Ep.94 直接対決

 音が近すぎてひび割れたように聞こえる鐘音に包まれる中、兵士達が厳重に拘束され声を封じるチョーカーをはめられた三人を処刑台へと連行した。彼等の姿を見た途端観覧席から上がる揶揄の声などは無視して、その場に居る大勢の中ガイアだけがこちらを見て一瞬目を見開き、すぐに私から視線を外す。

 私がこの場に居ることも、その姿を魔法で隠している事も見抜いた上で沈黙を選んだのだ。じっと視線を向けていれば訝しまれると判断したに違いない。


(流石にガイアに見つからない訳はないとは思ってたけど……すぐ適応してくれて良かったわ)


 でも後で『わざわざ一番危ない場に乗り込んでくるやつがあるか!』と怒られてしまいそうだ。なんて苦笑した所で、高台に立った第2王子が見届け人の名目で集めた観客に向かい声を張り上げた。


「皆、今日はよく集まってくれた。既に周知の事実であろうが、この者達は自業自得でしかない己の不遇をあろうことか国王陛下のせいだとし、陛下の暗殺を企てた不届き者である。故に私は第2王子……否、次期王太子として、兄とも呼べぬこの愚か者とその共犯者に裁きを下す!」


 誰が次期王太子か、まだ形式上は王太子はウィリアムのままだと内心で悪態をつく私とは裏腹に、高らかなその宣言に観客から歓声が上がる。観覧席を満たす大半は貴族、それも、ナターリエ様の実家であるキャンベル公爵家と懇意にしている顔ぶればかりだ。これも彼女の差金なんだろう。


(ここまで狡猾に物事を進めておきながらこの場に当人が居ないことが気になるけれど……)


 姿を見られないのを良いことに処刑台の天辺から観覧席を見回すが、あの豪奢な金髪は見当たらなかった。裏で何か仕込みでもしているのだろうか。洗脳され連れ去られた恐れがあるレオの身も心配だ。


「そもそも、元王太子であるウィリアム・アストライヤの誤ちは昨年の学園卒業式典に遡る。彼はこともあろうに卑しい出自の平民の小娘に誑かされ、なんの否もない婚約者に一方的な婚約破棄を突きつけたのだ!」


 そこからはまぁ、第2王子の口から偉そうに出るわ出るわの嘘八百披露会だった。事実なのはナターリエ様とウィリアム殿下の婚約破棄騒動の話のみ。後はアイちゃんと殿下、それにガイアの過去のちょっとした日常の曖昧な点を指摘し、あたかも彼等を根っからの悪人であったように赤裸々に語るその様子に激しい怒りと僅かな違和感を覚える。


(よくもまぁここまで誇張して語れるものね、大方情報源はナターリエ様だろうけど。それに第2王子殿下って、確か控えめで大人しく謙虚な方ではなかったかしら?)


 もちろんゲームではなく現実の人間である以上関わる相手や環境によって人柄が変わってくることは私だって理解しているけれど、彼の場合根本から捻じ曲げられている様な……。

 そう思いながら未だ語り続けている第2王子からガイアに視線を移すと、視線だけでガイアが頷いたように感じた。やっぱり、ナターリエ様は第2王子とレオの洗脳に手元にあった魔力をほとんど注ぎ込んだんだわ。ガイアにそれがわかるのは、利用されているのが彼の魔力に他ならないからだろう。


(最悪サフィールさんが率いてくれてる別グループの作戦が間に合わなそうな場合は処刑が執行される寸前にこの場で姿を現して部外者として引っ掻き回すつもりだったけど、このキナ臭い流れだとそれも難しくなってきたわね……)


 そもそもこの場の観客は既に三人を“悪”だと断じている人達ばかりだし、ナターリエ様側は目障りな彼等を一刻も早く始末したいはず。だからこそ無理をして処刑時間まで早めただろうに、こうして第2王子にながなが三人を罵倒させている目的は何?

 その私の疑問は、第2王子が本日一番の大声を張り上げた次の瞬間に解決した。


 ボロボロの衣服で飛び込んできたナターリエ様が、涙ながらに彼に縋り付いたのだ。


「さぁ、いよいよ裁きの時だ。今ここで我が国に根付く悪を切り離……「どうかお待ち下さい、殿下!」ナターリエ!?どうしたんだその姿は……!」 


「わたくしのことは良いのです。それより殿下、どうか今一度ガイアスの処刑をお待ち頂けませんか?」


 切々と涙を拭いながらのナターリエ様の言葉に観客はざわめき、ガイアを筆頭に私達は白けた視線を送る。そんな視線の温度差にも気づかない第2王子は、ナターリエ様を抱きしめながら彼女に理由を話すよう促す。それを受けた悪役令嬢が、怪しく口角を上げた。


「ガイアス・エトワールは現在我が国で唯一の魔持ちだ。今回父上を害したあの魔法の毒薬を作り出せたのは彼しか居ないだろう?何故君がその主犯である彼を庇うんだい?」


「それは、彼が道を踏み外してしまったのはわたくしのせいだからですわ」


 途端に、観客のざわめきが大きくなった。その動揺と困惑と言う火に油を注ぐように、ナターリエ様は揚々と語りだす。まるで悲劇のヒロインの様に。


「ガイアスは一年前まで、非常に優秀で忠義に厚い素晴らしい騎士でした。ウィリアム殿下と結ばれた暁には、王族の専属護衛に彼を推したいと考えていた位ですのよ」


 そう声高にガイアを褒め称えるナターリエ様に第2王子は嫉妬で顔を歪め、ガイア達は訝しげな顔になる。が、私とアイちゃんはピンと来てしまった、彼女の目的が。


 麗しきお姉様方が稽古の時に言っていたじゃないか。

 『女の敵は、いつの時代も女』だって。


 ガイアも、ウィリアム王子も、本来ナターリエ様の宿敵にあたるアイちゃんすら今はもう彼女の掌の上。それ以外に、彼女の不興を買った者が居るとすれば……。


「ですがそんな彼が、ある女性と出会ってから変わってしまったのです……!」


「何?その女性とは何者だ」


「件の婚約破棄騒動にて目撃者として名前の上がった学園の卒業生でしたの。彼女の存在こそが、ウィリアム殿下達の真の罠だったのですわ!」


 そう叫び顔を両手で覆ったナターリエ様を眺めながら、マントの留め具を握りしめた。


「なんだと?それはどう言う事だ!」


「目撃者のあの令嬢もウィリアム殿下達の回し者だったと言うことですわ。実は彼女はガイアスの幼き頃の婚約者で、彼を元から無理に従えさせていたのだそうですの!」


「なんと……その令嬢には人の心がないのか?」


「それはわかりかねます。ただ……彼女の護衛として連れて行かれてしまってからと一年、わたくしがガイアスに当てた手紙は次第に送り返されて来るようになり、せめて顔を見たいと直接会いに訪れた際には賊に襲われ、宿すら用意されず……。挙げ句、彼女はわたくしの誕生祝いにと王都へ駆けつけてくれた彼を、その日のうちに戻って来いと無理矢理連れ戻してしまいましたの。ですから確信したのですわ。あの方は初めからわたくしとガイアスを引き離す為に用意された手駒であったのだと!」


 案の定引っ掛ってしまった。ガイアスはその女性にそそのかされ、どうせ自分が手に入らないなら国ごと壊してしまえ操られてしまったのだと歯噛みするナターリエ様に観客は同情の声を上げてるけど……冗談じゃない。

 ガイア宛の手紙なんて初めの数週間でこなくなったし、ガイアの誕生日だって賊に襲われ気を害したナターリエ様が自分から宿をキャンセルして第2王子の別荘に逃げ込んだのだ。私達の誕生日のときだって、ガイアはただ自分の意思で帰ってきてくれたにすぎない。

 事実を捻じ曲げるのも大概にしてほしいと怒りが更に増す。が、まだ今は姿を現すタイミングじゃないと息をつき、更に強くマントの留め具を握りしめた。


「ですから!せめて彼の処罰を変えられないのならば、彼を変えてしまったその女性にも裁きを下して頂けなければわたくしは納得出来ないのですわ!今もその手掛かりを探しに行っていたのですわ!でないと不公平ですもの!!」


「君を裏切り国に反旗を翻した男の為にそこまで……君はどこまで慈悲深い女性なのか……。して、黒の騎士を誑かし君を悲しませたその女の名は?」


「流石に大衆監視の元で大きな声で名を明かしてしまうのは気が引けますが……」


 そうわざとらしく言葉を切ったナターリエ様が、第2王子の耳に何かを囁く。

 眼光鋭く顔を上げた第2王子は、会場を囲う兵達に居居丈高に声を張り上げた。


「お前達!スチュアート伯爵家が長女、セレスティア嬢を直ちにこの場に連行せよ!」


 ようやく出た自分の名前に、出ていくならここねとマントの留め具を破壊する。丁度吹き抜けた突風に攫われ、マントは曇天に舞い上がっていった。


「その手間には及びませんわ、第2王子殿下。私はここにおりますもの」


 突然霧のように処刑台へ姿を現し声を上げた私に、周りの視線が一斉に集い、ナターリエ様がにやりと笑った。大方私を引きずりだすのに成功したとお思いかしら?寧ろ、盤上に上げて貰って助かったのはこちらの方なのだけれど。


「私はセレスティア・スチュアート。王家に忠誠を誓う由緒正しき伯爵家である我が家名にかけて、私は今この場でナターリエ嬢とキャンベル公爵家の数多の罪を告発します!」


 いいわ、ナターリエ様。貴方のその茶番、乗って差し上げます。


 真っ向勝負と行きましょう。


     〜Ep.94 直接対決〜





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