第3話 必然の別れ
「今日も海へ行って良いですか?」
「ええ。しかし、保養実験は今日までです。その後はもう会えませんよ」
「分かっています」
「本当の事は言わない」
「分かっています」
母は頷く。
私は水着の上にTシャツと短パンを身に着けた。タオルをトートバックに入れてクーラーボックスを抱えて外へ飛び出していく。目指すはあの海岸。
昨日より少し早い時間だった。
でも、彼はそこにいた。待ってくれてたんだ。
「こんにちは。陽子ちゃん」
「こんにちは、海斗」
輝くばかりの笑顔。
本当にイケメンだ。
どうしてこんなイケメンさんが私に会いに来るんだろう。
他に相手をしてくれる女の子は沢山いると思うのだけど。
でも関係ない。私は私の義務を果たすだけだ。
男の子と仲良くなる事も私の仕事らしいから。
泳ぎが苦手。
そう言ってた海斗だけど、今日は結構泳げるようになってた。自分の脚が届く水深なら潜水もできた。
私の教え方が上手だったから。
違う。
元々彼の身体能力が優れていただけだ。私は少しお手伝いをしただけ。
でも、海斗が泳ぐ姿は生き生きとしてて輝いていると思った。
男の子と二人で遊ぶのがこんなに楽しいなんて知らなかった。
このままずっと一緒にいたい。
心の底からそう思った。でも、それはできない。彼と会えるのは今日まで。私は明日から行かなくちゃいけない。その事を彼に伝えよう。私はそう決心した。
「実は、これでお別れなんだ」
私が話す前に彼が先に口を開いていた。
「今日の夕方から家に帰らなくちゃいけない」
彼は悲しげにつぶやいた。でもそれは私も同じ。
「私もなの。明日から用事があって、しばらく泳げないんだ」
私の言葉に、彼は笑顔で答えてくれた。
「そうなんだ。僕たちは気が合うのかな? 今後の予定まで同じだなんて」
「そうかもね。じゃあ、秘密の場所に案内してあげる」
私は彼の手を引いて岩場に上がっていく。私達が遊んでいた場所の反対側へと向かう。
そこは海面から3mくらいの高さで水深が4~5mある場所だ。
「ここから飛び込むとすっごく気持ちがいいんだ」
「え?」
「さあさあ。遠慮せずに」
私は海斗の手を引いて一緒に飛び込んだ。もちろん脚からだけど。
一気に2m以上潜ってしまう。上を向くと、海面が陽光に照らされてキラキラと輝いていた。そのまま海斗の手を引いて海面に出る。
「ぷはー。びっくりしたじゃないか」
「でも気持ちいいでしょ」
「ああ。爽快だった。それに、潜った時に見た海面の輝きが物凄く綺麗だった。あんなの初めてだよ」
「でしょ」
「ああ」
海斗は満足してるようだった。
私たちは岩場を回り込んで小さな砂浜から陸に上がった。タオルで体を拭こうと思った矢先、海斗に抱きしめられた。
男の子に抱きしめられるなんて初めての経験。そっと海斗の顔を見た。海斗は私の事をじっと見つめてた。
私は眼を瞑った。
海斗の唇が私の唇にそっと触れた。
ドキドキが止まらない。もう心臓が爆発しそう。
「さよなら」
やっとそれだけ言えた。私は海斗から離れ、荷物を抱えて走ってしまった。その場から逃げるように。
「ただいま」
「お帰り。早かったじゃないか」
「うん。ちょっとね」
母はクーラーボックスの中を確認して丸い台座を指さす。私は水着を脱いでそこに立つ。
何時ものように洗浄する。そして熱風で乾燥された。
ベッドに横たわる私に母が語りかけてくる。
「塩害対策実験は期待値以上の結果が出ました。そして、対人関係実験の結果も期待値以上です。よく頑張りましたね」
「えへへ」
「ではシャットダウンします。明日からは戦場ですよ」
「わかってます。良い息抜きができました」
母は何本ものコードを私に接続していく。
私はヒトの遺伝子を用いた有機コンピューター。
個別名称は陽子。
私は人型機動兵器のAIユニットとして搭載され、そして戦場へと送られる。有機コンピューターであるが故、人間と同じく定期的な保養が必要とされている。今回は、異なる環境下での動作確認のための実験も兼ねていた。浸透圧と水圧に関する実験らしい。
その全てをクリアした私は戦場へと向かう。
ここへ戻ってくることはきっとない。
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