Last Episode. 乙女ゲームのモブに転生した者ですが

 この一年間、自分で刺繍を施させてもらった柔らかなシルクのドレスに身を包み、花飾りのあしらわれたベールを頭にのせられる。ドキドキと忙しない鼓動を落ち着かせようと深呼吸していたら、突然勢いよく部屋の扉が開いた。


「きゃーっ!良いじゃないセレ、すっごく綺麗よ!!」


「ふふ、ありがとうアイちゃん」


 ギュウギュウと抱きしめられながら微笑めば、少しだけ緊張が和らいだ。

 

「あら?そう言えばガイアは?」


「まだ支度中だし、本番まであいつにはセレのウェディングドレス姿はお預けよ!死ぬほど見たがってたけどね。せいぜい散々やきもきした挙げ句、ぶっつけ本番でドレス姿見て更にセレにメロメロになるが良いわ!!」


「アイちゃん、それ死語よ……。と言うか、これからはガイアも正式に家族になるんだし、お手柔らかにね?」


「ぶーっ、良いじゃないこれくらい意地悪慕って!セレお姉様を奪ってく腹いせよ!」


 ぎゅっと改めて抱きつかれて苦笑しつつ、アイちゃんのサラサラの髪を撫でる。

 そう、アイちゃんは半年前、スチュアート侯爵家の養女になった。元平民であるアイちゃんが王太子であるウィリアム王子に嫁ぐには伯爵以上の家格の家の娘になる必要があると言われた本人が、私の生家であるスチュアート家に入ることを希望した為だ。つまり今、私とアイちゃんは姉妹なのである。


 同時に、次期王妃の義実家という立場になったスチュアート家が他の貴族に軽んじられることもなくなった。ガイアが既に為政者として頭角を現している上にルドルフさんの置き土産の効果もあって、すっかり私達の婚姻への妨害も収まって本当に助かっている。


「せっかく姉妹になったって私は王宮暮らしだし、セレも結婚式終わったら王都に新しく建て直したエトワール公爵家で暮らすんだもんね。つまんないのー」


「あら、王都内ならそんなに離れていないし、時間を合わせてお茶やお泊りをしてたくさん話したら良いじゃない。私、アイちゃんの話をたくさん聞きたいわ。ウィリアム王子との学生時代の恋のお話とか」


 クスクス笑いながらそう言えば、アイちゃんも照れたように笑った。


「セレン、支度は出来ているかい?まもなく開始時間だが」

 

「お父様!はい、整っております」


 立ち上がろうとしたら、アイちゃんが私を手で制して扉を開けに行ってくれた。そのまま退出した彼女と入れ違いに入ってきたお父様が、私の姿を見て柔らかく微笑む。


「こうして見るとお母様にそっくりだね、セレスティア。本当に綺麗だよ」


 とても穏やかに、でも、寂しさをにじませて微笑む父は、いつの間にか随分と老け込んだように思う。おいで、と広げられた胸に近づくと、優しく抱きしめられた。お父様に抱っこされるなんて、幼い頃以来だ。


「ガイア君なら、これから先何が起きようが必ずお前を守ってくれるだろう。安心して行ってきなさい。そして、いつでも二人で帰っておいで」


「……っ、はい、ありがとうございます……!」


 潤んだ視界を誤魔化すように俯けば、当たり前のように頭を撫でられる。この手からももう卒業なんだ……。


「おやおや、式の前に花嫁の顔が腫れてしまうよ?涙は最後に取っておきなさい。それに……」


「それに??」

 

「僕ひとりで我が家の末っ子天使達を満足させるほど毎日遊んであげるのは無理だからね!たまにと言わず毎週でも帰ってきてくれて良いんだよ!!」


 ぎゅっと娘の両手を握りながらの赤裸々な告白に涙も引っ込んだ。もう、最後の最後までお父様はお父様なんだから。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 軽く3回響いたノックに『開いてるぞ』と返せば、顔を覗かせたのは義弟となる少年だった。


「ガイア兄さん、支度は大丈夫そうですか?済んでいるなら式前に少し話がしたいとお客様がいらしてるんですが……」


「客?あぁ、構わないが……誰だ?」


 今日の式は、セレンの希望でスチュアート侯爵領の彼女の実家で執り行う。なので王都からも遠く、式の規模も小さい為招待客も少ない。俺が招いたのは騎士団の関係者と恩師くらいのものだし、直接わざわざ新郎の部屋を訪れるような友人ももうこの国には居ない筈だが……?


「私だよ、ガイアス。先触れもなく済まないね」


「ウィリアム王太子殿下!これは……っ「あぁ、畏まらなくていい。礼服が汚れてしまうよ」……お心遣い、感謝します」


 にこやかに現れた王太子に、道理でソレイユが妙に畏まって目通しを求めてきた訳だと納得する。全く、この人は……。


「はは、ガッカリしているね。ルドルフじゃなくて落胆したかい?」


「……っ!まさか、ご冗談を」


 図星を刺され跳ねた肩を誤魔化すように話を逸らす。


「しかし、王太子がわざわざこんな地方まで一臣下の婚礼に馳せ参じてはまずいのでは?」


「はは、流石に参列はしないよ。少し話したら、式の間は室内で休ませて貰うさ。それにしてもつれないね、君は」


 『王太子が友人の結婚を祝福にきてはいけないだなんて法はないだろう?』と悪戯に笑いかけられ、一瞬拍子抜けしてしまう。


「……殿下が俺を友とお思いだったとは存じませんでした」


「そうかい?では今から頭に刻んで置いてくれ」


 ひとしきり笑って、ふっと沈黙が落ちる。


「……如何なる理由があろうとも、我が国が君達魔導師に行っていた仕打ちは許されるものではないだろう。それは重々理解しているし、これから先、同じ誤ちが起きぬよう尽力していくつもりだ」


 真摯なその言葉に頷けば、殿下が改めてこちらに向き直る。


「だが、私達も人間だ。ましてアイシラや私は追い詰められると周りが見えず暴走してしまう質だからね。これから先、迷ってしまう事や間違える事もあるだろう。そうなった時には、どうか迷わず止めて貰いたいと思っている」


 なるほど、と腑に落ちた。ただの臣下が王の下した決定に苦言を呈するのは難しいだろう。だからこその“友人”だ。

 この国にこれから生まれてくるであろう、自分と似た立場の者達の未来を護る為の。


「………打算的

 

「あぁ、いい性格してるだろう?」


 そう笑ったウィリアムが笑いながら右手を差し出す。


「それで?答えは?」


「……ったく。お前がまた暴走した時は、殴ってでも止めてやるよ。これで満足か?」


「まぁ及第点だね。あぁそうそう、忘れる所だった。結婚おめでとう、ガイアス」


「あぁ、ありがとう」



 











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 領地内に唯一の小さな教会から、軽やかな鐘の音が響く。時間だ。迎えに来てくれたアイちゃんに手を引かれ、式場へと歩き出す。


 こちらの世界の結婚式にはヴァージンロードの風習はない。新郎新婦は初めから並び立って、招待客の前を通り抜けた後、正面の誓いの祭壇で愛を誓うのが慣例だ。


 白とピンクの薔薇に彩られた扉の前で、ソレイユと談笑していたガイアが振り返る。

 涼やかな色味のその双眸が一瞬揺らいで、甘い色が灯る。この優しい眼差しが、未だにちょっとくすぐったい。


「ごめんね、待たせちゃった?」


「…………まぁな」


 予想外の返答に目を瞬かせると、ガイアが手袋を外した手で私の頬を撫でる。


「どこぞの次期王太子妃様のせいでお預けを喰らってたからな、待ちくたびれた。だが……待ったかいはあったな」


 『綺麗だ』と甘く耳元に囁かれて真っ赤になった私にガイアは愉快そうに笑う。何か悔しい……。


「が、ガイアも……っ!」


「本当にお綺麗ですよ姉上。ガイア兄さんは白全っっっ然似合わないのに」


「そりゃ悪かったな……。ったく、さっきまでの殊勝な態度はどこ行ったんだよ」


「そりゃあ流石に王太子殿下に非礼はマズイですからね。その点兄さんなら遠慮なく悪態つけますし」


「こんのくそガキ……!」


「あっれぇ、良いんですか?そんな事言って。やっぱり僕、寮じゃなくてエトワール公爵邸から学園通おうかなぁ。まだこの歳で叔父さんになりたくないですし?」


「それだけは本当に勘弁してくれ……!」


「ちょっ……!やめなさいソレイユったら!!」


 ガイアは青ざめながら、私は真っ赤になりながら。正反対のリアクションをした私達を交互に見てから、ソレイユはお腹を抱えて笑った。


「冗談です。流石に新婚家庭に居候なんて粗野な真似はしませんよ。ちょっとした意地悪です。最愛の姉君を攫っていく義兄さまへのね。じゃあ僕は席に行きますから。お二人共、おめでとうございます。兄さん、姉上を泣かしたら次は無いですからね」


 矢継ぎ早に告げて去っていく、見慣れた背中をあ然と見送る。


「あの子、あんなにお喋りだったかしら……」  


「それだけお前が大切だってことだろ、恐い義弟殿だな」


 顔を見合わせて笑い合って、『さぁ、行こう』とガイアが差し出した右手を取る。開き始めた扉から差し込む光が温かい。



 庭に領民が持ち込んでくれた女神のステンドグラス。その前に設置された祭壇で改めてガイアと向き直れば、ふと蘇るナターリエ様の言葉。


 『あんたなんか、ガイアスの運命の相手じゃない癖に』


 確かに、そうなのだろう。そもそもこの世界の元のシナリオにモブである私の席は無かったのかも知れない。だけど。


「セレン、どうした?」


「ふふ、ごめんなさい。何でもないわ」


「そうか?なら今は、他の誰でもなく俺だけを見ていて欲しいんだが」


 そう拗ねたように言いながら私のベールを上げるガイアの右胸に、桜の刺繍のハンカチーフが揺れる。あの幼い日から、この花が導いてくれたから。


「……参ったな。まさかこんな風に自分が幸せを手にする日が来るなんて、考えた事もなかった」


「あら、気が早いわね。まだまだこれから、人生は長いのよ?」


「あぁ、わかってるさ。ありがとう、セレスティア。俺を人として見てくれて」


「……馬鹿ね、当たり前じゃない」


 私達が抱き合ったのを合図に、参列者から色とりどりの花の雨が降り注がれる。


 ずっとずっと、漆黒の道を歩んできたこの人が、私を“光”だとそう言ってくれるなら。私はシナリオだろうが悪役令嬢だろうが、神様にだって。この人を奪わせるつもりはないのです。


 間近にあるその精悍な顔に背伸びをし、ほっぺたに軽く唇を寄せる。


「愛してるわ、あの始まりの日から、ずっと」   


「……っ!」


 ガイアの見開かれた瞳が柔らかく細まって、腰を優しく抱き寄せられる。

 『こちらの台詞だ』と囁かれ瞳を閉じれば、唇を奪われる感触と同時に祝福の声が辺りを包んだ。


   〜Last Episode. 乙女ゲームのモブに転生した者ですが〜


   『運命の人じゃない貴方と、永遠の愛を誓います』



  ーーーーーThe Happy End .ーーーーーー

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