第13話 不穏な動き

 先ほどまで降りしきっていた雨はいつのまにか上がり、空には小さく三日月が顔を覗かせる。

 凍てつく冬の寒さが加藤を襲うが、ご自慢のマフラーがそれを防ぐ。


「待ってろよ、いま助けてやるからな」


 自分の存在によって、寒川を助けることができる。

 そう思うと加藤は、逸る気持ちを抑えきれなかった。

 猪突猛進とはよく言うもので、周囲のことを気にも止めていなかった加藤は、背後から近づく影に気付くことができなかった。


「縛!」

「えっ……」


 突如にして、体が強張る。

 自分の体では無いかのように、自由がきかない。

 そのまま倒れた加藤は、アスファルトの上を転がり止まる。


「何だよ……これ……」

「ふぅ……」


 その直後、加藤を見下ろすように全身黒づくめの衣装に身を包む中年の男性が立つ。


「困るんだよねぇ。妖怪に踊らされるアホな人間は、救いようが無いよ」

「なっ……」

「とはいえ……せっかくだから、有効活用させてもらおうかねぇ」

「有効……活用……?」

「そう。言うこと聞くなら、生かしてあげるよ。友達を救いたいなら、君は生きなきゃね?」


 その言葉には冷徹さが滲み出し、加藤を恐怖で包み込む。

 目の前の男が、ハッタリではなく本気であることは、素人の加藤にも分かった。

 それ程までの気迫があったのだ。


「俺は何をすれば……?」

「あのクソ妖怪と契約したのなら、奴の真名を聞いたんじゃないのか?」

「真名……?」

「本当の名前だよ。華月雪というのは仮名。本当の名前を僕は知りたいんだよ」

「どうして……?」

「あぁ……小僧には関係ないよ」

「うあぁぁ……」


 不必要な口を開くなと言わんばかりに、男は加藤の左手を踏み潰す。

 ひっそりとしたあぜ道に加藤の叫びが響く。

 加減はされているようで、骨が折れることはなかったが、加藤を従順にさせるには十分だった。


「じゃあ、これから真名を探るんだよ? いいね?」

「は……はい……」

「じゃあ、お取り込み中でしょ? 早く行きなよ」

「……」


 加藤はふらつきながらも、その場を後にする。

 黒づくめの男は、暗闇の中に消えていく。


「利用できるものは、何でも利用するよ」


 そんな声は、誰にきかれることもなく、闇に溶けていったのだった。


***


 何百年もの間、時が止まったかのように佇む白銀神社は、来訪者の存在を拒み続ける。

 やってくるのは、陰陽師くらいのものだ。

 故に人間が迷い込むことなど珍しいことだった。


「加藤駿……か。変わった人間だ」


 本殿に腰掛ける華月は月を見つめる。

 そのすぐ隣まで、白い装束に身を包んだ女性、由梨の姿が近づく。


「また人間と接触しましたね?」

「接触してきたのは向こうだ」

「屁理屈ですね」

「何とでも言うがいい」


 華月はまんじゅうを食べながら、空を見上げ続ける。

 その瞳には大きな月が映る。


「貴方は本当に月が好きですね」

「まぁな」

「ところで、あの人間はどうしてここに入ってくるのですか?」

「知らん。普通、人間がここに迷い込むことなどない。こちらが手招きでもしない限りな」

「ですが、あの少年は2回もここにきた」

「だから、変わった人間だ。本当に」


 本殿の袂に腰掛け、足をブラブラとさせていた華月は由梨の方を見つめる。

 その目は、軽蔑の様相を呈していた。


「話を変えて申し訳ないが、ここ数日、私の下を訪れる者が多いのは何故だ?」

「そんなに来ましたか?」

「黒い陰陽師が6人、白い陰陽師が君を入れると2人来た」

「数日の間にですか? 多いですね」

「胸糞悪いものだ。私には干渉するなと言っておいたはずなのにな」

「此方も色々とゴタゴタしているので、申し訳ないです」

「崇仁の件か? とはいえ、この体たらく。組織として大丈夫か?」

「知っていましたか……はい、崇仁様がお亡くなりになってしまい、組織が1つにまとめられていないのが現状です」

「こんな状況……神白も草葉の陰で泣いてるな」


 華月は最大限の皮肉を浴びせる。

 ここ数日での来訪者の数々に、相当イライラしているのが伝わる。


「面目無いです。何とか言い聞かせておきます」

「期待しないでおこう」

「ところで、例の少年には何を吹き込んだのですか?」

「まずは、深山神社の御神木から小さな枝を持ってくるよう頼んだ」

「そうですか……人間を助けるなんて少し意外です。もしかして、真名まで教えたりしましたか?」

「意外? 私はいつも通りの私だよ」

「……そうですね。それにしても、いつもより生き生きしてるように見えますけど?」

「ふん……あと、真名を教えるわけないだろう? 私が真名を教えるのは、後にも先にも神白にだけだ」

「そうですね」


 由梨は立ち上がり、鳥居に向かって歩く。

 その歩みは、堂々とした華月とは異なり、20代の女性らしい、人間の歩みだ。


「我々、護神派はこの一件には手を出しません。ご武運を祈ります」

「神に祈られるとは、不快極まりないな」

「神は神でも、神白様に祈ってます」

「そうか……では、さらばだ」

「はい。お邪魔しました」


 こうして由梨は白銀神社から出て行く。

 再び、静寂が訪れた本殿で、華月は小さく呟く。


「なぁ……神白……。私はいつまでここにいればいいのだ……? もう何百年も約束を守っているのだぞ……私は……」


 放たれた弱々しい言葉は、本殿から漏れることなく空気に溶けていった。

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