Ep.64 陰謀、動き出す

「ガイア……!ねぇ、ガイアってば!!」


 会場の中でも一番人気の無い休憩室まで引っ張って行かれた辺りで、繋がれたままのガイアの手をグイグイ引っ張った。ようやく止まったと思った瞬間、ガチャリと鍵音が2人きりの部屋に響く。

 足を止めたガイアが後ろ手のまま部屋の鍵を閉めたのだ。


「あ……あの、あんな事して良かったの!?高位貴族もたくさん居る夜会の場で……!」


「“あんな事”って、これのことか?」


 未だ繋がれたままだった私の右手に、もう一度ガイアの唇が触れる。プシューっとなる私を見て穏やかに微笑むガイアは、間接照明の明かりのせいかいつにも増して色気を滲ませていた。いや、流されちゃ駄目だ私!!


「騙されてたのがわかったんだし、ナターリエ様との決別はまだ良いよ!?でも、私の右手にき、キスしちゃったら、あ、あらぬ誤解が……!」


 意気込んで話し始めたものの、考えれば考えるほど自意識過剰な気がして恥ずかしくなり語尾が萎んでいく。うつむいた私の顔を、ガイアの指先が上げさせた。揺れる彼の双眸から目が逸らせない。


「何が誤解なものか。俺はセレンの事が……」


「セレーっっっっ!!!!大丈夫ーっっ!!?」


「きゃーっ!!」


「~~っ、今度は誰だよ……!」


 お互いの鼓動さえ聞こえてしまいそうな静寂が一瞬でぶち破られた。驚く暇すら無いままに飛び込んできたアイシラちゃんに抱きつかれ頭を撫でられていたら、怒りを圧し殺した表情のガイアにベリッと引き剥がされた。


「あら居たの?ごめんなさい、闇に同化しててさっぱり気づかなかったわ」


「嘘を付け、セレンに抱きつく前にあからさまに俺を突き飛ばしただろうが!大体どうやって入った!?」


「ん?もちろん窓から」


 ピッとアイシラちゃんの綺麗な指が開いた窓を指差す。ガイアがうんざりと額に手を当てため息を溢した。


「鍵をかけた部屋ですら駄目なのかよ……。はじめの頃の愚行の天罰か……?」


 柱に寄りかかってうつ向いたガイアがなにかをボソボソ呟く様子にオロオロ。だ、大丈夫かな。さっきすごく真剣な顔してたけど……。


「ほっときなさいよセレ、どうせ自分の思惑通りに行かなくて拗ねてるだけなんだから。大体こんな敵地の真っ只中で女の子個室に連れ込んで鍵かけるだなんてムードも何もあったもんじゃないのよねー。特別感なんてあったもんじゃない、不合格よ不合格!!」


「……っ!ムード……、ムードってなんだよ……!?」


「あー駄目だわこいつ。ほらセレ、なんかヒント位あげなさいよ」


「え、私!?ええと、じゃあ憧れるのは満月の夜の浜辺とか、朝焼けの射し込む静かなお部屋とか……?」



 ビシッと指を刺されたガイアが言葉に詰まり、アイシラちゃんの急な質問に私も反射的に答える。ガイアはといえば、『天体観察が好きなセレンらしいな』と笑った後そのままなにかを考え込み始めてしまった。で、結局なんの話だったんだっけ……?


「ふふ、セレは気にしなくていーの。こう言うのは男が頑張るべきもんだし、自分でビシッと決めて貰わないとね。それより、首尾は?」


「ーっ!上々です!」


 浮かれた少女の顔から一転。キリッとなったアイシラちゃんの前に一枚の地図を広げて見せる。そこには、会場の見取り図の上を動き回る金色の丸が映し出されていた。


「よし、追跡魔術はちゃんと作動しているようだな」


 顎に指を添え地図を覗き込んだガイアも安心したように頷いた。


「発信石はセレンが既に袖口に仕込んだ。後は向こうの出方次第だな」


 ガイアのその言葉に、私とアイシラちゃんも頷いた。



 恋華祭り期間最終日、王都で開かれる夜会

。タイミングこそゲームより遅いけれど、この場で本来起きるイベントは“ヒロイン誘拐事件”である。


 実際には、学園卒業間近の二月。学園にて開かれるその夜会に攻略対象から誘われたヒロインは、相手の彼から贈られたドレスを纏ってパーティーに参加。しかし、自分が狙っていた男を奪われた事がどうしても納得行かない悪役令嬢ナターリエは、最後の悪あがきに公爵家の刺客を使ってヒロインを誘拐。監禁して、攻略対象との約束を破らせる計画を立てるのだった。

 ちなみに、ここでバッドエンドルートならヒロインはそのまま拐われ攻略対象は裏切られたと傷つき関係修復不可能。そのまま破局する。ハッピーエンドルートなら気づいた攻略対象に救出されたヒロインがナターリエの罪を糾弾。悪役令嬢は卒業式の断罪イベントまで自宅監禁になり、後の学園生活はひたすら溺愛される日々になる。


 だけどそれは、だ。


 現在いまのナターリエ様は、ゲームの悪役令嬢よりずっと狡猾で、容赦がない。それに、取り巻きの男性が多い今、手駒もずっと多い筈だ。第一私達は既に卒業済みなのだから、ゲーム通りのイベントなど起こす訳がない。


 以上のことからアイシラちゃんがナターリエ様側の狙いを密かに調べた結果わかった彼女の陰謀は、なんと“狂言誘拐”だった。


「最初にあの計画書と王都から郊外に出る裏道の地図を見せられた時は驚いたが、どうやら事実だったらしいな」


 そう呟くのは、自分のかけた追跡魔術でナターリエ様の居場所を確かめているガイアだ。今の所まだこの会場内に居るようだけど、いつ居なくなるかわからない。油断しないようにしなくては。


「自分で夜会の最中に拐われたフリをして、その首謀者として殿下と私に濡れ衣を着せる。その上でエスコート役に同伴させたあんたに護衛としての手落ちだって責任取らせて自分側に縛り付けようだなんて、えっぐいやり方するわよね。あれこそ本物の悪役令嬢だわ」


 会場に戻る為に踵を返したアイシラちゃんがやれやれとばかりに肩を竦める。ガイアは怒るでも悲しむでもなく、ほんの少し困ったように苦笑を浮かべていた。まだ、完全には情が捨てきれて居ないのかも知れない。


「……わ、私アイシラちゃんと先に戻るね!ガイア、お部屋の戸締まりだけお願いします!」


「は?あ、おい!」


 何となく気まずくて、ガイアに地図を押し付けて小走りでそこから逃げ出す。ガイアの声は、追いかけて来なかった。









「じゃ、私は殿下が待ってるからここで良いわ。じゃーね」


「うん、引っ張ってきちゃってごめんね」


「いいのよ、どうせ目的地は一緒だったんだし。それより、置いてきちゃって良かったわけ?」


「うっ……!」


 ごもっともな指摘が心に刺さる。しょんぼりした私を見て、アイシラちゃんはポンポンと励ますように背中を叩いてくれた。


「ま、好きな男が前に惚れてた女との関係なんて考えたく無いわよねー。……ま、正直まっっったく心配要らないと思うけど」


「え?」


 よく聞き取れず首を傾げば、アイシラちゃんはいたずらっぽく『何でもなーい』と笑った。流石ヒロイン、どんな表情も可愛いです。


「ま、すれ違いのモダモダも端から見てれば美味しいんだけどねー……あんま遠慮ばっかしてると、あっという間にかっさらわれちゃうかもよ?」


「へ?ーーっ!!?」


 そう言ったアイシラちゃんが指差した先にはなんと、会場に戻って来るなり華やかな女性陣に囲まれてしまったガイアの姿が!

 しかも、明らかに絡まれてる感じじゃなく、誘惑目的の甘い空気だ。ショックを受ける私の背中を未だ叩きながら、アイシラちゃんが追い討ちをかける。


「あーあ、やっぱりねー。実は意外と優良物件なのよあの男。髪の件は彼の功績を考えれば最早プラマイゼロだし、それが防波堤だったあの悪女とあんな大々的に縁切っちゃったらそりゃここぞとばかりにハイエナがむらがって来るに決まって……って、聞いてる?」


 アイシラちゃんの補足も、ガイアを取り囲んでキャッキャウフフしている女性達が気になってほとんど耳に入らない。

 いや、まぁモテるのは良いんですよ?百歩譲って。でも、でも……!


「わ、私が誰より最初にガイアのカッコよさ知ってたもん!!」


「あんた、本当ヤキモチの焼き方が善良よね……」


 それが今さら、散々差別してきてた人達が何だーっ!とぷんすかする私には、アイシラちゃんの呆れたような苦笑混じりの声も届かなかった。



   ~Ep.64 陰謀、動き出す~



  『歯車はまだ、動き出したばかり』












 

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