第1話  スリーパーは何のために眠る

警視庁、その高くそびえ立つ姿は、あたかも国家権力を象徴するように、空高くそびえ立っている。

 その上階から窓から下を見下ろしてみると、私の存在なんてまるで働き蟻のように見えるに違いない。

 ポケットからスマホを取り出し記憶している番号へ電話をかける。

「異常ないか」

「はい、異常ありません」

「では、予定通りに……」

 短い電話の後でスマホのSIMカードを取り出し、二つに折る。ここまでする必要はないのにと思いながらも。

 同じスリーパーの小林と言ったか、二回ほどしか面識はないが、スリーパー同士はお互いのことを知らなければ知らないほどよいのだと基本に返り、前から歩いてくる小林とすれ違いざまに、

「スマホ、落としましたよ」

 と言って、自分にはもう必要ない、忌々しい大衆監視装置を小林に渡す。

「ご武運を……」

 と小林は小さな声で、しかし、はっきりとした目的を持った重い声でつぶやいた。


 警視庁本部ロビーはまるで、銀行の待合室みたいに番号札を取り窓口の警察官は、あたかも、中核指定都市の市役所みたいに、混雑していた。

「92番の方4番窓口へどうぞ」

という、無機質なアナウンスが流れた。、これからの計画に落ち度はないか、最終確認を行っていた私はアナウンスの声で我に返り、これまた銀行よろしく簡素なパーティションで区切られた4番窓口に向かい。おそらく窓口担当であろう女性警官に軽く会釈し、促されるまま安っぽい折りたたみ椅子に座った。

「今日は、どのようなご相談で来られましたか?」

まだ、20代半ばと思われる女性警官は初々しさの中にも、うっすらと浸食または組織の理論で動いているような口調で私に尋ねた。

「実は、本日は自首をしに来ました」

と、私は事もなげに言おうと心がけたつもりであったが、最後の方にすこし声が裏返ってしまった。

「自首ですか、ちょっと担当の者に変わりますので、しばらくお待ち下さい」

と、女性警官が席を立つと同時に、周りで「自首」という言葉を聞いたであろう、男女の警察官が私が逃亡しないように、ほぼ職業的習性であるのだろう。私の後ろに3~4人ほどの警察官がちょっとだけ殺気だった様子で集まってきた。


ものの10分もたっただろうか、先程とは別の私服警官が

「ここではあれですので、もしよろしければ取調室に……」

と半ば強引に連れて行かれてしまった。もちろん私は自首しに来ているのだから、おとなしく取調室に向かった。


取調室に入ると眼鏡が似合う一見サラリーマン風の男と、事情聴取の記録係だろうか。

目の前のPCと幼少の頃から幼馴染みといった、いかにもSE風情の眼鏡がファッションとしてではなく、体の延長線上にあるのだ!といわんばかりの男が二人いた。

「私は松本と申します。記録係として佐伯が同席します。かまいませんか?」

「どうぞ、よろしくお願いします。松本さん佐伯さん」

私はこういう場面でどのような表情を浮かべるべきかわからなかったので、多分無表情のままよろしくの挨拶をしてしまったと思う。

 事態の深刻さについて理解することさえ、ましてや、この自白がどのような意味を持つのかさえまだ考えつかないであろう。私の取り調べ担当になった、日本でいや、世界で10の指には入る位の不運な警察官二名に、ちょっとした親近感さえ覚えた。




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タイムリミット48時間 蒼井祐 @nekousi

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