美少女ですが?
氷泉白夢
はじめまして。美少女ですが?
朝。鬱陶しいほどの眩しい朝日が憂鬱な顔を迷惑にも照らす。
篠沢凛は教室の窓辺の席で一人ためいきをついた。
勉強さえ適度に頑張れば面倒なことは何もない、ただ、とても退屈な学園生活。
明日も明後日もこんな日が続くのだろう。
学校なんてそんなものだと、凛はそう考えていた。
そう、その美少女が現れるまでは。
「はい皆さん、今日は転校生を紹介しますね」
上の空だった心に、先生の声がふと届く。
「転校生か……」
転校生が来ようときっとこの日常は変わらない。
少しだけ騒がれて、みんなの輪の中に混ざって、日常になって、終わり。
それでも凛は、少しだけ視線をその転校生の方へと向けることにした。
ほんの少し一瞥するだけのつもりだったのだ。
「……!」
そこに立っていたのは、あまりにも可憐で美しい少女だった。
まるで輝いているかのようにも見える黒く長い髪、まるで作り物のような透き通る肌、すらりと長く触れたら壊れてしまいそうな手足、誰もが理想と考えるであろう顔立ち。
スタイルは決して主張しすぎず、かといって存在感がないわけではない。
むしろ存在感の塊のようで、思わずその姿をまじまじと見つめてしまう。
それは凛だけではない、教室中の人間がまるで当然のことのように釘付けとなっていた。
同性の凛の目から見ても、彼女は紛うことなき美少女であった。
「ええと……その、自己紹介をお願いできますか?」
教師でさえ彼女の美少女さに慄いているようで、少々言葉を詰まらせながらも彼女に自己紹介を促す。
凛は、一瞬全てを忘れて彼女に見入っていた。
彼女の言葉を待ったのだ。
「……」
その美少女は髪の毛をふわりとなびかせる。
そして、口を開いた。
「はじめまして。美少女です」
あまりにもはっきりと、表情一つ変えずに美しい声で彼女はそう言い切った。
自分のことを臆面もなく、美少女だとはっきりと。
クラスはしんと静まり返った。
凛は、ただ呆気に取られていた。
それでも後から考えれば、自分が一番最初に正気に戻ったのではないだろうかと彼女は思っている。
「……え、ええ……と……」
静まり返った教室で、思わず出てきた困惑の声。
普段目立たないように生きている凛にとっては非常に珍しいことであったが、今は些細な事である。
その声によって教師も我に返ったようで、苦笑いを浮かべながら美少女に語り掛ける。
「え、ええと……そうじゃなくて、自己紹介を……」
「……?……美少女ですが?」
二度も言った。
臆面もなく、真顔で二度も。
そう、彼女は決して受け狙いや緊張、転校生デビューなどのためにそう言ったのではない。
自分を美少女であると心から自負しているからこそ、そう言ったのだと凛は確信した。
「あ……あの……う、うん……お、お名前……」
「……ああ!」
彼女は教師の言葉にぱっと目を見開く。
ぱっちりとした美しい瞳だ。
彼女は合点がいったという顔で改めて正面に向かって頭を下げ、言った。
「私は相園玲奈と申します。美少女です」
三度目だった。
--------
「ええと、それじゃあ席は……篠沢さんの隣が空いてるわね」
「えっ」
しばらく上の空だった凛は突然名前を呼ばれ、思わず頓狂な声を出す。
気付けば周りも日常をある程度取り戻したらしくざわざわと話し声が聞こえてくる。
本当に美少女、お近づきになりたい、篠沢さん羨ましい。そんな声が細々と聞こえてくる。
だが凛としてはあんな妙に目立つ人間が隣にいるというのは少々不本意であり勘弁願いたかった。
しかし、反応が遅れてしまった凛に既に発言権はなく、玲奈がつかつかと自分の方へ向かって歩いてきた。
「あ、ああ……」
玲奈は歩き方すらも美少女であった。
本当に見惚れるほどであった。
凛は非常に複雑な思いで彼女が自分の隣の席に座るのを見守ることしかできなかった。
「……」
「……」
席に座った玲奈と、目が合う。
近くで見るとなおのこと美少女である。
瞳はまるで輝いているかのようであり、本当に自分が目を合わせていいのかどうか困惑するほどであった。
そんな凛の思いをよそに、玲奈は口を開いた。
「はじめまして、美少女です」
また言った。
目の前で改めて。
凛はそのことについて突っ込もうかと一瞬悩んだが、負けが見えている勝負を挑むような気分になったのでやめることにした。
「え、ええと、篠沢凛です。よ、よろしくお願いします、相園さん」
「よろしくお願いします凛。私のことは玲奈、もしくは美少女と呼んでください」
「いやその二択はおかしくない?」
凛はツッコんだ。それはもう思わず口から出たツッコミだった。
名前呼びはいいとして呼び名として美少女ってあなた。
玲奈は表情も変えずに美しい顔で小首をかしげる。
「おかしいでしょうか?美少女なのに?」
「いや、関係ない……」
「……それでは、美少女と呼んでください」
「だからそっちの選択がおかしいって言ってるんだけど!?」
凛は思った。
もしかして、この子は美少女だけどアホなのでは?
「え……それじゃあ、私のことを玲奈と呼ぶのですね……美少女なのに……」
「なんでちょっと残念そうなの?あと呼ぶとは一言も……」
そう言う前に、玲奈はすっと凛の目の前に手を差し出した。
凛はその美しい手を見て、思わず玲奈の顔を見る。
明るい太陽に眩く照らされて輝きながら、わずかに微笑む
「これからよろしくお願いします、凛」
「……よ、よろしくお願いします……玲奈……さん」
凛はその手におずおずと触れる。
この世のものとは思えないほど、すべすべとして美しい手であった。
面倒なことのない退屈な学園生活。
それがたった一人の美少女によって何か変わってしまう。
そんな予感を感じずにはいられなかった。
「太陽が眩しいですね……私が美少女なばかりに」
「いや、関係ないと思う……」
それは果たして良いことなのかどうか、今の凛には判断がつかなかった。
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