パパは新任教師

「どうしたんだ? そんなところに集まって」


 生徒たちが振り向くと、金の短い髪に、あま色の瞳をした人懐っこそうな男性教諭がいた。


「あ、張飛ちょうひ先生!」


 とみんなは言ったが、百叡だけが違った。


「あ、張飛パパ!」

「えぇっ!?!?」


 今学期に新しく体育教師としてやってきた先生と百叡を、みんなは交互に見た。先生の大きな手は、百叡の銀の髪をポンポンと軽く叩く。


「学校ではパパじゃなくて、先生の約束だっただろう?」

「うん、そうだった」


 くすぐったそうな顔で、百叡はパパを見上げた。しかし、他の子供たちはそれどころではなかった。さっきまでのみんなの話を全部まとめると、


「それじゃあ、月先生と張飛先生、結婚してるの?」


 歴史の先生と体育の先生。どっちも奥さんがいて、子供もいるパパ。


「男の人と男の人だよね?」


 不思議そうに子供に聞き返されたが、張飛先生は生徒と目線を合わせるため、廊下にかがみ込んだ。


「そうだ。法律にはいけないってなかっただろう?」


 ここでも学校教育は行き届いていて、小学校一年生でも知っている法律はただひとつ。みんな仲良く――


「うん、そうだね」

「確かにそうだ」


 子供たちは口々に納得の声を上げた。そうして、一人の子が何かに気づいて、大声を上げた。


「あ! だから、張飛先生、新任でこの学校に来たんだね」

「そうだ。結婚したから、引っ越してきたんだ」

「それで、百叡くんのパパなの?」


 先生――パパが来てくれたお陰で、話がみんなに伝わって、百叡はとびきりの笑顔になった。


「そうだよ!」


 かかとでトントンとリズムを取る。ピアニストのパパが教えてくれたワルツで。


「百叡くんち、パパ何人いるの?」

「十人!」


 百叡の顔の前に、小さな両手は大きく開かれて出された。パパの名前を覚えないと、誰を呼んでいるのかわからなくなってしまうから、百叡はパパたちの名前を覚えたのだ。


 廊下の窓から入り込む秋風が生徒たちと先生を包み、幸せ色に染める。


「すごーい! いっぱいだ」

「うん、とても幸せだよ」


 かかとのトントンはまだ続いていて、百叡は毎日眠る前に、おやすみを言うパパたちの顔を思い浮かべる。


「今度、百叡くんちに遊びに行っていい?」


 興味津々で身を乗り出してきた生徒に、体育教師は指導する。


「仕事で、パパは全員そろっていないかも知れないぞ」


 パパの職業は様々で、仕事のスタンスも違う。昼間では余計いないものだ。


 しかし、パパが十人もいる友達はそうそういない。百叡のまわりには自然と友達が集まってきた。


「それなら、写真とか見た〜い!」

「ママは?」

「ママは十一人いる!」


 百叡は家のリビングルームで、パパたちと仲良く話しているママたちを思い浮かべた。


「すご〜い! 全員で二十一人だ! 大家族!」

「やっぱり遊びにいこう!」


 百叡の家にたくさんの生徒が押し寄せそうな予感を漂わせたまま、放課後のチャイムが鳴り始めた。


 教師の仕事を終えた張飛は、やんちゃな好青年に雰囲気が一気に変わって「テヘッ!」と笑い、口調がプライベートモードに切り替えになる。


「そうっす。うちは夫婦やカップルやらが次々に結婚して、大きくなったっす!」

「パパ、幸せだね!」


 張飛の手を百叡は握り、天色の優しい瞳を見上げた。パパは金の髪を照れた感じでかき上げる。


「幸せっす!」


 お家モードの話し方が、透き通る秋空に抜けてゆくと、それとは正反対に、地をはうような、地獄へと突き落とすような低い男の声が響いた。


「おや〜? 校内ではパパは禁止です〜」

「月パパ!」


 百叡が振り返ると、歴史教師をしているパパだった。男性教諭ふたりを捕まえて、生徒たちは携帯電話を手に持ちながら、大盛り上がりを見せる。


「ヒューヒュー! 新婚先生!」

「親子で写真撮ります! はい、並んで!」


 シャッターが切られる前に、待ったの声がかかった。


「僕たちも入れてよ〜」

「私たちも入れて〜」

 

 それぞれの教室から出てきた兄弟たちが走り寄ってきて、百叡は目を輝かせた。


「みんな!」


 生徒たちがカメラを構える前で、月先生のヴァイオレットの瞳はまぶたから解放された。


「呼びましょうか〜?」

「いいっすね」


 張飛先生は体育会系全開で、携帯電話をポケットから出して、一斉送信でメールを送った。


 歴史教諭はこのあと起こることに、警告を発する。


「みなさ〜ん! どなたが現れても、きちんと距離をたもってくださいね〜」

「誰か来るの?」


 その時だった、すらっとした長身の男が立ったのは。銀のサラサラの髪と鋭利なスミレ色の瞳。天使のように可愛らしい顔なのに、超不機嫌で台無しになっている人は、


「何だ?」


 奥行きがあり少し低めの声で、張飛に聞き返したが、彼が答える前に、生徒たちが反応した。


「あぁっ! ディーバさんだっ!」

「約束ですよ〜」


 歴史教師に再度注意されると、子供たちは目をキラキラ輝かせるだけになった。百叡はニコニコの笑みで、右に左に体を揺らす。


 蓮パパと倫礼りんれいママ。最初の家族で、兄弟は四人だった。


「何かあったのですか?」


 逆三角形を描く綺麗なシルエットの男が現れた。優雅で独特の響きのある声が問いかけると、百叡は思わず走り寄った。


「光パパ!」


 二メートル近くもある背の高いパパの腕の中にすっぽり収まって、百叡は抱き抱えられた。


「おや? 龍先生のところではなかったのですか?」


 龍に乗って、家の門まで我が子は帰ってくると思っていたのに、逆に学校へ呼び出されたパパは、百叡の頭を優しくなでた。


「みんなが写真撮ってくれるって」

「そうですか」


 陽だまりみたいに微笑む、冷静な水色の瞳。紺の肩よりも長い髪。百叡がパパにずっとなって欲しかった、ピアノの先生。彼女の名前は知礼しるれ。そうして、蓮パパの好きだった光先生。


「どうした?」


 地鳴りのような低い声が響き渡った。全員が振り返ると、小学校の廊下に、袴姿のさすらいのさむらいみたいな男が立っていた。


 深緑色の短髪とはしばみ色の無感情な瞳。夕霧命ゆうぎりのみことパパ。奥さんは覚師かくし。光パパの従兄弟で、光パパが大好きだった武道家。子供が四人いたから、兄弟は合わせて、八人。


「何? 急に呼んで」


 蓮と同じようにすらっとした体躯で、ナンパするような軽薄な言葉がにわかに聞こえた。生徒たちはまた目を輝かせる。


「焉貴先生だ!」

「先生だ! 先生!」


 山吹色のボブ髪は器用さが目立つ手でかき上げられ、宝石みたいに異様な輝きを持つ黄緑色の瞳は生徒たちを見渡した。


「久しぶり。元気してた?」


 蓮パパの友達で、蓮パパが大好きだった焉貴先生。奥さん莎理ざんりと子供がいて、兄弟は十一人になった。


 蓮パパは他にも好きな人がいて、それが歴史の先生、月命るなすのみこと。先生にも奥さんがいて楽主らくす。子供もいて、兄弟は十六人になった。


「張飛、な〜に〜?」


 間延びした男の声が秋なのに、春風を吹かせるように舞った。着物のように見える白いモード系ファッションの異様に背丈の高い男を見つけて、上級生たちが驚いた。


「あぁっ! 孔明大先生だ!」


 ある日、焉貴パパがガッカリして家に帰ってきた。十年以上も結婚しなかった友達が結婚することになったからだ。その男の人を好きだったらしい。


 そうして、子供の百叡にはどうなったのかはよくわからないが、塾の先生をやっている孔明とその彼女、紅朱凛あしゅりゃんが自分たち家族と結婚した。


「何呼んでんだよ? てめぇが帰ってこいや。放課後になってんだからよ。センコー終わってんだろ?」


 喧嘩っ早そうな男の声が響くと同時に、月先生がおどけた顔をした。


「おや〜? メールを送ったのは僕ではありませんよ」

「てめぇが呼ばせたんだろ?」

「おや、バレてしまいましたか〜」


 いつものやり取りをしている、パパふたりを見て、百叡は光パパの腕の中で心躍る。


「みんなが写真撮ってくれるって」

「そうか」


 しぶく微笑んだ明引呼パパを好きだったのが、歴史の先生、月命だった。ふたりとも奥さんがいて子供もいたから、兄弟はこれで二十一人となった。ちなみに明引呼パパの奥さんは、皇閃すめひら


「今日はお迎えの日ではなかったと思うんですが……」


 羽のような柔らかな声が心配そうに言うと、緑のマントと山吹色のリボン、そうして、レイピアの制服が現れた。子供たちが目を輝かせる。


「聖輝隊の人だ!」


 ピンクの優しさが満ち溢れた瞳を子供たちに向けたのは、貴増参。明引呼が好きになった人だ。奥さん花梨輪かりわんと子供がいて、兄弟はこれで二十九人になった。


「急いで学校に来いってメールがあったんだが、何かあったのか?」


 はつらつとした鼻声が不意に秋風ににじんだ。子供たちが振り返ると、


「躾隊の人だ!」


 紫色のマントとターコイズブルーのリボン。白の上下にレイピアのシルバー色。貴増参パパが大好きだった独健パパ。奥さん陽和師ひおしと子供がいて、兄弟は三十五人になった。


「親子で写真撮りたいって、生徒に頼まれたっす!」


 軽快に言ってきた張飛。孔明パパが昔から好きでいたパパ。奥さんりあんと子供がいて、別の宇宙からやって来た。これで、兄弟はまた増えて、三十八人になった。


 ようやく、百叡の兄弟とパパたち十人が集まって、写真撮影が始まりそうだったが、粋な女の声がかけられた。


「何してんだい?」


 全員が振り返ると、覚師ママを筆頭に、教師をしている百叡のママたちだった。独健パパが不思議そうな顔をする。


「何でここに来たんだ?」

「何寝ぼけたこと言ってんだい? メール一斉送信したら、妻のあたしたちにも届くじゃないか」


 そう言って、ママたちも写真撮影に並ぼうとする横で、月命が含み笑いをした。


「うふふふっ。最初から、僕は全員呼んだんです〜。しかし……」


 ヴァイオレットの瞳は空を黄昏気味に見上げた。百叡は光パパの腕の中で、ニッコリ微笑む。


 その後、兄弟が新しく生まれて、今は全員で九十人。おじいちゃんちの隣に百叡の家は建っている。パパたちは婿養子っていうらしい。


 そうして最後に、地球という場所で、人間をしているもう一人のママ、颯茄りょうか。今はこの世界の写真には写れないけど、いつか一緒に写真を撮りたい。


 それが百叡の願いのひとつ。


 明智分家の、これからも続く幸せの日々を一瞬だけ切り取った、写メのフラッシュがかれた。バイセクシャルの複数婚という、百叡にとってはノーマルの家族に向かって。



 おしまい

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