Ep.27 白銀の頂“テンペスト”
人面鳥が住処にしているのは、オルテンシアで一番高い雪山“テンペスト”。国が派遣した討伐隊はその麓の雪原にて基地を作り、滞在していた。
「リアーナ王女殿下、ジルヴァラ侯爵ご令息、レイジ様、並びにアストライヤ国・エトワール公爵ご夫妻がご到着なさいました!」
年若い門番の声を受け、厳重に張られていた結界の一部が扉の様に開く。面白い使い方をするな、と、ガイアスとセレスティアは密かに感心した。
案内されたのは、基地内で一番大きな建物の広間。恐らく普段は食堂代わりに使っているであろうそこで、隊長である初老の兵士が上機嫌に皆を出迎える。
「おぉ!アストライヤの黒の騎士殿に加えて魔術の申し子と名高き王女殿下まで応援に来てくださるとは、百人力でございますな。さぁ、お掛けくだされ」
余程切羽詰まっているのか、皆にこやかに迎えてくれている反面、漂う空気に嫌な緊張感を感じる中、この日は今の討伐隊の現状と明日以降の作戦について説明を受けた。
今、討伐隊の中で声を奪われているのが約20名。うち8名が特に魔術に長けている“宮廷魔道士”と言う立場の人間であり、彼等の魔術無くして今回の任務達成は不可能。故に、まずはその8名の声を優先的に回収したい、との話だった。
オルテンシアの人面鳥は初めは白い羽根をしているが、人間の声を奪うとターゲットの瞳、あるいは髪と同じ色に翼が変色する。結晶の隠し場所は、翼の付け根だそうだ。
恐らく最前線に立つであろうガイアスとリアーナは、声を奪われた宮廷魔道士達の容姿のリストを受け取っていた。
「セレスティア様には後援で、万が一にも黒の騎士殿や王女殿下のお声を奪われぬよう支えていただきたいのですが……大丈夫ですかな?」
「はい。わたくしでお役に立てる事であれば、精一杯務めさせていただきます」
ガイアスを前線に出す代わりに、レイジと後援隊の数名にはセレスティアの護りについてもらおうと言う計画で既に話がまとまっていたらしく、特に異論もないためセレスティアもそれを受け入れるが……。ガイアスだけは、本当は妻を戦場には出したくない気持ちを、拳を握りしめ表情にだけは出さぬよう耐えていた。
「出発は明日の6時だな。では、一度失礼する。セレン、荷物は俺が部屋に運ぼう」
「ありがとう。でも鞄くらいは自分で持つから大丈夫よ?」
そう話しながら広間を出ようとしていたガイアスの背を、隊長が呼び止める。
「あぁ、黒の騎士殿はお待ちくだされ。万が一声を奪われてしまっても連携が乱れぬよう、横の動きを少し強化しておきたいのでな。王女殿下もお付き合い頂けますかな?」
「えぇ。私は構いませんわよ」
「確かに連携の乱れは命取りになるな。わかった、詳しく聞こう」
「あ、では私も……」
席に座り直したガイアスに続こうとしたセレスティアの前に、扉脇に控えていた別の兵士が身体を滑り込ませる。
「申し訳ないが、セレスティア様とレイジ殿には後援隊の会議に参加して頂きます。私がご案内致しますので」
「……おい、セレンは「ガイア、待って!」ーっ!」
「わかりました。では、よろしくお願いします」
命をかけた現場で意思の疎通が如何に大事かは、セレスティアにだってわかる。あからさまな扱いの違いに腰を浮かした夫を宥めて、案内係について部屋を出る。
いつの間にか席順が変わりリアーナと並び座る夫の背に、寂しいとはとても、言えなかった。
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基地舎は魔法で急ごしらえした小屋ばかりで、一部屋一部屋がかなり手狭だった。だから当然、一人部屋。更に基地内の大半は男だと言う事もあって、私の部屋はメイン基地の一番上の階の、一番端っこの一室だった。この階に寝泊まりする人は、後は炊事や怪我の介抱を担う奥様方ばかりらしい。
リアーナ王女殿下は前線に出る都合で、一階の一室に泊まるそうだ。ガイアやレイジさんも、部屋は一階らしい。
後援隊の会議は、特別話し合いらしい話し合いなど無く。大体戦闘中はどれくらい離れていれば流れ弾に当たらないかとか、緊急時に身を守るために支給された結界玉の使い方の説明を受けた程度ですぐ終わってしまった。
ガイア達の前線組はまだまだ話し合い中なので、私は一人与えられた部屋の寝台に横たわっている。
「はぁ……、何だか心配事が多すぎてモヤモヤしちゃうな」
結局、あれからアイちゃんにも連絡出来ていない。ゲームのシナリオについてとか、聞きたいこと色々あったのに……。
(まぁでも、あれからまるで顔合わせてないし、私とヴァイス殿下の方はフラグは立ってない……筈だよね)
心配なのはリアーナ王女とガイアだけど、王女のガイアへの塩対応からしてもとても好意は無いように思う。もちろんガイアの態度にだって、不安になる要素はまるでない。なのに拭いきれないこの靄は一体なんだろうか。
「……あーもう、止めた!気分転換に何か縫おうかしら。えっと、糸は……ーっ!」
針仕事の道具箱を出そうとして、コロンと転がり落ちたガラスの小瓶。
「あーこれ、アイちゃんに返すの忘れてた……」
ガイアとの関係が未だに清いままな件を相談した際に無理矢理渡された、男性を“その気”にさせるらしい香水だ。本当に効果があるかは知らないけど、こんなの恥ずかしくて使える訳ない!
「……けど、綺麗な色。どんな香りが気になるし、身体につけなくてもハンカチが何かに試す位なら……」
適当に出した1枚に、シュッと一吹き。
エキゾチックだけど甘い、どこかで嗅いだことのあるような香りだ。前世のお高い香水ブランドにこんなのあったな。大女優が寝巻き代わりに身に着けてるって言って大人気になったとか言う……なんてブランドだっけ。
「いい香りだけど、やっぱり私には背伸びしすぎかな。換気してハンカチ濯がないと……」
瓶をテーブルに置き立ち上がったタイミングで、コンコンと響くノック音。反射で『どうぞ』と答えてしまい、香水の香りが漂う中、扉がゆっくり開かれた。
〜Ep.27 白銀の頂“テンペスト”〜
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