第8話 帰還者問題
俺が異世界に行っていた間に日の目を見た帰還者問題。
それは、社会的弱者たちの魂の叫びとも言えるものだった。
「彼らは一様に叫ぶんだ『元の世界に返してくれ』と」
「元の世界って」
「そう、本来ならばこの現実世界こそが『元の世界』だ。
だが、彼らはこの世界からは必要とされなかった人間なんだよ」
「……」
「もちろん、全員が全員そうと言う訳では無い。現実世界で充実した生活を送っていた人間が異世界とやらに神隠しにあることもある。
だが、現在問題になっているのは前者の方だ。
彼らは、自分を理想郷から追い出されてしまった被害者として嘆き悲しむ。そして自暴自棄となりあらゆる犯罪に手を染めてしまうんだ」
「そんなの……」
勝手すぎると思う。
だが、彼らにしてみればそうではないのだろう。
順番が違うのだ。
彼らを先に捨てたのはこの現実世界。彼らの中ではそう言った認識なんだろう。
「彼らが通常の人間ならば、今までの手段で対応できる。だが……」
父さんはそう言って悲しげな視線を俺に向ける。
注射針を通さない強靭な皮膚。ドアノブを粘土みたいに丸めてしまう強靭な筋力。そんな能力を持った人間が暴れ出したら?
受けたことはないけれど、拳銃の弾すら効かないかもしれない。ドアを守る鍵なんて無いに等しい。強盗だろうが何だろうが、やりたい放題だ。
「彼らは宙を舞い、魔法の弾を打ち出す、不可視の斬撃によって車両を両断し、視認するだけで人を殺害する」
「無茶苦茶だ……」
「そう、彼らに現代科学の常識は通用しない」
出鱈目に過ぎる。それに比べれば、俺に宿ったチートスキルなんて可愛いものだ。フィクションの世界における
「それで、発足されたのがこの組織だ」
父さんは、改めて新聞を俺の前に差し出した。
「……帰還者対策協議会」
「ああ、父さんも動きが随分と速くて驚いたが、世界もこの問題についてなりふり構っていられないという事だろう」
新聞には西洋人の青年が厳しい顔をして映っていた。
「この人が、その組織の?」
「ああ、ヴィクター・D・オルドリッチ。アメリカ出身の青年実業家だ」
陳腐な言い方だが、まるでハリウッドスターのような美形だった。彼は肩まで伸ばした金髪をかっちりとしたオールバックでまとめ、紙面からでもわかるようなカリスマ性を臭わせていた。
「彼も、異世界帰りという事らしい」
「彼も?」
彼も俺と同じ
「ああ、ウオール街で順風満帆な生活を送っていた彼は、ある日突然失踪した。彼の会社は順風満帆、何一つとして非の打ち所がないものだったにも関わらず。
そして、彼は失踪した時と同じように、ある日突然帰って来た、まぁその時の彼の姿は時代錯誤も甚だしいプレートメイルに身を包んでの事だったらしいがね」
プレートメイルという事は、剣と魔法の異世界にでも行ってきたんだろうか。
「帰還者の問題は、実は以前から存在していた」
「以前から?」
「ああそうだ、日本では、いや世界中に神隠しの伝承は残っている。そのうちの何割かは異世界に行ったと考えられる。
そして、帰還者の話だが、日本においては鬼や天狗だな、そう言った伝承にかたられる超常の力を持つ存在の正体は帰還者であると言われている」
「けど、それはあくまで昔の話だろ?」
資料の無い昔の話なら盛りたい放題だ。
俺がそう指摘すると、父さんは声を潜めてこう言った。
「これは、警察内部の極秘情報だがな、昭和・平成の時代にあっても、そう言う事態は起こっていたんだ」
「ホントに!?」
「ああ、表ざたになると、色々と厄介だからな。警視庁内部にはそれ専門の部隊もあると聞く」
超能力対策の特殊部隊、男心をくすぐられる話だが、今は本題ではないだろう。
「だが、今の帰還者の数は異常と言っても良い。とてもではないが、秘密部隊ひとつで何とかできる数では無い」
「それで、表に出て来たのが帰還者対策協議会ってことか」
「ああそうだ、あまりいい噂は聞かない組織だがな……」
父さんはそう言って言葉を濁した。
帰還者対策協議会のいきさつについては大まかに理解できた。それで、父さんはいったい何が言いたいんだろう。
「それで、俺はいったい何をすればいいんだ?」
ヴィクターなにがしの様に毒を以て毒を制すという事で、その警視庁の特殊部隊とやらに入ればいいのか?
父さんが言葉を濁した理由も気になるけど……。
俺がそんな呑気な事を考えていると、父さんは悲痛な表情でこう言った。
「帰還者は人類の敵。そう言う族が増えてきている」
「……え?」
「彼らは帰還者を恐れている。現実世界から逃げ出した卑怯者が、恐るべき力を持って復讐の為に帰って来たと」
「そんな……」
そんなの言い掛かりも甚だしい。
異世界に行くかどうかなんて自分の意思ではどうにもならない事なのに。
「帰還者は現実世界からはじき出された人間だ、それはすなわちはじき出した人間がいるという事だ」
それは、神様、という奴じゃないだろうか。次元の壁とかを超えて人間を別の世界に遅れる存在なんて、人間に出来る事では無い。
俺の疑問を察したのだろう。父さんは首を振りながらこう言った。
「どうやって異世界に行ったか、それは問題では無い。なぜ彼らは追い詰められてしまったのか、それが問題なんだ」
「?」
今一何を言わんとしているのか分からずに首を傾げていると、父さんはこう話を続けた。
「帰還者が、行う犯罪のひとつに殺人があると言ったな」
俺はその言葉に、生唾を飲み込みながら頷いた。
「その被害者というのは、かつて帰還者を現実世界の片隅に追いやった者たちだ」
「それじゃあ」
それじゃあ、まさに復讐だ。それ以外に当てはまる言葉は無い。
「けどッ!」
本当の被害者はどっちなのか?
弱い者を追い詰め、社会生活不適合者のレッテルを張った連中か?
その彼らに復讐を受けた者たちか?
「現代社会において復讐は許可されていない、まして殺人など」
父さんは俺の目を見ながら、きっぱりとそう言った。
「言い分があれば、法廷で決着をつけるべきなのだ」
理屈は分かる。それが正しい事だという事は分かる。
だが……。
だが。
彼らの立場になってみればどうだろう。現実世界で拭いきれない傷を追い、
そのやり場のない怒りを、憎しみを、悲しみを、発揮できてしまう手段を持ち得てしまったら?
復讐は悪い事、殺人は悪い事、そんな事は百も承知だ。
だが。
俺はあの世界での最後の戦いを思い出す。
もし、あのコロニーを壊滅させたのが、化け物でなく人間だったら?
それでも俺は、躊躇なく槍を振るっていたかもしれない。
自らの怒りのままに。
「逆転現象だ。
今現在社会的強者の立場にある人間たちは、異世界帰りの元弱者に怯えている。
『自分にそんな気はありません』そう言っても彼らは決して信じないだろう」
「それじゃあ俺は……」
どうすればいいのだ。
足元がぐらぐらと震えて来る様な気がする。
ベッドに横になっているのに、それが透けて地の底まで堕ちていくような気がする。
「いいか、
父さんは俺の両肩に手を置いてそう言った。
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