ダブルカップルの本音と関係性

中田祐三

相棒襲来

 ぴんぽ~ん。 ぴんぽ~ん。 


 ……音が聞こえる。 それは断続的に。 でも延々と。


「…う、うん?だ、誰だ?」


 佐倉善之は玄関からのインターフォンの音で億劫そうに布団から身体を起こした。


 やや薄くなった布団の周りは様々なコード類や楽器、そして僅かなゴミと酒瓶で散らかっていた。


 寝不足な頭を揺らしながら玄関へと向かうが、その間にさえインターフォンはなり続けている。


 いやなり続けているどころか、それはさらに激しいものへと変わっていく。


 ぴんぽん。 ぴんぽん。 ぴんぽん。 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!


 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!


 まるで音の洪水だ。 朝方まで耳につけていたヘッドフォンのあとがヒリヒリと痛むついでに頭の中までそれが侵食していく。


 湧き上がる怒りによる衝動で、もつれる足で走って玄関の扉を乱暴に開ける。


「うるせえんだよ、誰だこの野郎!って…えっ…?」


 開いた扉の先、綺麗に晴れた青空が見えるが、誰も居ない。 ふと視線を下に持っていくと、長い髪をツインテールに纏めた小柄な少女がそこに立っていた。 


「あっ…えっと…」


 一瞬、呆気に取られた佐倉を少女はニコリと笑った後に、身体をしならせるようにしゃがみこむと、


「痛ってえ!!」


 猛烈なヘッドバットを善之の鼻先へと思い切りぶつけた。


「…なにすんだ!美音(みおん)!」


 玄関口で鼻を押さえながら仰向けに倒れている善之を少女が仁王立ちしながら見下ろしている。


 そして、


「それはこっちの台詞! いつまで時間かけてるのよ、昨日までには完成するっていったでしょ!」


「えっ、ああ…そうか、それでもいきなり出会い頭に頭突きぶちこむことはねえだろうが!」


「あんたが悪い!こっちはあんたの連絡を一日中待ってたんだからね!」


 それを言われると自分のほうが分が悪いと悟ったのか、それ以上は何も言わずに立ち上がり、


「まあ…とりあえず入れよ」


 といまだ痛む鼻を押さえていることで鼻声の善之が促すが、 


「言われなくても入るわよ」

 

 お構い無しに毒づきながら玄関を通っていく。


「相変わらず汚いわね~、この間、片付けてもらったんでしょう?」


 美音と呼ばれた少女は慣れた足取りで散らかった部屋の中をズンズンと進み、部屋の奥にあった椅子にどかっと座り込んで不機嫌そうに足を組む。


「どうも集中しちまうとな~、悪いとは思ってるんだけどな」


「ふん、まあいいわ…それで完成したの?まさか出来てないってことは…」

 

 ジロリと善之を睨む。 小さい身体と年齢に不相応な威圧感が少女にはあったが、


「ああもちろんだよ。今日の朝にやっと出来たんだけど、うっかりそのまま寝ちまったみたいだな」


 慣れたようにそれを受け流しつつ、ポリポリと頭を掻きながらチラリと布団の方を見る。 


「遅れるなら遅れるって言ってよね!」


 プンプンと怒りながらも右手を差し出す。 


「ああ…ちょっと待て、確かに完成したんだけど、どこに置いたっけな?確かCDーROMに焼いたんだけどな…」


 そう言いながら、クシャクシャになった掛け布団を捲りながら探し始める。


 その背中を見ながら、件の少女はイライラとした様子を隠せないように椅子の上で腕を組みながら貧乏ゆすりを始める。


「女がそんなことすんなよ、男に嫌われんぞ」


 急かす美音を尻目に余裕綽々な表情でそんなことを言う善之に少女が本日二度目の怒りを爆発させるその寸前、


「どうしたの?さっきの声、階段下まで響いてたわよ」


 玄関の扉が開き、背中までストレートの長い黒髪と黒目がちの穏やかそうな女が入ってきた。


「……ちっ、別になんでもないわよ」


「おお、依子か、悪いけどちょっと待っててくれるか?」


 女の姿が見えたことで美音の機嫌が更に悪くなった。


「また善之君がなにかしたの?」


「…別に、あんたには関係ない」


「はいはい、私には関係ないわね」


 不機嫌な少女の物言いを慣れた様子で受け流しながら、いまだ何かを探している善之のところへと進んでいく。


「また無くしたの?だからちゃんと決められたところに起きなさいっていつも言ってるでしょう?」


「い、いや…そのつもりはあったんだけど、どうも徹夜のハイテンションでそれをぶわっと忘れちゃって…」


 まるで悪戯が見つかった子供のようにバツの悪い顔をする善之に少し困った顔をしてから、


「それで何を探してるの?」


「いや、完成した新曲を録音したCDが見つからなくてさ、試作品と、没作品のCDと混ざっちまって…」


「もう、しょうがないわね…私も一緒に探すから、美音ちゃん、少し待っててくれるかしら?」


「別にいい、善之の部屋が散らかってるのはいつものことだしね」


 振り返る女に少女は顔も見ずに無愛想に答える。


「ちょっと…鼻が赤いじゃない、どうしたの?」


 目敏く善之の鼻の辺りが赤くなっているのを女が見つけた。

 

「ああ、そこの女に頭突き食らわせられた」


「…余計なこと言うな」


 椅子を回転させて二人に背を向けた美音が呟く。


「まったく、普通、十代の少女が玄関開けていきなり頭突きなんて食らわすかね~」


「あんたが連絡寄越さないのが悪い!」


 お互いの顔を見ずにぶつくさ不満を呟くのを間に居た依子がため息をつく。


「まったく子供同士じゃないんだから」


 あきれ口調の依子に一人は照れたように笑い、もう一人は無表情で受け流した。


「しかし本当に見つからないな。トイレは…無い、布団の下も無いな」

 

 たっぷり数分間、二人で探そうとも目的の物は見つからない。


 『無いな~』『無いわね~』をまるで掛け声のようにかけあう様子にとうとう痺れをきらしたのか、


「冷蔵庫の中にあるんじゃないの?」


 二人が振り返る。 唐突なことを言い出した少女はやはり彼らに背中を向けている。


「まさかそんなところにあるわけないで…」


「あっ!そうだ!」


 善之が捜索でより散らかった諸々を軽快にジャンプしながら台所に走りこみ、そして冷蔵庫を開ける。


「あった!」


「なんでそんなところに…」


「先週、CDを冷蔵庫で冷やすと音質が上がるって善之、言ってたじゃん」


「そうだそうだ!そんなことを聞いたから試してみようと思ったんだ」


「それって本当なの…」


「さあ?」


 訝しげに問いかける依子の視線に、善之がなんでもないように返した。


「なによそれ…」


 キンキンに冷えたCDと、変な物を見るような彼女の視線に耐えかねて、


「い、いや…冷えることによって表面の音の粒がクリアになるって…ネットに書いてあったんだよ!」


「……まあ、いいわ…はい」


 言い訳するようなその姿に、少しの沈黙の後、それを受け取って美音に手渡す。


「何これ?」


「これを取りに来たんでしょう?」


 ギロリと睨む少女の視線を涼しい顔で受け流してニコリと依子が返す。


「……まあね、善之、コンポ借りるわよ」


 何が納得いかないのか不機嫌そうだが、どうやらそれはこの少女にとっては常のようで誰も気に留めない。


 依子からCDを受け取ると椅子から降りてコンポへと歩き出す。


 床は相変わらず混沌としているが、それらを踏むことなく真っ直ぐにコンポにCDをセットする。


 すぐにメロディーがスピーカーから流れてきた。


「ふん、悪くないね」


「ロックだけど少しスローなテンポね」


「ああ、これがたまにはこういうのが歌いたいっていうからな、この天才様が試行錯誤しながら創ってやったんだ」


 反応が上々なのを見て、善之が得意げな顔で美音の頭をぽんぽん叩く。


「気安く触らないでよ」


 それを乱暴に払いのけながら、より音楽に集中できるようにと耳を近づけて、瞳を閉じて聞き入っている。


 どうやら気に入ったようだ。


「とりあえず今日はそれを持っていってくれ。歌詞を書いたらもう少し煮詰め…」


「歌詞なら出来てる」


 言葉を遮って、美音がポケットからクシャクシャのメモ紙を取り出す。


「なんだよ、早いな」


「誰かさんが連絡ブッチしてくれたおかげで暇だったからね」


「ああ…いや~…それは」


 やべ!っとした顔をして善之が依子の方に視線を向けるが、彼女はただいつものように微笑を浮かべて何も言わない。


 しょうがないので善之がメモを受け取って開く。

     

「なるほど、歌詞のイメージも曲にあってるし、少し手直しすれば上手くリズムにもはまりそうだ、しかしよくもまあ、どういう風にするかって言ってないのに書けたな」


「そりゃ、あんたとはもう長いからね、こんな感じに来るのかなって予測はできるわよ」

 

 今度は美音が得意げに振り返るが、善之の方は自分の曲がある程度予想されていたことが面白くないのか唇を真一文字に閉じる。


「そりゃどうも…ああ、依子悪いんだけどさ…」


 何が言いたいのか察したのか、ここに来て初めて依子の綺麗に整えられた眉が不快そうに歪む。


 その瞬間、横から美音が口を挟みこむ。


「ごめんなさいね、よ・り・こさん」


「あっ…バカ!」


 挑発的な美音の物言いに善之が小さく罵倒した。 


 一気に場の緊張感が硬質化しかけた瞬間、


「おじゃまします、美音、居ますか?」


 途端、美音の身体が跳ねる。 彼女のツインテールも同じように。


「お、おお孝雄か、よく来てくれたな」


 張り詰めた空気から逃げるように善之が玄関へ逃走する。


「うわ!凄いことになってますね…空巣に入られたみたいですよ」


 玄関口の男が何か言うたびに、その度、美音の身体が弾むようにジャンプする。


「ほら、彼氏さんが来たわよ」


 すすっと近づいて耳元で依子が囁くと、瞬間的に顔を赤くして美音が彼女を睨みつける。


 その表情は今までの奔放然とした姿とは違って歳相応の少女のようだった。


「いや~ごめんね。ちょっと道に迷っててさ」


 やってきた男は若く、ちょうど少年から青年へと向かう途中であろう若者だった。


 善之よりは若く、美音よりは年長に見えて、綺麗にセットされた髪とおしゃれな眼鏡にビンテージ物のシャツをユラリと着こなしている。


 孝雄と呼ばれた若者は床の上の物を踏まないように慎重に彼女達のもとへとやってきた。


「お、遅いのよ…!」

      

「ゴメンゴメン」


 孝雄の顔を見ないで文句を言う少女の物言いは先程の善之や依子に対するものとは様相の違う態度であった。


「…! な、何をニヤニヤしてンのよ!」


 少女と若者のその初々しい関係に年長な二人のカップルは一人は微笑ましそうに、もう一人は明らかにからかうように笑っていた。


「別になんでもないわよ…ね~?」


「そうそう、普段からそういう風にしおらしくしてりゃいいんだよなんてまったく……ね~?」


 そういって顔を見渡す年長組の態度に照れ隠しなのかマジ怒りなのか?


 わからないが善之の方に、不快そうに、でも耳まで真っ赤にしながらみぞおちに的確なボディブローを入れる。


「ぐはっ!き、効くぜ…」


「だ、駄目だよ…美音、そんなことしちゃ…」


 慌てて止めようとして、二人の顔が近づく。 


 はっとして二人とも慌てて身体を離す。 今度は孝雄の方も少しだけ顔を赤らめている。


「若いっていいわね~」


「お、お前だって十分に若いだろう」


「とはいっても二人に比べちゃうとね~」


「あまり青臭いってのもどうなんだろうな?」


「うるさいのよ!早く歌撮りまでするの!」


 これ以上の恥辱に耐え切れなかったのか、今日一番、顔に血を集めて、善之の返事も聞かずに録音の準備を始めてしまう。


「はいはいわかったよ…というわけで依子、少しだけ待ってくれるか?」


「…もう予測できてたからね…しょうがないよね、孝雄君も大丈夫?」


「ええ…まあ…はい」


「ゴメン、孝雄…すぐに終わらすから」


 謝りながらも直接、恋人に向き合わずに背中でそういう少女の意地っ張りというかいじましさを三人は三者三様で見ていた。


 一人はやはりにやけ面を我慢できずにいながらも録音の準備を進める。


 一人は困ったような可愛らしいようにその二人の背中を見つめている。


 最後の一人は自身の恋人のその有様をとうに受け入れたまだあどけなさを残した双眸で少女だけを見つめていた。




 録音作業はやはりというか、当然というか、終了にむかうことはなかった。


「だからここはもう少し余韻をもたせたいんだよ!」


「それだとテンションが下がるから無理!」


「無理ってなんだ!そこをどうにかして気持ち途切れさせないようにしろ!」


「はあ?歌ってるのはわ・た・し!歌ってる本人が無理って言ってんだから無理なの!」


 狭い1DKに怒声が木霊する。


 録音開始からすでに数時間、完成に向かっての最初の一歩ですでに躓いている。


 『ああやっぱりこうなったか』と思っていたのは歌い手と演者以外の二人。


 すでに慣れているのか、二人とも依子が自ら入れた紅茶を飲みながら、床に座り込んで二人のアーティストの議論というか意見交換というか? 


 ただの喧嘩を見ている。


 二人とも自分の領域のことになると決して譲らないので、こんなことになるのは日常茶飯事なのだ。


 その結果として殴り合いや喧嘩別れして終わることすら珍しくない。


 そして今日のボルテージはいつも以上に高く、そして早い。


 やがてそれが臨界点を越えて、何十回目の『解散だ!』の言葉がどちらかから出る直前、パンという音が大きく部屋に響いた。

 

 発したのは依子だった。 大きく両手を互いにぶつけて音を出したのだ。 それは二人の喧嘩を一時停止させる程度には有効だった。


 すでにカップを自身と孝雄の分まで片付けておいて、凛とした姿勢で注目する二人に向かい合う。


 それは静かではあるが何か有無を言わせない雰囲気をまとっていた。


「はあ、とりあえず私達、ある程度完成するまで二人で出ておくわよ」


 ため息一つして、収集が付かないと判断した依子がそういって荷物を持って玄関に向かう。


「ああ、じゃあ僕もそうしようかな」


 二人が何かを言う前に依子達は外へと出て行ってしまった。


 残された二人に沈黙が走る。


 誰とも無く互いにチラリと視線を交わし、


「…とりあえず一度通してみるか」


「…そうね」


 先程までの騒ぎが嘘のように黙々と二人は準備を始めるのだった。


 


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