未来に猫の都市伝説

cokoly

未来に猫の都市伝説

 目の前の空間が突然フリーズした。


 時計も止まっている。


 フロントガラスに張り付いた時空波紋は、ほとんど停止した状態ではあるが、わずかながら動いているようだ。とすれば、復旧まで二三日かかるなんてことはあるまい。

 コーヒーに落としたミルクのような柔和なフラクタル模様は、こんな時に一かけらの安らぎも与えてはくれない。


 操縦席のメインシートに座っていた先輩が、時空間さながらに一瞬フリーズしたあと、頭を抱えた。


「ああ、ダメだこりゃ。デメリクきちゃったよ」


 デメリクとはディメンジョンリークの略だ。


「どいつもこいつもバカみたいに時空間ドライブし過ぎなんだよ……おい、二分前のトラフィック、どの位いってた?」


「ええと、978……エクサです」


「マジで? ゼッタ寸前じゃん……終わったな、この国も」


 最後の二言は先輩の口癖なのであまり深い意味は無い。


 五年前、タイムワープドライブが一般家庭でも手軽に買えるくらいの価格帯になってトポロジクス社から発売されると、それまで一部の科学、軍事機関やマニアの間でしか利用されていなかった時空間ドライブは、様々な問題を抱えつつも、一気に大衆文化の中枢を占めるようになった。

 市場の拡大と共に漸増していた利用者数は、時空間ドライブ絡みの映画やドラマが連続してヒットした流れを受けて、ここ数ヶ月で一気に跳ね上がり、頻繁にトラフィッククラッシュを起こすようになっていたのだ。


「こっちは仕事だってのによー、こんな夜中に時空飛んで遊んでんのはどこのガキ共だってんだよ。なあ?」


「いや、でも時空間っスからね。実時間関係ないんじゃないですか?」


「も、なんでもいいよ。二十二世紀まで遡って、戻ってくんなって思うね」


 時空間ドライブとはいっても、国際法律で2199年以前には遡れない事になっていて、その条件はドライブユニット内のプログラムでガッチガチにプロテクトされている。

 もちろんその制約を破ろうとする輩は後を絶たなくて、プロテクト解除の為にドライブユニットをデコンパイルしようとして次々と失敗していく様がニュースで何度も流れている。体の半分だけが亜空間にはまりこんでしまい、上半身だけの生活を余儀なくされる元ハッカーの映像を見た時は、そのグロさにげんなりしたものだ。


 何で二十二世紀が境とされているのかは、諸説いろいろあって定かでは無いが、先輩の先ほどの発言はこの「二十二世紀問題」を背景としたものだ。


「もうこうなったら待つしかないですよ。何か飲みます?」


 僕は先輩の気分を変えようと思ってそう言った。おそらく数時間足止めを食らう事が予想されるので、その間愚痴られ続けてはたまらない。


「じゃ、ビールで」


 そしてこういう時の先輩は切り替えが速い。




 二時間も飲んでいると、先輩の軽口も饒舌さを増してきた。


「おまえさあ、『ドラえもん伝説』って知ってる?」


「何ですか?」


「ドラえもん伝説」


「知らないっす」


「こーやって時空漂ってるとさ、たまにドラえもんがタイムマシンに乗ってドライブルートを横切って行くらしいんだよ」


「ドラえもんって何なんすか?」


「え? 話そこから?」


「いや、名前だけ知ってんすよ。後は知らないっす」


「『四次元ポケットなり~』ってな、耳を無くした青い猫が子供を救う話なんだよ」


「悲劇ものですか?」


「ばか、教育番組だよ」


「でも、タイムマシン乗ってるって事は、けっこう最近の話っすかね」


「バカ、お前、終わってるなー。ドラえもん、十九世紀に居たんだぜ」


「マジっすか! 伝説じゃないですか」


「伝説だよ。すげえだろ」


「えー。俺、ドラえもん見たいわ。えー。フリーズ抜けたら横切らないかな」


「そう簡単に行かないだろ、お前。相手は伝説の猫だぞ」


 先輩がそう言った時、フロントガラスの前面の風景がにわかに変化した。


 ほぼ同時に時空波ラジオのアナウンスが流れる


「時空間ドライブをお楽しみの皆様。ルートフリーズ解消の為のメンテナンスが終了いたしました。引き続き時空間ドライブをお楽しみ下さいませ。それでは、良い時を」


 ルート公団にしては早い仕事だった。


「んじゃーて、いくかー」


 切り替えの速い先輩がハンドルを握ろうとした時、ふと我々の目の前を何かが横切った。


 当然我々は期待する。


 それはドラえもんじゃないかと。


 しかし違った。


 ルートパトロールのアメーババイクだった。


「君たち、待ってる間、飲んでただろ。飲酒自体は大目に見るから、酔いが醒めるまで、ハンドル握るなよ。走行車線で慣性ドライブだ。いいね」


 我々は素直に頷いた。


 パトロールが行った後、我々は時空の流れに身を任せ、伝説の青い猫が目の前を横切る事を期待しながら、フロントガラスの向こうを眺めていた。


 僕も先輩も、しばらく何も話さなかった。

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