Ep.95 セレスティアの交渉

 どうなっているんだ、つい先程まであの場所には誰も居なかった筈だと、ざわついている観客達の動揺が手に取る様にわかる。そんな空気を払うように、気を取り直した第2王子が私を見上げ声を張り上げた。


「どうやったか知らないが、黒の騎士を利用し尽くしただけでなくこの審議の場まで妨害するかこの悪女め!スチュアート伯爵家なぞ歴史ばかりの弱小貴族だ、何が由緒正しき忠臣なものか!衛兵、何をしている!あの娘を今すぐ処刑台まで引きずり下ろせ!!」


(……呆れた。あの方、本当に国の裏側を何もご存知ないのね)


 ナターリエ様を抱きしめながらそう喚く第2王子に、周りの騎士、兵士達は動揺を隠せない様子で二の足を踏んでいる。流石にこの状況で下手な真似は命取りになるとわかっているのだろう。

 こちらとしても邪魔されちゃ困るし、先に牽制のひとつもしておきましょうか。小さく咳払いをして、特に躊躇った様子に見える赤色の隊服の一段に向かい声を張る。


「先輩方!自分には決して後ろ暗い事などありません。これはレオ先輩の身をお助けする事にも繋がります、どうかご容赦を!」


 聞きようによっては年若い青年の声に聞こえるその声音に赤い騎士団が更にざわつく。呆然とこちらを見上げた隊長の口が『セシル』と動き、同時にその隊服をまとった全員が剣を下ろしだす。

 一番人数の多かった赤い騎士団は、実に9割が戦意を失った状態になった。


「どうしたお前達!私の命が聞けないのか!?この際生死は問わん!誰かあの娘を即刻捕えよ!!」


「……あらあら、そんな乱暴な事を仰って宜しいのですか?王子殿下」


「生意気な……っ、それはどう言う意味だ!」


「私はこの一年間、ガイアス様と過ごし彼の魔術の知識に触れて過ごして参りました。そんな人間が、明らかな敵地に何の策もなく姿を現すと本気でお思いですの?」


 内心ビクビクだけれども、師匠達の修行のお陰で何とか優雅に笑って言い切った私に、辺りが更にざわついた。

 先程の現れ方から言って、恐らく観客や兵士達の大半が『あの娘も魔力が使えるのでは』と誤解してくれている筈。そして、古来より“魔”に尋常じゃない畏怖を抱いてきたこの国の人間は、未知の力を持つ者に迂闊には手を出せない。

 現に、悔しそうに歯噛みした第2王子は勢いを無くし、黙り込んでしまった。


「私は審議の妨害では無く、真実を知らしめる為にこちらへ馳せ参じました。発言のご許可を頂けますね?殿下」


「…………っ、許可しよう」


「殿下……っ!いけません!あの方は人畜無害の皮を被った鬼ですわ、どんな証拠を捏造しているかわかりません!耳をかさないで下さいませ!!」


「こんなに震えて、可哀想に……。だが大丈夫だ。私の目は捻じ曲げられた偽造の証拠に騙され罪なき者を裁くような節穴では無い」


 穏やかな声音で第2王子がそうナターリエ様をなだめた瞬間、ウィリアム王子が顔を背けアイちゃんが小さく吹き出した。ガイアに至っては絶対零度の眼差しで彼等の茶番を眺めて舌打ちしている。声封じの魔導具をつけられてるから声は漏れないとは言え、三人共、緊・張・感!!!


「しかし、これだけの大衆の元で王族と公爵令嬢を愚弄したのだ。もし君の主張が正しいと証明出来なかった際にはどうなるか、わかっているな?」


 鋭い眼光に見据えられ一瞬怯む。が、ここまで来て誰が退いてやるもんかと気持ちを奮い立たせた。


「それは勿論です。ですが、それに伴い一つお願いがございます」


「願いだと?」


「はい。私達の主張が殿下方への利益、不利益の差で捻じ曲げられてしまわぬよう、この場に審判者として全くの中立の立場の方に立会をお願いしたく存じます」


「まぁ!セレスティア様は、殿下がご自身の不利益に当たる事は隠蔽なさると仰りたいの?なんて酷い、貴女には他者を信ずる気持ちがないのね……」


「お言葉を返すようですが、私にもありますよ。人を信じる気持ちは。それに殿下を疑ってはおりません。ナターリエ様が不利な情報を歪めるために殿下に命じるに違いないと信じた上での対策です」


「なっ……」


「貴様!頭に乗るのも大概にしろ!これ以上ナターリエを侮辱したらただではおかないぞ!!」


 顔を赤くして叫ぼうとしたナターリエ様だったが、先に第2王子が激昂したことで冷静になったようで何とか怒りを抑えたようだった。そんな彼等を見下ろしながら、まぁ怖いとわざとらしく小首をかしげる。


『まともでない人間との交渉時には相手の心を徹底的に乱せ』


 これはお父様からの教えである。我が父ながら恐い。お父様、今までどれだけ修羅場な取引してきたんですか。


「あらあら、申し訳ございません。それで、私からの要望は受け入れて頂けるのでしょうか?」


「……っ!ふてぶてしい女め……!そんな事を言って自分の手の者を差し回す気ではないのか!?」


「まぁ、一介の伯爵令嬢でしかない私にそんな力があるとお思いですの?それとも、ご自身方に後ろ暗い点しか無いゆえに疑心暗鬼になられているのかしら」


 その挑発に殿下は顔を怒りで赤くし、逆にナターリエ様はピクリと肩を跳ねさせた。どちらが黒幕なのか丸わかりの反応だ。


「…っいいだろう!そこまで言うならば許可してやろうではないか!誰か、セレスティア・スチュアートの主張の審判を勤めよ!」


 まんまと挑発に乗ってくれた第2王子だったが、どうするかと思えばなんとただの傍観者である観客席の貴族たちに向かいそう言い放った。あ、呆れて物が言えない…………。


 そしてもちろん、立候補者など現れない。

 そもそも、王族と一介の貴族を中立に裁くなんて貴族や平民では無理だ。だからこそ、審判者探しで無駄な時間を喰わせて時間稼ぎするつもりだったのに、まさか第2王子がここまで馬鹿だなんて…………。


「……では、及ばずながらこの老いぼれめが、その大役をお勤めしましょうかの」


 このままでは収集がつかない。そう誰もが困り果てた空気の中、穏やかな老父の声が静かに、そう言った。


   〜Ep.95 セレスティアの交渉〜

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