ドラゴンの瓶詰め

イネ

第1話

 あるところに、ドラゴン売りを手伝う娘がいました。媚薬で染め上げた真っ赤なリボンを、ドラゴンたちが眠っている間に首に巻き付けて、一匹ずつ急いで小瓶に詰めてしまうのです。

 ドラゴン売りの主人は言います。

「いいか、こいつらはトカゲじゃない、本物のドラゴンなんだ。媚薬で染めたリボンがなけりゃ、もう俺もおまえもあっという間に喰い殺されちまう。さぁ、今夜は寝ないでリボンを染め上げるんだ。明日は町へ行くぞ」


 翌朝、二人はありったけのドラゴンの瓶詰めを、ロバの背中に積んで出掛けて行きました。町の大通りはもう、大変なにぎわいです。

「やぁ、ドラゴン売りが来たぞ。新鮮なやつを今日は8匹ほどもらおうか。祝い事があるんでね、ドラゴンのスープを作るのさ」

「こっちも頼むよ。どんな酒もドラゴンの丸焼きがなくちゃ、味気ないだろう」

「このドラゴン、砂糖漬けには出来るのかしら。ご主人、レシピはありますの?」

 主人もめいっぱい声を張り上げます。

「さぁ、早い者勝ちだよ、早い者勝ち! えぇ、お客さん、砂糖漬けするには一度ドラゴンを干さなくちゃいかんね。帰ったらこのリボンごと家の軒に吊るすんです、七晩ね。それからやっとこの瓶に戻して砂糖をまぶす。手間ですがね、けれども子供らはみんなドラゴンの砂糖漬けが大好きですからな。そう、シナモンはお好みで。さぁ、早い者勝ちだよ」

「わしにも一匹くれ。いいや、食べたりなんかするもんか。わしはドラゴンに名前をつけて仲良くやるさ。おっと、娘さん、リボンはきつく縛っておくれよ」

 次から次へと押し寄せる客を相手に、娘も忙しく働きました。ドラゴンがうまく売れれば、主人はきっと帰りにはお酒を買って、明日は娘にも一日お休みをくれるはずなのです。そのかわり何かもめ事が起こると、主人はすべて娘のせいにして怒鳴り散らすのでした。


 そうして、最後のドラゴンを売ろうとしたときです。一本のリボンが風に飛ばされるのを見つけて、娘はギョッとしました。

 次の瞬間、眠っていたはずの一匹のドラゴンが、身体をビクッとふるわせて、ギラギラに濡れた瞳をうっすらと開いたのです。あくびのかわりに霧のような炎をぼわ~と吐き出し、それからうんと背伸びをしますと、その身体のなんと大きいことでしょう。瓶詰めだなんてとんでもありません。大木ほどもある尻尾をふりおろしながら、ドラゴンはいよいよ辺りをにらみつけました。ところがそこにはもう、町も、人々も、娘の姿も、あの真っ赤なリボンも、なにひとつ見当たらなかったのです。ドラゴンはただ一人きりで、いつも通りの静かな夜の中に佇んでいたのでした。

 見上げた空に、月はまるで砂糖漬けのように輝き、ドラゴンは思わず苦笑いして、今度はため息ほどの小さな炎をひとつ吐きました。それから、いま見たばかりのおかしな夢を、忘れないうちに小瓶に詰め込んだのです。

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