オッドアイの悪魔

雨宮翔

第1話 邂逅 -1

ラルフは困り果てていた。

いつもの様に小物の悪魔に追われているうちに、右も左も分からない森に迷い込んでしまったのだ。

鬱蒼とした森は深い霧がかかっていて何だか気味が悪い。

背後からは


「美味そうだ。美味そうな人間だ」


という小物の悪魔の声が木霊している。

小さな頃からラルフはいつも悪魔達に命を狙われていた。

ラルフの命を狙って来るのは小物の悪魔が多く、彼らは他の人間には目もくれず、ラルフの姿を見るなり「美味そうだ」と言って追いかけてくるのだ。

しかも通常の悪魔は普通の人間の目には見えず、驚いて突然走り出すラルフの姿をいつも奇怪な目で見るのだった。

お陰でラルフはいつも一人だった。

悪魔が追いかけてくると両親や周りの大人たちに訴えると、教会に連れていかれて、お祈りと共に聖水を頭から振りかけてくれたが、それらはあまり効果が無いようだった。

大人が駄目なら自分で追い払おうと色々な文献を漁って研究もしてみたが、上手く追い払たためしがなかった。

彼らは一体何故自分ばかりを狙って来るのか、訳が分からないまま、今日もラルフは逃げ続けていた。

すると不意に大きな古木が目の前に立ちふさがり、ラルフは立ち止まらずを得なくなってしまった。

古木は樹齢千年は経っているであろうと思われる立派な物だった。

ラルフが古木を見上げていると、先ほどの悪魔が追い付いてきた。


「追いついたぞ、非力な人間よ」


ラルフは驚いて振り返った。

しまったと心の中で思ったがもう後の祭りだった。


「ああ、美味そうだ。美味そうだ」


この悪魔はさっきからずっと同じ言葉を繰り返していた。


「一体何が美味そうなんだ?」


ラルフは時間稼ぎになればと悪魔に聞いてみた。

すると悪魔は舌なめずりをしながらこう答える・


「オッドアイ持ちの人間の魂はこの上なく美味だと、悪魔の間では有名だ。しかもその魂を食べた者は膨大な魔力を得ると噂されている。膨大な魔力を得ればこの俺も悪魔のテリトリー争いにも勝てる様になるかもしれない」


テリトリー争い。

悪魔の世界に色々あるらしい。

それにしてもオッドアイの人間が悪魔の中でそんな価値が在るものだとは知らなかった

確かにラルフは左目は茶色だったが右目は金色のオッドアイだった。

人間の中でもオッドアイは希少な存在だが、魔を引き寄せるとして忌避されていた。

それは本当の事だった様だ。


「時間稼ぎの質問は終わりか少年よ。ならば大人しくこの俺の餌になるがいい」


悪魔はラルフの体を丸呑みしようと、その大きな口をカパッと開けた。

もう駄目だ。

そうラルフが覚悟した時、彼がいつも身に着けていた十字架が雲間から覗いた太陽の光を受けて突然光り出した。

その眩さに悪魔が一瞬怯む。

その隙を見て悪魔の横顔に一発拳を食らわせると、ラルフはまた走り出した。


「痛い、痛い」


と背後から悪魔のうめき声が聞こえた。

ラルフは森を奥へ奥へと走っていると前方に大きくて古いお屋敷が見えた。

どう見ても人が住んでいるとは思えないお屋敷だったが、一先ずそこに身を隠すことにした。

お屋敷の中は森の中より一段と不気味だった。

明かりがなく薄暗いのはもとより、壁一面に飛び散った血痕のような物が気になった。

ここで昔何か凄惨な事件でもあったんだろうか。

そう考えてラルフは身震いをひとつした。

やはりこの様に気意味の悪い場所からはさっさと出て行った方がいいのだろうか。

しかし、屋敷の外からは


「許さんぞ、人間め。絶対に許さん。」


という悪魔の恐ろし気な声が聞こえている。

今は幽霊より悪魔に食べられてしまう方が怖い。

ラルフは意を決して屋敷の奥へと進んで行った。

すると、二階に上がる大きな階段の下埃に塗れた小さな扉を見つけた。



ドアノブを回すと錆びた音と共に扉がゆっくりと開いていく。

扉の中には地下へと続く、石造りの階段があった。

地下に降りればそう簡単には見つからないかもしれない。

見つからなければ悪魔も諦めて帰るだろう。

ラルフはそう考えて、地下に身を潜める事に決めた。

カツーンカツーンと音を響かせて地下に降りるとそこは墓場の様であった。

ただ棺は一つもなく在るのは幾つかの十字架と祭壇。

そして何より目を引いたのは、祭壇の前にそびえたつ人ひとりが入れそうなほどの大きな翡翠色のクリスタルだった。

よく目を凝らして見てみると確かに誰かがクリスタルの中で眠っているようだ。

眠って居るのは黒髪の青年で、その姿を見る限りでは人間なのか悪魔なのか見わけがつかなかった。

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