第4話 広がる世界

 夜は世界に闇をもたらす。

 しかし、その闇は人々の願望によって、再び照らされる。


「あのまま帰ってきちゃったけど、良かったのだろうか……まぁ、神社の名前も覚えてるし、何とかなるとは思うけど……」


 帰宅した加藤は、日課となりつつある今日の日記を書き記しながら、そんな不安を振り払うために自室の窓から外を眺める。

 右手に握られた鉛筆は、大きくすり減り、文房具から顔を覗かせるカッターは、鉛筆との相性は抜群だとでも主張するかのように、その刃を輝かせている。


「こんなもんか。そろそろ新しい日記帳買わないとなぁ」


 軽い気持ちで日記をつけ始めて、もうすぐ2ヶ月が経とうとしていた。

 手元の日記には、誰かに知られたくないような事も含めて、色々な思いが込められている。

 そんな相棒の日記帳にも終わりが近づいてきていることが、鉛筆から伝わる紙の弾力で容易に分かる。


「ふぁぁぁ〜あ」


 静かな部屋に大きく響く欠伸の音は、目覚まし時計とは逆に睡眠の時間を知らせる睡眠時計のように聞こえる。

 街の明かりは闇夜を照らし、人々に安寧を与える。

 雅な人たちが、暇を持て余していた時代には月がその役割を果たしていたが、現代人にはそれだけでは物足りない。

 

「今日は、もう寝ようかな」


 どれほど不安でも心配でも、できることは何もない。

 加藤は、何事も起こっていなければ良いと願いつつ、そのまま眠りについた。


***


 人々の大半が眠りにつき、都会から少し離れた位置にある深山神社には静けさが訪れていた。

 暗闇に1人佇む蒼銀の巫女は、境内に鎮座する鳥居を見つめている。


「……」


 鳥居に向かって伸ばした右手は、眩い閃光と耳をつんざく爆音とともに弾かれる。

 華月は表情1つ変えることなく、紅く腫れあがった右手を見つめる。


「ちっ……忌々しい限りだ。もう何年、ここにいるのだろうか……思い出すのも億劫だな」


 そう呟くと、腫れあがった皮膚は一瞬にして何事もなかったのように元の状態に戻る。

 暗闇に浮かぶ蒼い瞳は、月明かりに照らされ不気味に輝く。


「さて、あとは件の人間だな。久しぶりに面白い展開だ」


 薄暗い闇の中にひっそりと佇む本殿を背に、華月は笑みを浮かべた。


***


「だぁぁぁぁぁぁぁ~遅刻するぅぅぅ」


 昨夜は早く寝たので朝までぐっすりと眠れた……のだが、あまりにもぐっすりと眠れた加藤は、遅刻すれすれの時間となっていた。


「2日連続とかないわぁー」


 加藤は決して、優等生ではないにしても、遅刻をすることはあまりない。

 故に、2日連続で遅刻するかもしれないという窮地に、加藤は内心焦っていた。

 とはいえ、昨日ほどギリギリではないため、走っていれば間に合う。

 よって、加藤はらせん状の坂道を道なりに進み、山を登っていく。


「あっ、先輩~!!」


 ふと、背後から聞こえてくる馴染みのある声に、加藤はスルーするという選択肢を選んだ。

 道行く生徒は意外と多く、おそらく先輩だけでは1人に特定できないだろうと踏んでの行動だ。


「先輩ってば!!」

「やめろー。俺に触るなー。触ったら確定してしまうー」

「え? え? え? どういうことですか!?」


 加藤は断念して、ジト目で振り返る。

 そこには、加藤の走りに必死でついてくる三木の顔があった。

 普段であれば、10分前行動を取るほど、時間には厳しい三木が、遅刻すれすれといういことに加藤は驚愕する。


「で……お前はどうしてこんなにギリギリなんだよ?」

「ぐ……偶然さっ!」

 

 右手の親指をあげ、"Good job"とでも言いたいかのようなドヤ顔で、加藤を見つめ返す。

 良く見てみると、その表情からは疲労が見て取れる。

 

「目の下のクマ、どうしたんだよ?」

「う……うるさい……」

「心配なんだよ。何があった?」

「昨日、誰かに見られてるって話を聞いて……。それで意識したら、本当に誰かに見られているみたいで寝れなかったんだよぉ……」


 三木は半分、泣きそうな顔でこちらを見つめる。

 彼女の感受性の高さは折り紙付きであり、故に天然さに拍車がかかっている。


「お前なぁ……。大丈夫だから、今夜はぐっすり寝ろ」

「眠れるまで通話して……」

「ガキか! ってか、先輩と後輩の間柄を超えてね!?」

「でないと、ぐっすり眠れないよぉ……」


 三木は1度言い始めると引くということを知らない、駄々っ子のスペシャリストなのだ。

 こういう場合は、適当に流すのが加藤の流儀だ。


「はいはい、じゃあ今夜ね~」

「おぉ! 今夜!!」


 こうして、加藤と三木は遅刻することなく教室に辿り着くことができた。

 教室では、半数の生徒が机に座り、もう半数は友達と話している。

 席に着くと、さっそく1限目の授業で使う教科書の準備をする。


「あっ、そういえば昨日、深山神社に行ったんだけど……」

 

 加藤は後ろの席に座っているはずの寒川に話しかける。

 しかし、そこには空席だけが存在感無く、ひっそりとしていた。


「え……?」


 誰もいない机を眺めている加藤に、クラスの生徒が声をかける。


「寒川さんは、今日休むって聞いたよ。 理由は分からないけど……」


 加藤の心の中には、どうしようもない不安が渦巻く。

 早く帰って、寒川の安否を確認したい。

 そう思いつつも、朝から授業に勤しむのであった。

 

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