文明的で恥じ入るべき事態である』、『掃除夫のごとき職域は消えても構わない』、『掃除夫が人間としての自尊心を取り戻す契機となることを願う』、『街で煤を撒き散らす者がいなくなれば帝都はますます美しく栄える』、『大本営統帥府は早急にすべての煙突を取り換えるべきである』、……。

 投書欄では色々と喧伝されていた。その多くは煙突を変えれば社会もよくなるという論調だ。煙突掃除に就く(あるいは就かざるをえない)者の大半は文盲だというのに、そんな現実さえも知らない言論の保証者や市井しせい

 それでもこの訴えはわずかながら効果があった。

 新聞を信じている人のよい連中は大いに心を動かされたようで、職を失った煙突掃除夫の子供たちのうち、品や見目の良いものを何名か引き取っていったという。ただしこれはもっとも幸運な場合である。(高山氏はそういう状況を「当事者である子供にとっての『幸福』には直結しない。あくまで状況として『幸運』だっただけだ」と繰り返していた。)


 さて、煙突の取り換えで徐々に数を減らしていた煙突掃除夫だが、三〇年にほとんど姿を消してしまう。

 一月に西部市の工業地帯で起きた機関爆発事故が原因だ。ヘファッヘン改良型煙突の不具合を原因とするこの事故で、でも都合三十七名の掃除夫が命を失う。煙突の倒壊も数十本におよんだ。

 事故を機に掃除夫の過酷な環境がさらに注目された。

 世論は彼らへ同情の目を注ぎ、結果的に大本営統帥府と企業による行動を後押しする。

 桃田型煙突は痛ましい事故を導入の栄養とばかりに瞬く間に帝都中に生えていく。煙突掃除夫の最大の雇用先であった西部市の工業地帯では、復旧に伴って一斉に桃田型煙突へと置き換わった。

 そこに弊害が生じた。

 掃除夫は煙突を取り換えるように職業を取り換えられるわけもなく、旧式の煙突や機関のように時代から孤立してしまった。煙突掃除によって辛うじて糊口ここうをしのいでいた者たちが職にあぶれたのだ。

 煙突掃除夫たちは、桃田型煙突によって帝都から居場所を奪われた。


 ――あらゆる飢えは人の性分を下劣にさせ、品性を貶める。

 イングリーズの政治家スカウクラフト卿の言葉であるが、仕事を失い、その日の食事に困る者たちは街で盗みを繰り返した。まだ品性を保っている者とて飢えには勝てず、廃棄される残飯を漁り、郊外に生える草木を煮て食べた。

 煙突掃除の職にあるうちは一応は社会の一員として見なされていた人々は、職業そのものが消滅してしまったことで社会の輪から外され、浮浪者になってしまった。

 大戦後の帝都にあふれた廃兵や名もなき帰還兵がそうであったように、統帥府はこういった者を賤民とみなして目に入れぬようにする傾向がある。行政は仕事を奪われた者たちへの援助や求職の世話をするどころか見向きさえしない。統帥府にどうこう言ったところで今更その方針を変えるわけもないのは、帝都で生まれ育った者ならば誰もが知っている。


 これまでに彼らを使っていた企業の対応はどうだったか。

 煙突の取り換えは政府主導で行われたので、負担費用は大企業が政府三の企業七、中小企業が政府六の企業四とされた。また、早期に取り換えに応じた企業には相応の減税も行われた。この浮いた資金で掃除夫を別の職業、たとえば流路経路ベルトコンベアでの組み立て工であるとか、力織機りきしょっきの監視員であるとか、建設現場の作業員であるとか、森林公園の清掃員であるとか、そういった形で雇い入れればよかったものを、どの企業も手を差し伸べなかった。

 資金は新型機関への投資や導入(これにより力織機の監視職工も同年夏に姿を消す)や、会社の財布、ひどいところでは業績改善の賞与としてお偉いさんの懐にしまわれた。

 統帥府を動かした新聞社、それに引っ張られ形作られた世論はどう見ていたのだろう。


 結果から述べると、彼らは「ただ言った」だけで満足していた。

 声を上げるのが国民による政治の本懐であるとして、本当に声を上げただけだったのだ。だいたい新聞を読む人々というものは多くが高所得者や知識階級だ。失うものが多い彼らは往々にして新聞という幕を通して声だけをあげる。世論は旧来のヘファッヘン改良型煙突を帝都から駆逐さえすれば、煙突と共に子供はより『文明的』になり、『機関化社会の徒花』は枯れ、『掃除夫は人間としての自尊心を取り戻』し、『街で煤を撒き散らす者がいなくなれば帝都はますます美しく栄える』と、そう考えていたのだ。

 しかし元煙突掃除夫の浮浪者や乞食が増えるにしたがって、人々はそれらが下水や廃棄物処理場から急に湧いたかのように顔をしかめたのである。投書欄には、『このごろ世間は物騒である。物も道理もわきまえぬ乞食が帝都中にはびこり、善良なる我々市民の懐を狙って目をぎょろつかせておる』、『大本営統帥府は各市運営員会に再開発を示達する前に、警察を動員して不穏の輩を排除するべし』『再開発で得られる発展もよいが、発展を妨げるであろう者どもを取りけるのが先決である』、『西欧との交流活発になんなんとす前に、国民国家の品格を保つべく、街をうろつく不良を除すべし』、などと『善良なる市民』からの批判が連日掲載される。

 ――人間は素晴らしい。だが人間は大衆という集団に成り上がった途端に衆愚と化す

 ――繁栄は想像力を欠乏させる

 これもスカウクラフト卿の言葉である。

 想像力を欠く『善良なる市民』の声は大きく、警察も鋭意これらの摘発に努めた。


 さて、ここでようやく高山氏が登場する。

 氏は掃除夫の中では学があった。中流家庭で育ち、中学校まで出ていたのだ。その彼がなぜ掃除夫をしていたのか。裁判では学のある氏が無知な掃除夫をだまして帝都への反乱を企てたとなっている。この追求に氏は黙秘を貫いた。それが事実を肯定するものなのか、弁明しても無駄だという諦めによるものなのかはわからない。確かなのは、読み書きのできた高山氏は掃除夫を取りまとめたり、労働条件の交渉を企業と行ったりといった形で、掃除夫のつながりの中心にいたということだ。

 ところで氏は掃除夫の仕事を消滅させた桃田型煙突への怨みを一切抱いていなかった。一部の掃除夫は煙突そのものが原因であると見ていたが、彼は問題の根は大本営統帥府が失業対策を講じなかったところにあると喝破、説いて回っている。そして自らを旗頭とし、改善を訴えんと立ち上がった。

 高山氏は真に『掃除夫が人間としての自尊心を取り戻す契機となることを願う』人であった。だからこそ当局は氏を首謀者とみなしたわけであるが。

 元掃除夫はものの一か月もせずにまとまっていく。自分たちの行動で統帥府が動き、待遇が改められるのだという自尊心を取り戻し、一丸となっていった。声を上げるのが市民政治の本懐とするのならば、彼らこそまさに体現者であったといえよう。

 そして、あの十二月がやってくる。

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