Ep.28 4つの竜玉

『お前は魔導師だったのか』


 ガイアのその問いを受けたサフィールさんは静かに首を横に振った。


「いいえ?私はただのしがない魔法学者です。“黒髪”で魔持ちの貴方ならばこの髪を見ればおわかりでしょう?」


 そう言って指先で持ち上げられたサフィールさんの髪は銀色で、強い魔力の証であるガイアの漆黒の髪とは似ても似つかない。この世界の“魔力がある人は黒髪”と言う定義に従うなら、彼は確かに魔法は使えないはずだ。

 でも、それならさっきの謎の炎は一体なんだったの?と思ったとき、サフィールさんの片手にある深紅の宝玉付きの綺麗なロッドに目が止まる。


「あの、その杖についてるのって、炎竜王の竜玉オーブですか?」


「おや、ご存知でしたか?如何にも、この宝玉は炎竜の強大な火の魔力を帯びた魔法玉……“炎竜の瞳”です。神獣に近い存在の魔法玉があれば魔力が無い人間でも魔術が使えるようになりますから」


「あぁ、じゃあさっきの炎はその杖で出したんですね!」


「えぇ。竜玉の力にかかればたかだかその辺りに沸く害虫キラービーなど虫けら同然ですよ」


「まぁ害虫も何もそもそも種族的にあいつ等は虫だがな……。っていや、ちょっと待て。炎竜の瞳だと!?」


 実は割りと突っ込み属性なガイアがため息まじりに呟き、ハッとしたように顔色を変える。


「どうかしたの?」


「どうしたもこうしたも無い!“炎竜の瞳”はこの国の建国の下りに初代国王が四匹の竜からひとつずつ賜り国宝にしたと言う竜玉オーブのひとつだ!しかも、四つの内三つは長い歴史のなかで行方がわからなくなり今存在が認められているのは“炎竜の瞳”ただひとつだけ。それを何故一介の研究者が持っている?それにセレンも、国内でも王族と彼等に直に仕える騎士しか学ばない筈の“炎竜の竜玉の話を一体何処で聞いたんだ!?」


「えっ!?あ、えぇと…………、なんででしょう?」


 そう言われてみれば何でだろう?私、確かに建国神話なんか生まれてこの方聞いたことも興味も無かったのに。

 でも、あの杖を持つサフィールさんの姿に何故だか見覚えがあるような気がして。そしたらフッと“炎竜王の竜玉オーブ”と言う単語が頭に浮かんで気づいたら口にしていたのだ。


(本当にどこで知ったんだっけ?うーんと……あっ!!)


 思い出した!隠し攻略キャラクターの攻略ルートの始めに建国神話のあらすじが出てきたんだ!その隠しキャラである卒業生が、恩師からの頼みで4つの竜玉を集めてるって。

 私はクリアする前に転生しちゃったから結局どんなエンディングだったかとかは知らないけど、確か攻略本にあったあらすじだと攻略キャラが4つの竜玉を集めるのを邪魔して横取りしようとしてる悪者なんかもいた筈。

 ……あれ?じゃあ”炎竜の瞳”を持っているサフィールさんはつまり、隠し攻略キャラかもしれないってこと?


(ーー……いや、違うわ。スチルイラストでもまだ顔は未発表だったけど、髪の色と名前が違うもの)


 そうだ、わざとらしく逆光で顔だけ見えなくされた先行公開のスチルイラストの隠しキャラの髪は紺碧の三つ編み。銀色じゃない。名前は忘れちゃったけど、少なくともあの乙女ゲームに“サフィール”なんて人は居なかった。いや、私もモブなんで人様のこと言えないんですけどね!!


「考え事は終わりましたか?」


「ーっ!!?」


 と、丁度区切りが良いところで真正面から聞こえた声に意識を引き戻される。顔を上げれば、目は笑っていないのに心底愉快そうに唇で弧を描いたサフィールさんの顔が間近にあった。探りを入れてるようなその眼差しにビクッとなった私を一歩下がらせて、ガイアがサフィールさんの前に立つ。


「セレンを悪戯に恐がらせるな。それより、先程の質問に答えて貰おう。事と次第によっては、その杖の所在について直々に陛下に報告することになるぞ」


「おやおや、流石は現役騎士様。凄まじい気迫ですねぇ」


 全く臆してない飄々とした態度でサフィールさんが肩を竦める。やっぱりこの人、何だか怖い。底が知れないと言うか……、何を考えているのかわからないのだ。

 そんな腹の読めない、仮面みたいな笑みを浮かべたままサフィールさんが杖についた“炎竜の瞳”を指先でなぞる。


「これ以上誤魔化すのも面倒ですし、まぁいいでしょう。逆にお聞きしますが、お二人は王都から遠く離れた辺境の地にたかだか魔物の一種が出た程度で王立魔道研究所の面々が派遣されるとお思いだったのですか?」


 逆に返された問いかけにハッとして、ガイアと顔を見合わせる。サフィールさんが『賢いですね』と小バカにしたように笑った。


「キラービーの一件は単なるカモフラージュです。私達の真の目的は、かつて魔道の研究者として名を轟かせたエトワール侯爵。すなわちガイアス様、貴方のお祖父様の遺産の中に“炎竜の瞳”と対をなす竜玉があるか探すためなのですよ」


 『ここまで聞いて私に竜玉探しを命じたのがどなたかわからないほど愚かでは無いでしょう?』と笑うサフィールさんに、ガイアはそれ以上なにも言わなかった。国宝にあたる“炎竜の瞳”の管理は、他ならぬ国王陛下に一任されている。それを彼が持っていると言うことはつまり、サフィールさんに命を下したのが陛下自身だと言うことだから。


「さて、では改めてお伺いしますが。ガイアス様は竜玉の在処に心当たりはございませんか?例えば……、お祖父様が長年の研究成果をひっそりと保管するために作られた、屋敷内の秘密のお部屋や、お祖父様方の墓石に竜玉とおぼしき宝玉があったりなど……ね?」


「いいや、知らないな。屋敷の隠し部屋など見たことも聞いたこともないし、墓については場所を他人に教える云われもない。大体、仮に墓石に竜玉が隠されていたら何だ?墓荒らしでもするつもりか!?」


「まさか、そんな不謹慎な真似は流石に致しませんよ」


「……どうだかな、あんたはどうにも信用ならない。とにかく、俺から貴方に話す情報は何もない、諦めることだな」


 毅然とガイアが言い切れば、辺りに重たい沈黙が落ちる。サァッと冷たい風が吹き抜けた……ような気がした。


「ふむ……、頑なですね。これではエトワール侯爵の墓の場所を知る術は無さそうですね。実に残念ですよ、ガイアス様。教えて下さっていれば、魔道研究者であったお祖父様が何故危険を運ぶであろう魔力持ちの貴方を引き取ったか、その理由もきっとわかったでしょうに」


「……っ!」


 息を呑んだガイアに『まさか何の理由もなく救ってもらったなどとは思ってませんよね』とサフィールさんが囁く。

 その言葉はつまり、彼が唯一信頼していたであろう祖父からの愛情が、“魔道研究の為”と言う打算だったのではないかと揶揄してるのだ。その事実にガイアがどれだけ傷つくかも、お祖父様当人が亡くなっている今では彼に真実を確かめる術がないこともわかった上で。なんて卑劣な傷つけ方だろう。


「ーー……っ!」


 なにかを堪えるように手をぐっと握りしめるガイアの姿に、ブチンと堪忍袋の緒が切れた。もー腹立つ!何なのこの人!!


「いい加減になさってください!!」


 震えているガイアの拳にそっと手を添えて、サフィールさんとガイアの間に滑り込んだ。私を挟む形で対峙した二人が驚いたような顔になるけど気にしない。小さく深呼吸して怒りを少し落ち着けてから、貴族の令嬢らしくシャンと背筋を伸ばしサフィールさんの感情が見えない目を見つめ返す。


「お話はわかりました。サフィールさん、貴方の任務については父に詳細を報告した後に協力出来るか否か改めて連絡いたします。ですから、今日はもうお引き取りください。これ以上謂われの無い憶測でガイアを傷つけるなら私が許しません!!」


 いつになく強気な態度で言い放った私にガイアが目を見開き、逆にサフィールさんは琥珀色の双眸を細めて笑った。何か、とても懐かしいものを見るみたいに。


(こっちは怒ってるのに、どうしてそんな表情かおをするの?)


「ただの可憐なお嬢さんかと思いましたが、意外と芯が強い……。なるけど、面白い方ですね」


「えっ?きゃっ!ガイア!?」


 『何でもありませんよ』と、恭しく頭を垂れてサフィールさんが帰るための挨拶を口にして踵を返す。けど、それをなぜかいきなり私を引き寄せたガイアが呼び止めた。


「待て。帰るのは構わないが、あのはた迷惑な所長はどうした?宝玉探しならトップも必要なんじゃないか?」


「あぁ……。彼は能力的には高いのですが、人間性に難がありますからね。この極秘任務について彼は知らないのですよ」


「え…………」


 やれやれと肩を竦めたサフィールさんは笑ってるけど、それってようはマークスさんは事実上お飾りの所長なんじゃ……。とポカンとなる私とガイア。


「と言うわけで、所長は今近場にある研究室のパトロンの方のお屋敷に呼び出されて出かけてますよ。まぁ近頃はいつにまして暴走し過ぎていましたから、今頃みっちり叱られているかも知れませんねぇ」


 今日一番人間らしい、うんざりとしたようなため息と一緒に吐き出されたサフィールさんの本音にだけは、私達もうんうんと頷いた。


   ~Ep.28 4つの竜玉~








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