7:欠けようとも、失おうとも

 自力脱出を封じられた怪我人の救助にあたりながら、グローリー・トパーズこと湊・桐華は安堵と不安に、息を溢す。

 土手より飛び出し現れたのは、紛れもなく頼りになる援軍だ。

 なにせ、

「トゥインクル・スピカ……緊急事態だものね」

 伝説と謳われた、海すら凍てつかせる魔法少女なのだから。

 経年によって魔法の力は衰えているものの、そこはジェントル・ササキが有する『処女の心拍を上昇させる』ことで補おうというのだろう。

 ライバルである悪の魔法少女を名乗るなどという『些事』は、この際置いておこう。置いておけば、どさくさで『MEGU』を名乗れるかもしれないから。

 けれども、

「とはいえ、ペットボトルを凍らせるので精一杯という話だったけど……」

 魔法少女の力は、酷薄だ。

 個人差があるとはいえ『キラキラ』や『ドキドキ』が衰えると、途端に劣化してしまう。

 だから、この灼熱に彼女が抗することは難しいと思うのだけれども。

 だが、伝説に昇りつめたヒロインが、それしきを持ち合わせずに現場に赴くとも考えにくく。

「どうする気かしら」

 興味はつきず、まずは己の責務を果たすべく手を動かしていく。


      ※


「それで静ヶは」

 逆のこめかみを殴打され、スパンコールが舞い散る。

「MEGU……さん、ここからどうします」

「残念ですが、今の私では鎮火できるほどの力はありません」

 なので、と『アイドルを名乗る不審者』がロードマップを広げた。

「サイネリア・ファニーのおかげで、河川敷まで消防車の経路が確保されました。その到着まで、火の勢いを落とすことが目的となりますね」

 なるほど、現実的である。

「しかしトウィン」

 スパンコール三たび。

「MEGUさんの『ギフト』では、威力を消そうにも出力が足りますか?」

「懸念はごもっとも。ですが秘策があります」

 無表情を『勝ち誇る無表情』にして、魔法使いの手を取るのだった。


      ※


 消防隊員たちは遊歩道からの突入を試みるも、火力の圧倒差に押し負けていた。

「どうします! 放水しても、河川敷までは届きませんよ!」

「ここらの消火をしても、大元を断たなきゃそれこそ焼石に水だ」

 日々の訓練に鍛えられた屈強な青年たちは、誰もが打開策を求めて視線を頭脳を巡らせる。

 されど、最適手を見いだせず、汗をこぼして歯を噛む。

 と、その焼かれる頬に、そよ風が快く撫ぜくすぐった。

 吹く冷気に、炎もその為りを縮めていく。

「……なんだ? なにが起きている?」

「この冷気、昔どこかで……」

「見ろ! 河川敷の真ん中だ!」

 弱まった火の向こうに、隊員たちは『彼ら』の姿を見つける。

 ジェントル・ササキと『十四歳アイドル』を騙るトゥインクル・スピカだ。

 男が女を背中から抱きしめ、なかば抱え上げている元魔法少女は『ご満悦な無表情』で、両手を広げ冷気を吐き出していた。

 誰も疑問する。

 トゥインクル・スピカは、経年によってその能力を劣化させたのではなかったのか、と。

 最盛期には叶わずとも、これほどの広範性と出力を持ち得るのであれば、下手な現役よりも十分に強力だろう、と。

 引退した魔法少女という事実を思えば、この冷気は『まっとう』なものではない。

 でな、なにが。

 目を凝らし、そして氷解する。

「ジェントル・ササキ……お前……!」

「そこまでするか……そこまでできるのか……!」

「俺、あいつのこと誤解してたよ……」

 魔法少女の体を支える魔法使いの両の手が、その『未開の荒野』に添え覆われているのだった。


      ※


 魔法少女の力は『ドキドキ』と『キラキラ』によって彩られている。

 経年による能力低下は、これら感情の摩滅にするところが大きいのだ。

 静ヶ原・澪利もまた、かつての強大な魔法の力は社会に擦りきられた心によって劣化が著しい。特に無口クールがコミュ障に『クラスチェンジ』した辺りから。

 であれば、である。

「取り戻すこともできるはずです」

 誰一人として汚すことのなかった『東西の銀嶺』を抑えられることで、心拍数を急増させれば『ドキドキ』は手に入る。『キラキラ』は知りません。

 なんなら『山頂制覇』されたなら、往年の力も取り戻せるやも。

「MEGUさん」

 おっと、集中しなければ。

「なんでしょうか、ササキさん。ではなくダーリン」

 ギフトの出力は順調だ。遊歩道に乗り付けた消防車も、間もなく突入できるだろう。

 頬と髪を洗う熱風も、焼くほどではなく炙る程度に。

 順調である。なので、抱きかかえ支える彼の言葉に耳を傾ける余裕もある。

「良いんですか? 俺なんかが、その……」

「なるほど、愚問ですね」


      ※


 そう、笑ってしまう問いだ。

「よく聞いてください。今、私が振るうギフトの威力は『あなただから』です」

 幾つもの死地へ立ち向かい、潜り抜け、背後にある何もかもを救わんと吠え猛ってきたあなただから。

 困難を打ち破るに、自らの血肉を差し出してなお微笑み続けたあなただからこそ。

「他の誰でもなく『あなただから』ここまで胸を高鳴らせることができるのです」

 無表情に無感情に、けれど『ドキドキ』を大きくしながら、想いを伝える。

 彼の手は、こちらの胸の上。きっと、早まっている鼓動が伝わっていると思うと、気恥ずかしく、さらに『ドキドキ』が高まって。

 彼は、声に安堵を込める。

「ありがとう」

 ええ、その言葉で充分ですよ。

 と、彼の声はすまなそうな色になり、

「そこまで覚悟をしてくれているなら、姿勢の悪さが申し訳ないね」

 どういう意味か『MEGU※ただしトゥインクル・スピカ』は意味を汲みかねたが、すぐさま「なるほど」と納得。

 きっと『角度』の話だろう。両脇を抱えるように持ち上げているため『山麓』にかかるのは指先ばかり。もう少し深入りして『十号目』に至ったなら出力も爆上げ……おっと涎が。

 彼は、やはりすまなそうに続ける。

「『前後逆』でも良かった。まさか『背中』でここまでの力が出せるだなんて」


      ※


「うわあああ! 冷気の出力が落ちたぞ! 下がれ下がれ!」


      ※


 怪我人を救急隊員に任せた現エースは、状況の上がり下がりを見つめながら、

「ね? あの人を狙っている人間は、案外多いのよ?」

 呆れたように、けれど満足そうに、腕を組んで口元を笑みに。

 炎に焦げてしまった制服をしかし欠片も惜しむ様子は見せず、救急隊員に介護されるサイネリア・ファニーに煤けた肩をすくめてみせる。

 一度落ち込んだ冷気が、徐々に回復する様子を見るに『そろそろMEGUを名乗る』べきか思案しながら、状況が解決に上向いていることを確かめて、肩を下ろした。

 ところで、と落ち着いたところで疑問が沸き立つ。

「彼女がここに居て、どうして組合長は止めなかったのかしら」


      ※


 本所支部の代表たる大瀑叉・龍号は一人、組合の指令室で目を覚ました。

 おや、と疑問し、ああ、と納得。

 ジェントル・ササキが『未成年略取』をライブ中継で叫んだために『レフリーストップ』が働いたのだった。

 となれば、現状を求めるのは管理職の本能である。

「静ヶ原くん……静ヶ原くん?」

 頼れるオペレーターの名を呼ぶが答えはない。

 疑問符を、冷たく不穏な静寂に疑問符を浮かべ、一際賑やかなモニターに目を。

 移されるのは放水の始まった河川敷の真ん中の光景で、

『見てください! いま、ジェントル・ササキに『MEGUと名乗るトゥインクル・スピカ』が『まさぐられ』ています! なんということでしょう! 恐怖のあまり、ワンカップを次々に空にしています! ああ! 次はジェントル・ササキがその手でワンカップを小さな口に無理矢理注いで……! なにをする気でしょうか、想像するだに怖気立ちます……!』

 同時、事務所中の電話という電話が『お気持ち表明』のために絶叫の輪唱を始めたため、

「ああ……夢だな……悪い夢だ……」

 フロアタイルに崩れ落ち直して、まぶたを『本日閉店』するのだった。

 余談だが、その日の夜、繁華街のホテル街で『見るだけ、内装を見るだけですから。一回、ちょっとだけ』と攻防を繰り広げる『魔法使い』と『組合事務員』の目撃報告が届けられた。

 さらに余談だが、翌日に完全回復したサイネリア・ファニーこと綾冶・文によって事務員と魔法使いはそろって『正座説教』を拝領することに。

 加えて余談だが、最終的には有識者連合によって魔法使いが所持する『まじかる☆ステッキ』の未使用が確認されたのだった。


  第一章 了

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