第6話

 もうすぐ夏休み。

 アリスは、ここにいるのだろうか。

「マルセルさん、どうしたんですか?」

 ついジッと見つめていたのだろう、アリスが不思議そうに首をかしげながら、聞いてくる。

 家で、夕食の後片づけをしてた手を止めて、ソファーでくつろいでいた俺の方にやってきた。

「ん…?ああ。

 アリスは、夏休みはどうするのかな?って思って…」

「どうするって……ここにいますよ。

 だって、マルセルさん、言わないとすぐ朝食抜こうとするし……。

 だいたい、外食ばかりじゃぁ身体に悪いですよ」


 あはは……返す言葉もございません。


 「……あの…迷惑ですか?」

 おずおずと、聞いてくる。

「……いや…迷惑掛けてるのは、俺の方だろう?

 結局、家事全部やらせちゃってるし……」

 ついつい、苦笑いが出てしまう。

「そぉ~んな事無いですよ。だって、元々家でもやってたし…。

 ここって、物少ないし掃除も楽で、お友達と遊んだり、結構、好きな事させてもらってるんですよ」

 にこにこ笑って言うアリス。

 敬語こそ使っているけど、最初の緊張感は無く、本当に自然にここにいるようになったんだね。


 だけど、ご両親が亡くなって数ヶ月以上たった今、そろそろ、争奪戦をしていた親族が何か言って来るんじゃないだろうか?

 雑魚はうちの会社の現会長である母が出てきた時点で、諦めているだろうが…問題は……。

「マルセルさん?」

 ああ…本当に、アリスがいる事が、自然になってしまって、つい気を抜いてしまう。

 他人といる時に、考え事なんて決してしないのに…。

 目の前に立っているアリスの手を取り、手の甲を俺の額に当てる。


 俺は意を決して言った。


「実は……この夏休みの間に、俺達の婚約パーティーを開こうかと考えてる」

 アリスの手がピクっと反応したのを、無視して俺は言う。

 顔を見ていないので、どんな顔をしているのかは、分からないけど…。

「もう、ご両親の法要もとりあえず終わった事だし、正式に発表してもおかしくないだろうしね。

 ただ…」

 どんな風に、とられるか。…そもそも、受け入れられるのか分からなくて、言い淀む。

「ただ、発表してしまったら、この婚約は取り消せない。

 世間的には、貴族の縁と大手財閥を結ぶための、政略結婚だと取られるし、うちの親族は大喜びで受け入れるだろうから」


 アリスの手が震えてる。

 顔を上げると、アリスはうつむいて……まるで俺に表情を見せまいとしているようだった。

 俺は、立ちあがってアリスを抱き締めた。

「ごめん。誤解しないで欲しい。俺は…俺の方は、ちゃんとアリスが大切だから……好きだから。だけど……」


 少し身体を離してアリスを見ると、やっぱり少し泣いたような顔で…だけど、涙の残った瞳はビックリしたように、見開いてた。

「もし、アリスが嫌だったら、断ってくれていい。

 発表しても、しなくてもうちがアリスを護るって云うのは、変わらないから。

 でも、長期に渡ってここで暮らすのは、セキュリティー上問題があるから、俺の実家の方に行っててもらえないだろうか?

 もともと、アリスをここに連れて来たのは、母だから、必ず成人するまで護ってくれると思うよ」

 アリスは、フルフルと首を振る。

「ここに居たいです」

「俺と結婚する事になるんだよ」

「結婚とか…本当は、まだ良く分かんないけど。

 マルセルさんのそばにずっと居たいです。

 …それじゃ、ダメですか?」

 しゃくりあげながらも、ハッキリ言う。

「後悔しない?」

 耳元に、そっとささやいた。

「……………分かんないです」

 少し考えてそんな返事が返ってきた。

 そりゃ、そうだ。ついつい、笑ってしまう。

「ここは、ウソでも、『後悔なんかしないわ』って言うところじゃない?」

 って、言ったら、ぷぅ~って、ほっぺを膨らまして、

「だって、本当に分かんないんだもの」

「はいはい。後悔なんかさせないよ。お姫様」

 って、口に触れるだけのキスをすると、さっきまで膨れてた頬が、今度は、真っ赤に染まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る