星の砂
「ね、星の霧は星の砂を通して生まれるんだよ」
唐突に先生は言いだした。星の霧は枯れた水底からでは。疑問を口にすると、先生はにっこり微笑んだ。その前の話さ。理由を口にして、枯れ枝のように痩せた手が砂を何度も掬っては少しずつ落とした。さあ、と霧雨にも似た音を立てて、零れ落ちていく。
天から星の水が落ちてきて、星の砂に吸い込まれる。その砂を通って地下へ潜り込み、散らばっては集まり、また細かな粒子となって進む。白い人の手招きで、星は枯れた水底から星の霧となって浮びあがっていく。指で一本の線をなぞりながら、先生は星の霧の生まれる道筋を教えてくれた。
「そして、星の砂は、これ」
先生が両掌に掬ったそれが目の前に差し出される。砂。白濁とした、同じ大きさの粒が行儀よく並んでいる。白は白でも、そう大した色ではない。輝きがないせいか、星を冠するものとしてはいささか物足りない。まるで私だ。白く濁ってしまった髪が視界に入り、首を振る。
ふいに、先生が両手の受け皿を一気に傾けた。雪崩れる星の砂は、乱暴に落とされたせいで、もうもうと靄として大地から立ち上がる。
きらきら、ひらひら。小規模な噴煙は、意外にも月の光を受けて美しく見えた。夜空に輝く星たちの光にも似ているそれらは、透明になった木と白い砂ばかりの砂漠で、より一層輝く。
「星…」
本当に星の砂だったのか。白い髪が風に弄ばされて、冷たくて静かな世界が一瞬消える。枯れ枝のような指が、私の頭を撫でた。暖かな色を湛えた先生の黒目が私の白濁の髪を捉えている。ゆったりとした動きは、私たちが旅に出たときを思い出させた。
星の霧を見に行こう。そう言って先生は、枯れた手を差出してくれたのだ。どうしても見たいわけではなかったけれど、その手はとても温かそうだった。星の霧という、伝説のものを探す旅に出る程度には。
「…あの古城へ行くと言ってませんでしたか」
気恥ずかしくなって私は先生に言った。そうだった。ぽん、とひとつ手を打ち、先生が外套の裾を翻して歩き出す。目指す先には、まだ遠い廃墟の重苦しい藍色が沈んでいた。ただ、その上に、一本の細い糸が伸びている。遠目からでは何かは分からず、先生に尋ねた。
星の水さ。墨を流し込んだ目が、私を捉えて言った。糸に沿うように天からまっすぐに人差し指を落とす。先生の言葉を繰り返して、古城を見る。ただ、月が地平線の向こうで静かに揺らいでいた。
「水が流れて砂に洗われて霧となって昇っていく」
いつだったか先生から聞いた星の霧を語る伝承の一節。これで揃いましたね、と少し離れた先の背中に話しかけた。見失わない内に、と慌てたせいか声が掠れてしまっていた。
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