第28話 キマイラ
「それ――」
輝く銃口に命の危機を感じた俺は、とっさに身をかわす。
それと同時に、鼓膜が破れる程の衝撃音が鳴り響き、さっきまで俺が背にしていた壁に巨大なクレーターが出来上がる。
「あはははは。いけないいけない、君は一応生かして連れて帰らないといけないんだった!」
「くっ……お前、それは……?」
それじゃあまるで、
奴の右腕は回復スキルで新生したのではなく、義体化手術によって新生したのか。
「ふふふふ。レールガン、僕の新たな力だよ」
奴はそう言って、砲とかした右腕をなぞる。
「……ゲートもそれで破壊したのか?」
「あはははは。おかしなことを言うねぇ君。なんで元からあったスキルを捨てなきゃいけないんだい?」
奴はそう言うと左手を前に突き出す。それと同時に幾つもの光弾が俺目がけて発射された。
「そんなもの!」
だがそれは、俺の体に当ると同時に霧散した。
「けっ、やっぱりこっちは効果なしか」
奴はそう言って口をとがらせる。
俺のスキル無効化スキルは、魔法系のスキルだったら問答無用で無効化する。だが、
どう考えても奴の右腕に収まらないような巨大な砲を展開するのに科学系のスキルを使っているというのは分かる。弾丸やそのエネルギーだって、科学系のスキルによって都合しているのだろう。
そこを突くことは可能かもしれないが、現実世界の物質で作られた弾丸を俺のスキルは無効化してくれない。
「魔術と科学のハイブリッドって奴か」
「ふふふふ。うちではキマイラって言ってるけどね」
奴は上機嫌でそう言った。
★
「いつかはこの日が来るのは分かってたけど、案外早かったね」
「……そうだな」
指令室のモニターには地下基地のあちこちの様子が映し出されていた。
閉じた隔壁をこじ開けようとする敵、侵入経路を見つけそこに殺到する敵。
あまり統率が取れているように見えないのは、協調性の無い帰還者による部隊だからだろう。
だが、こちらもやられっぱなしという訳では無い。
防御装置は超高圧の放水をレーザーのように放ち敵の体を穿ち、壁や床に仕込まれたトラップが高電圧を流す。天井に仕込まれた無数のレーザーが敵の網膜を焼き、隔壁により密閉された空間の空気組成を組み替え、窒息あるいは酸素酔いさせる。
この日の為に仕込まれた、ありとあらゆるトラップが牙をむいていた。
「計算ではみんなが避難するまで時間を稼げるはずだけど、あくまで机上の空論だ。やってくる敵がどんな奇想天外なスキルを持っているのか分からない以上、こんなものは気休めにしかならない」
軍の特殊部隊に攻め込まれても、コーヒーカップ片手に気軽な気持ちで眺めていられるが、その相手が帰還者となれば話は違う。
超高圧の放水は、水を自在に操るスキルを持つ敵には無効だ。電撃、レーザー、空気トラップもしかり。全ての帰還者に対して万全な効果を発揮するトラップなど、
「もう少し、彼のスキルを研究できる時間があれば……まぁ今更言ってもしょうが無い話だね」
「ところで、ボスは脱出しないの?」
「はっ、組織の長が、いの一番に逃げ出す訳にはいくまいよ」
「そっ、まぁ好きにすればいいさ。僕は僕で最後までこの子たちの面倒を見るよ」
先ほどから、防衛兵器を止めるべく、幾度となくハッキングが繰り返されている。
★
「あーもう! 私の家で好き放題してんじゃないわよ!」
溶け落ちた隔壁から侵入して来る敵に、赤い影が襲い掛かった。
雷光の速度でトンボの様に舞い、鎧さえ貫くスズメバチの一撃が敵を襲う。
獰猛な赤い獣がその空間を支配していた。
「あの小娘はリストに載ってない! 殺して構わん!」
その言葉と共に、一斉に魔法の光が輝いた。
炎、氷、雷、突風、銃弾、レーザーありとあらゆる攻撃が通路に充満する。
「雷光神姫、なめんじゃないわよ!」
彼女の目が紅蓮に輝く。
チートスキル――加速、を最大限に利用した彼女の必殺技が燃え盛る。
音を、光さえ置き去りにして彼女は無限に加速を重ねる、そしてそれは時を超える。
彼女の体は紅の雷光となり、静止した時の中、敵の弾幕が薄い場所を突き進む。
そして、彼女が過ぎ去った後には、無数の敵が横たわっていた。
「ぜはっ、はっ、はっ、やっぱり、少々キツイわね」
彼女は滝のように汗を流しながら、膝を突く。この技は、異世界で使っても消耗が激しい技だ、それを現実世界で使うことがどんな意味を持つか、考えるまでも無く分かり切った結果だった。
「けどっ……」
思い浮かべるのは、偵察に行ったあのホテル。
ホテルの前には救急車が数珠繋ぎに並び、次々と死傷者を運び出していた。
ホテルから離れた場所に一軒だけ倒壊した建物があった。
その瓦礫の中に見慣れた彼女の靴があった。
それは血で染まり、煤にまみれたものだった。
「これ以上奴らに好きにさせてたまるものか!」
彼女はそう叫び、疲労に震える膝を押して立ち上がる。
雄叫びの先には敵第二陣が押し寄せていた。
★
「ひっ……嫌だ、こんなの嫌だ」
「違う、こんなの違うんだ!」
全てが悪い方に転がっていた。
そして、その流れはどうしようもない濁流となって、彼自身を巻き込んでいた。
地下基地には幾つもの脱出経路が設置されており、その出口は巧妙に偽造されていた。
とある出口は民家の一室に繋がっており、とある出口は薄暗い路地裏に出るルートだった。
彼が選んだ出口は、公園の森の中に繋がっていた。
暗証番号を打ち込むと、何重にもかけられたロックが外れる音がする。
「ひっ!」
彼は小さな悲鳴を上げて、僅かに開けた鉄扉を慎重に閉めた。
念のためにと、送り出した式神が届けた映像からは、その公園で待機する完全武装の兵士たちの姿で溢れていたのだ。
「こっ、ここは、駄目だ」
歯の根が合わない程に震えながら、彼はそう呟く。
彼が別の出口に向かおうと振り返った先には、こちらの出口へ向かって避難する人たちが列をなしてやってきていた。
「こっ、ここは駄目だ! 外に敵がいる!」
「そんな! 後ろから奴らが追ってきてるんです!」
「なんだって!」
耳をすませば、避難者たちの背後から戦闘音が聞こえて来る。
だが、この人数ではこっそり出口から逃げる事など不可能だった。
避難者たちの大部分はこの施設で働く戦闘力を持たない一般人だった。
「投降するしかないのか?」
そんな声がボソボソと聞こえて来る。
彼ら一般人が投降した場合、何らかの罪に問われることになるかもしれないが命までは取られないだろう。
だが、彼の場合は別だった。
帰還者が協議会に捕えらればどうなるか、その噂は嫌というほど聞かされていた。
「いっ、一か八かだ」
「だっ、大丈夫なんですか!?」
「ぼっ、僕がかく乱する! みんなバラバラに逃げるんだ!」
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