海が太陽のきらり
結城 慎
プロローグ
静寂――
誰もいないプールは一切の音もなく、天窓から降りそぐ陽光は微かに揺れる水面を、まるで小さな宝石を
街の中心部から車で一時間程度。郊外住宅地のさらに外れにあるこのスポーツジムは、どの様な経緯と目的で建てられたのか、その立地と内部構造からから考えるといつ潰れてもおかしくない程に閑散とした施設だった。
水面を照らしている天窓からの陽光についてはオープン当初、多数の利用客から「直射日光が当たり過ぎて暑い」「日差しが眩しい」とのクレームがあがっていたが、その他にも入口の位置、上下階への移動の設備、更衣室の位置に自動販売機の内容等、枚挙に暇がないほど様々な部分で問題を抱えており、それが施設の閑散とした状況を招いている一因なのは間違いない。
そんな施設が未だ営業、開放されているのはそれなりの理由があってのこと。だが、それはそれでまた別の話である。
静寂が支配する施設内、更衣室からプールへと続く入口に一人の男性が姿を現した。その姿は当然の如く水着姿。頭部にキャップとゴーグルを装着し、上半身は裸。下半身も申し訳程度の小さな布切れで大事な部分を覆っているのみだ。その身体は全体的に長身細身ではあるがしっかりと引き締まっており、一定の期間以上こういった施設で体を鍛えていることが伺える。
男性はプールサイドで黙々とストレッチを行うと、一通り体の動きをチェックする。肩、腕、腰、足。特に右足については彼自身が納得するまで入念に何度も確認を行っている。やがて十分に納得できたのだろう、ぽんっと軽く右膝のあたりを叩き小さく頷いた。
このプールには競技で使用するような巨大な飛び込み台が設置されている。ストレッチを終えた男性はその飛び込み台へと軽快に上り、その上で再び軽く上半身下半身を動かす。屈伸、伸脚、そして肩を回すと、ゴーグルを下ろして一歩二歩、飛び込み台の先端へ。徐に何の躊躇もなくぽんっと弾むように飛び、そのままプールへと落ちていく。
それはまるで一本の矢のように。
美しさすら感じさせるほどに真っ直ぐな、ブレることない飛び込み。彼は空中で軽やかに一回転すると、水飛沫をほとんど上げることなく入水する。まさに完璧。飛び込みの選手ですら唸るほどの、見事な飛び込み。
だが、男性の目的は飛び込みの練習などではない。入水時の勢いそのままに、浮き上がることなくプールの底へ。両目を軽く閉じ、彼自身のいつもの感覚に任せ、ただ深く深く進む。水は彼の敵とならず水底まで優しく迎え入れてくれる。そして辿り着いた水底。彼は全身の力を抜き、まるで眠るかのようにゆったりとその身体を水底に横たえた。喧騒に満ちた煩雑な世界から意識は切り離され、静かで真っ暗な世界へと、ゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。
だが、静かで深い孤独な闇の世界へも訴えかけるものがある。
それは光。
瞼の裏に確かに感じる光。
誘われるように目を開くと、そこには――
優しくそっと頬を撫でるような、穏やかで儚く美しい光が
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