第2話 退屈な日常の崩壊
暗闇。
最初に目に飛び込んできたのは、真っ暗な視界だった。真っ暗といっても何も見えないというわけではなくてチカチカしながらも何かが見える。
目が慣れてきたのか、瞳孔が開いたのか、それとも両方か。真っ暗だと思っていた視界は徐々に暗闇をなくし、輪郭を映し出す。
目の前に見えるのは壁。じめじめとして軽く濡れた壁だ。壁といっても壁紙があるわけでもなく、石造りのゴツゴツしたその表面に苔やら蔦が張り付いているらしい。
右を見れば半分以上なくなった蝋燭が一つ、風も無いのに炎をゆらゆら揺らしていた。そこから醸し出されるオレンジの炎が壁や天井に乱反射して蜃気楼のようにぼんやりと輝く。
さっきまで周りと同じように、教室でスマホを弄りながら机に突っ伏していた俺はどういうわけか、尻餅をついたような体勢で座っていた。
床には何かの羽とか、チラッと見た感じでは読めない言語で書かれたメモらしき紙だとかが散乱している。
それらは、見るからに尻餅をついている自分を中心にして散らばっているようだ。もしかすると記憶にないが、ここに飛ばされてきた時に運悪く当たってしまったのかもしれない。
薄暗いジメジメした部屋に一人。
さっきまで教室でスマホを見ていたはずの俺がどうしてこんなことになってしまったのか、あれは本当に突然だった。
◇
休み時間も残すところ5分。
お昼休憩だけあって、休み時間が長い。
小中までなら給食たが高校は義務教育じゃないとあってお弁当か学食だ。
学食は上手いわけでもないし、安いわけでもないが、不味いわけでもなく、高いわけでもないものだから弁当を朝起きて作りたくない俺はこの飽き足りる学食で我慢している。
食券機を購入して、毎日お見合いをするおばちゃんに手渡しをして、乱雑にすくって囚人に飯を用意するかのようにドバドバ入れて窓口で受け取る。
体臭が口臭か、食べ物が合わさった匂いか。むっとする匂いが立ち込める食堂で俺は飯を食う。
緑色のプラスチック製のトレイに乗せられたプラスチック製の器とスプーン。
隣の奴が豚のように彼を食べるのを横目に自分も豚のような声を上げてラーメンをがぶ飲みする。
味わうなんてものはない。腹に入ればいいのだ。という感じで昼ごはんは食券機で購入してから食べ終わるまで10分で終わらせ、教室に帰るかその前にトイレに行くか、結局は外に行かず誰とも話さず机に突っ伏してスマホをやるのがルーチンワークだ。
ハーメルンやらSS掲示板でweb小説を読んで、Twitterで下らないツイートにいいねをつけて、ボケての堂入りランキングを見て軽く笑っているうちに、あっという間に休み時間は後5分だ。
後5分となれば教室にそれなりにクラスメイト帰って来ていて、まだいないのは休み時間を潰してまでせっせとイジメに励んでいる女子グループと隣のクラスにお友達がいる人間くらいだ。
来年に受験を控えているというのに受験に遅刻してくるようなアホはいないはずだ。
しばらくすると教師が鞄を持って来て教壇に立って出席を取り始める。
一応進学校だけあって、そういうのはしっかりしている。
先生が出席を取っているがまだ休み時間なのでスマホを見ていても大丈夫だ。
これは屁理屈かもしれないが、現に他の奴らもスマホ見て、呼ばれた時だけ頭をあげて返事をしている。
「山本?山本ー!」
山本がまだ帰ってきていないようだ。
いつも通りだ。
校則の5分前行動を守れよと内心思っていると閉められていたドアがガラガラと音を立てて開けられた。
山本というのはいじめっ子のグループのリーダー格の女子だ。
「山本早くしろ」
と教師はそういうだけで、他は何も言わなかった。
山本は"はいはいさーせん"と言ってヘラヘラと笑いながら席に着いた。
遅れて教室に入って来たのは、お風呂上がりの三崎萌香。汚風呂かもしれないなこれは。彼女がいじめられ始めたのも傍観者の俺としてもよくわかる要因だった。本人は気づいていないようであったが。
容姿端麗成績優秀、スポーツもできる方で神さまからたくさんのいいものを貰ったような才能の塊の持ち主が三崎萌香である。父が会社経営社、母がアナウンサーだとかで彼女は地下アイドルとして活躍している。そう彼女は自己紹介をした。ただそれだけならば、他の女子も取り巻きになって三崎萌香の恩恵を受けようとするだろう。たが人生成功組の彼女は調子に乗りすぎた。
いや調子に乗ったつもりはなかったのだろう。彼女としてはいつも通りの行動だったのかもしれない。
地下アイドルの仕事でファンが自分のことを如何に褒めてくれるか、親がどんなに凄いか、あれを買ったあれを食べた。どこに行った、アレも知ってる、それも見た。自慢自慢自慢。
正直言って俺は呆れていた。
小学校の時、同じ学校だったから知り合い程度であったからと、いじめを受けては後君悪いと忠告を入れたのだが、ぶりっ子な返事をされて忠告する気も失せた。
ともかく、彼女は自慢のし過ぎで周りを怒らせていじめを受けていても黙認されてしまうという状況を作り出してしまった。
一年の時の輝きっぷりと比べて見る影もない。
スマホを見ながら何かわからない液体に濡れてぐちゃぐちゃにされたノートを抱えて入って来た三崎を横目でチラリと見た。
彼女も俺の方を見ていて目が合ってしまった。ああきっと俺のことを恨んでいるんだろう。
いじめっ子よりいじめを止めてくれなかった知り合いを恨む気持ちはよく理解出来る。ただ俺はもう注意したんだ。
今の状況はお前自身の責任だ。
そんな風に考えてスピーカーから鳴り響くチャイムとともにスマホをポケットに入れようとして手を止めた。
は?
教室に片足だけ突っ込んでいた三崎まで余裕で入るような円形の紋章が床に映し出された。
ピンク色に染まる教室、光が増し続ける紋章がこの日常を塗り替えた。
周りが叫んでいる声、逃げようとするもの、写真を撮ってSNSにあげようとする馬鹿、冷静に椅子に座り待つもの。
後者の者たち。
冷静に椅子に座り何かを悟ったような表情を浮かべている。
「異世界召喚キタコレ」
隣に座っていた学級委員長がそう呟いたのを聞いてコイツとは仲良くできそうだと思った。
今まではいけ好かないやつだと思っていたがなんだ同志ではないか。
俺も学級委員長もその他の待機勢も冷静な様子だが心の中では大はしゃぎのはずだ。
光がそうそうに強くなり大量の光のオーブが教室を白く染める瞬間、身体の中から力がみなぎった。そんなような気がした。
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