Ep.28 支えたい者達

「急にごめんね、明日の討伐場所についてちょっと追加連絡を……ーっ!?」


 扉を開いたレイジさんが顔色を変え、バッと袖口で口と鼻を塞ぎ扉を閉める。そのまま駆け込んで来て窓を開くと、風の魔法を使い香水の香りを全て外へと吹き飛ばした。

 窓際で数回深呼吸を繰り返して残り香が無いことを確かめたレイジさんが、厳しい眼差しでこちらを振り返る。


「セレスティアちゃん、その瓶見せて」


「えっ?あ、はい!」


 気圧されてしまいつい渡してしまったそれを目の前で揺らしたり、魔力で出した光にかざしてみたりしてから独り言のように『香水版か、良かった……』と呟く。


「ご、ごめんなさいレイジさん。あの……」


「君、これが何の為の薬なのか知ってる?」


 果たして頷いて良いものか。気まずくて黙りこんだ私の態度で察したのか、レイジさんはため息交じりに天井を仰いだ。


「その様子だと知ってるっぽいね。まぁもちろん使いたい相手は旦那ガイアス一択だろうけど、それにしたってどこで手に入れたのさ」


 上手い誤魔化しも浮かばずに、祖国の友達に夫婦仲の進展について相談した際に貰ったことを話した。もちろん、アイちゃんが王妃であることは伏せて。 

 話を聞き終えたレイジさんは、香水瓶をこちらに差し出しながら『その友達、何者?』と首を傾ぐ。


「まぁなんにせよ原液じゃなくてよかったけどさぁ、男所帯の場所で年若いお嬢さんがこんな物を試すんじゃないよ!あーびっくりしたぁ……」


「私が軽率でした、本当にすみません……!」


 確かに、入ってきたのが知り合いでなかったらどうなっていたかと思うとゾッとする。


「……こんな物に頼る前に、不安があるなら本人に直接言いなー。と、言いたい所だけど……俺が言えたことじゃないかぁ」


 そう嘆息したレイジさんをソファーにかけるよう促して紅茶を淹れる。連絡事項自体は大した変更でもなくすぐ済んだけど、なんとなくそのまま雑談が続いた。


君達の故郷アストライヤの文化では、“黒髪”のあり方がオルテンシアと真逆なんだって?俺、知らなかったよ。ガイアスは実力も自信もあって、貴人に相応しい堂々とした男だと思ってた」


 『迫害されていたなんて、夢にも思わなかった』と、そう言いたいのだろう。

 何も知らない周囲にそう思わせる程の立ち居振る舞いを会得するのに、彼がどれだけ努力し、気を張って来たか知っている。それでも、祖国に戻ればまた、心無い態度が待っているだろう。


「……そう、ですね。陛下のご尽力もあって、多少は光が見えてきていますが……根付いてしまった差別の意識を、完全に拭い去るのは至難の業だと重々理解しています」


 何十年、何百年と根付いたそれが、たかだか数年で解決したら苦労しない。きっと生涯をかける変革になろう。セレスティア自身は、それに人生を掲げる覚悟は出来ているけれど。


「こちらの国でのガイアへの評価や周囲の態度を見ていると、帰った後にまた彼が傷つけられるのは嫌だなって気持ちがどうしてもあるんです」


 愛する人が傷つくのは、自身がやられるより余程辛い。


 そう目を伏せたセレスティアに、レイジも言いづらそうに言葉を濁らせる。が、数分の間を置いてから、まっすぐ顔を上げた。


「それでも、君が居る場所が彼の生きる場所だと俺は思うよ」


 彼が君に向けている時の瞳を見ればわかると、レイジが続ける。


「どんなに取り繕っても、瞳の輝きって本心出るからね。俺は、信頼してほしい二人の目がどんどん曇ってくのを未だに止められてないからよくわかるよ」


「ーー……っ!」


 それは、リアーナとヴァイスのことだろう。道中でもリアーナは、頑なに彼の目を見なかった。


 度重なる悪意の波に晒された心を守るには、固く固く閉ざしてしまうしかなかったのだろう。


「でも、だからちょっと期待してるんだ。今回の任務で、少しくらいは話せる足がかりが掴めるんじゃないかって。ほら俺あきらめ悪いからさ!」


「わ、私も、出来ることがあったら協力しますね!」


「ありがと〜。だからセレスティアちゃんもさ、そんな遠慮ばっかしてないで旦那とちゃーんと話しなよ。あいつが君を拒むなんてあり得無いんだから」


 重たくなった空気を払うようにあっけらかんと笑って、片目を閉じたレイジが出ていくのを見送った。


(明日、ちゃんと任務が終わったら、一度しっかりガイアと話そう)


 そう決意して、開きっぱなしだった窓を閉じようと手を伸ばす。ひらりと一枚の羽根が、窓の隙間から入り込んだ。


     

    〜Ep.28 支えたい者達〜


   『美味しい魔力、見ーつけた!』



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