Ep.85 残酷な勝者

「アイちゃん!」


「来たわね、待ちくたびれちゃったわ」


 牢獄の薄明かりの中でも損なわれない美少女が、呆れたように笑みを浮かべた。私が何か聞くより早く、アイちゃんが手書きの資料を格子の隙間から差し出す。


「これは……」


「そっちの部屋での会話は聞こえてたからね。それにあんたの旦那が眷族に集めさせてる情報のお陰で、今がどのルートに進んでるのかも大体読めてたの。あんた、あんまこのゲームやりこんでなかったでしょう?」


 ギクッとなる私に、『必要そうな知識、ありったけ書いといたわよ』と本来ならこんな場所には無縁の筈の主人公ヒロインが笑う。そのやつれた手を、格子越しにぎゅっと握りしめた。


「アイちゃん、ありがとう……!」


「馬鹿ね、喜ぶのはまだ早いわよ。それから、書面で渡すにはリスキー過ぎて書けてない内容があるの。出来るだけわかりやすく話すから、よく聞いて。メモもしちゃ駄目よ」


 いつになく真剣なその面持ちに息を呑んで頷く。アイちゃんが語りだしたのは、まだ“魔法”と言うものが溢れていた時代のこの国の歴史だった。


「そもそも、この乙女ゲーシリーズの世界で魔法に馴染みが無い国ってここだけなのよね」


 そう前置いて。


 かつて、まだこの国が成り立つ前。ここはある魔法大国の植民地のような扱いをうけていた。住民は常に手枷をはめられ魔力を奪われ、労働力として扱われ。豊かだった作物は大国の献上品として無理矢理に捧げさせられていた。

 元は名も無き小さな街と村しかなかったような場所だったそうなのに、何故そうなってしまったのか。何故、魔法大国がわざわざ“この地”を標的にしたのか。その理由は……


「この大陸そのものが持つ魔力の保有量が多いからよ、尋常じゃなくね」


 国立魔法研究所で読み漁った資料とサフィールさんに聞いた話から、私もその事は知っていた。普通なら魔力を多く有する地には強い魔導師の資質を持つ者が生まれ、資源にも様々な魔効を持ったものが現れる。つまり、魔力の多い地に国を建てれば、そこは豊かに強くなるのだ。


「あれ?じゃあ何で魔力持ちの人が迫害されるような事態に……?」


「だからそこを今から話すんでしょうが、心して聞きなさい。……気分の良い話じゃないから」


 ペシッと頭を叩かれしゃんと背筋を正す。


 資源は豊かだが力の弱い土地が大国に蹂躙された。悲しいかな、それは人の世の歴史には付き物で。それと表裏一体のように起きる事がある。

 虐げられていた側の反逆……所謂、革命だ。


「魔法大国に支配されたことで逆に魔術の知識を得た過去の人々は、自分達に多大な魔力があることを知った。その中でも飛び抜けた力とあるを持った魔導師と彼の親友だった騎士が革命の先導を切り、彼等は見事勝利した」


 そして、勝利の英雄となった騎士を王座に据えた。これがこの国の始まりだ。


 魔導師は、いくら勝利したとはいえ国民に根付いてしまった魔術師への不信感や恐怖を懸念し、影から王を支える道を選んだそうだ。


 ここで物語が一区切りついていれば、多少釈然としない部分はあれど二人の友情の美談で終わっただろうに。


「でもそうはならなかった。己より余程強い力を持つ魔導師にいつか反逆されるのではと懸念した初代国王は彼を無実の罪で捕らえ処刑とし、魔導師と同じ高い魔力の証であった黒髪の人間を“悪”の象徴として根絶やしにしたのよ」


 それも、処刑にした魔導師の特殊能力。人間の価値観を書き換える禁術を利用して。


 その能力によりこの国に、黒髪の魔導師に対する嫌悪感と迫害の精神が植え付けられたのだ。


「そして同時に、どうやったか知らないけどこの国には魔力持ちの人間がほとんど生まれなくなった……ってわけ。嫌な話よね」


 ぎゅっと握りしめた掌に爪が食い込む。何て身勝手な話なの……!


「何よ、それ……っ。そんなの、魔導師の人達は何も悪くないじゃない……!」


「あんたの怒りは最もだけどね、そんなもんなのよ。差別の始まりなんて」


 アイちゃんの言葉は、悲しいけど事実だ。仮にも次期王妃候補の勉強をしていただけあって、彼女は私よりずっと現実的に世界を見ている。だからこそ、今の話も全部本当のことなんだろう。


「でもね……今の陛下は、先祖の過去の過ちを償おうとしていらっしゃったわ」


「えっ?」


「詳細はまだ言えないけどガイアス・エトワールを国の英雄とすることで魔力持ちへの迫害を無くし、国にかけられた魔封じも解除しようとしていたの。だからこそ、あの悪女ナターリエから解放するために彼をあんたに託したんでしょ」


「ちっ、ちょっと待って!陛下のお気持ちはわかったけどそこで何で私!?」


 選ばれた理由がわからない!いや、本当に。私ただのモブですよ?貧乏伯爵令嬢ですよ!!そう戸惑いながら言えば、アイちゃんは『やっぱりまだ知らないのね』と頭を抱えた。


「考えても見なさいよ、ただのモブ娘が魔力無効化の特殊能力なんて与えられると思う?」


「……っ!」


「それに始めに言ったでしょ。ここ以外の国はどこも普通に魔法が使えて、しかもこの地は魔力が潤沢。そんな格好の獲物がこれまで他の国に狙われなかった筈がないでしょ?」


 アイちゃんは、一体何を言おうとしてるんだろう。いや、わかるような気がする。脳の深い部分から、何かがピンと来そうな違和感。


「流石にいきなり戦争吹っ掛けてくる国は無かったけどさ、普通にこっちに不利な条約を結ばせに来る奴等とか結構居るんだからね」


 条約の締結なら、話し合いでどうにかなるかもしれない。けどそれは、互いの力関係が対等であればの話。

 魔術に抵抗する術を持たないこの国の人では、魔法で脅されたり洗脳されてしまってはとても太刀打ち出来ない。本気で対等に戦うならば、それこそどんな魔力も効かないような人間でなければ……ーっ!


「歴史的には表に名の出ない、唯一迫害されずこの国に遺された魔術の血筋があった。それが現在、他国との交渉役を陰で一任されているある一族よ」


「……わかったわ。色々話してくれてありがとう、アイちゃん。もう少し辛抱してて、必ず助けるから」


 アイちゃんはフッと笑い、それから力無く私の手を握った。


「……ごめんね、本当なら誰よりもヒロインが頑張んなきゃいけないことなのに。あんたに全部押し付けて」


「ーっ!押し付けられてなんかないよ。私の意思で戦ってるの。アイちゃんが前に言ってくれたんでしょう?私はモブだから、『このゲームの中で一番自由な存在』だって」


「そう……だったわね」


「そうだよ。それにヒロインだって、現実では一人の自由な女の子でしょう?ここから出たらたくさん聞かせて。ヒロインでも何でもない、ただのアイちゃんのお話を」


 約束ねと差し出した小指に、痩せ細ったアイちゃんの指が絡む。これは約束。ゲームのハッピーエンドを越えた、明るい未来の為の。


 その為には、一旦うちに帰らなければ。確かめたい事が出来たから。



    ~Ep.85 残酷な勝者~


『歴史は勝者が創るもの。けれど陰に埋もれた敗者の涙は、未だ消えずに生きていた』



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