2:宵に今日が暮れて、酔いに明日を重ねて

 祭りの賑やかしさを侵さんと邪まな拳を振り上げた、秘密結社テイルケイプの企みは見事に潰えた。

 人々は平穏で熱のこもる、非日常を謳歌していく。

 リハーサルとはいえ、人が集まり、音が鳴り、鼻孔をくすぐる芳ばしい香りに満ち満ちれば、心は知らずとも躍り跳ねるものだ。

 そんな群衆の流れを、頬杖をついて睨み眺める瞳が一つ。

「話が違うッスよ、新指さん」

 彼女は、憮然とした頬でプラカップのビールを煽る。明るい茶髪とTシャツに押し込めた胸元を、これでもかと揺らして。

「ガタガタ言うなよ、公安の。その仕事が終わったから、日が出ているうちからビールにありつけているんだろ」

 屋台の用意した丸テーブルで酒宴を始める『大枠で』同僚となる彼女に、新指・志鶴あらさし・しずるはおかわりの安っぽい杯を手渡してやる。

 本所中央警察署の刑事となる志鶴は、警備状況の確認として現場に引きずり出されていた。なにせ人手が足りないために、部署違いである業務に呼び出された次第だ。

「万城さん。話が違う、とはどういうことです?」

「テイルケイプの幹部代行だったんじゃないんですか?」

 丸テーブルには、それぞれジェントル・ササキこと佐々木・彰示ささき・しょうじと、サイネリア・ファニーこと綾冶・文あやや・あやも。

 それぞれ、万城・美岳まんじょう・みたけの愚痴じみた言い分に首を傾げていた。

 二人の疑問も、美岳の愚痴も理解できる志鶴が、困ったように笑いを見せる。

「毎年、警備の確認も兼ねてテイルケイプに要請を出していてな。けど、今年はタイミングが悪くて、幹部が全員NGでよ」

「だから、内偵で所属経験のある美岳さんに?」

 万城・美岳は派手で軽薄は外見に似合わず、公安警察という堅苦しく秘密めいた肩書を持つ。故あって、かつてテイルケイプに内偵として潜り込んだ経験があり、その評価とツテを以て抜擢となったのだ。

「テラコッタ・レディに、支給制服で現場に行けばあとは本所署の警察がどうにかするって言われたんスよ、私? それがどうして『本所の双璧』の相手なんか……!」

「美岳さん、待ってください。双璧って、え? 私、やっぱりササキさんと『同カテゴリー』に入っていません? ちょっと、あの、そんなお酒飲んでないで、ねえ? 答えてくれませんか?」

「そんなに『ぶるんぶるん』させて、自覚無いんスか……ほら、お隣の佐々木さんの様を見てごらんッス」

 言われ、志鶴も目をやれば、机に突っ伏すように腰を引かせるスーツ姿が。

「はは、危険度合なら、佐々木以上だな」

「そんな、新指さんまで……! 違いますよ、ね⁉ 佐々木さん! なんとか言ってあげてください!」

「ああ、そうだ。二人には訂正を要求しなきゃいけない」

 鋭い造形の、まあイケメンと評価して差し支えない面持ちを持ち上げる。

 味方の登場に安堵し信頼を見せる女子高生だが、今アンタ『ヤベーのはお前だけだからこいつらに言って聞かせろ』と依頼したわけで、幼子が親へ向けるような微笑を浮かべるのはどうかと思うんだけども。

 己の脳と世間の常識を秤にかけて、結論は『まあ双璧だわな』だ。

 しかし、そんな着地地点を否定せんと、男は首を振る。

「綾冶さんは立派な子だよ。見るんだ」

 指さすのは、傾きかかっているテーブルの上。

 ビールが満ちるプラカップにいくつかの肴が上がるだけで、さした重量物などない。ではどうして少女の方に向かって斜めになっているのだろうか。

 正体を追いかけるとテーブルに並べられた『男の視線を吸い込む脂肪性ブラックホール』が、その超重力でもって『オン・ザ・テーブル』しており、

「どうだろうか。綾冶さんは一人で『双璧』足るのではないだろうか」

「佐々木さん! なんの話ですか⁉ 身体的特徴をあげつらうのはダメです!」

 ヤベー奴が『ヤベーかどうかは置いておいて、あ、やっぱりヤベーって話だわ』と刃を切り返してきた。

 思わず笑い声を漏らしてしまいながら、志鶴は安堵する。

 気が弱い魔法少女の彼女は、破天荒な彼と、思った以上に円滑で綿密な関係を積み重ねることができているのだな、と。


      ※


 新指・志鶴はかつて『魔法少女イーグル・バレット』を名乗り、街を人々を平和を守る青春を送っていた。

 そして、最後は相棒たる魔法使いとの関係破綻で幕を閉じている。

 何事もなく隣に『彼』がいてくれた日常が、少しずつ当たり前になっていき。

 当たり前に甘んじて胸に蓋をして想いを溢さぬようにして。

 溢さぬとも、分かっていてくれると甘えてしまって。

 大切だった『いつもの通り』を見失った、愚かしい末路だ。

 今でこそ和解は済ませたが、そこへ至るに五年以上の年月を重ねている。

 だから、目の前の二人が順調に関係を築く様子は、喜ばしく微笑ましい。

「一人で『双璧』なら二人で『四天王』も可能ではないでしょうか」

「やめるッス! 文っち、それはダメージコントロールになってないっスよ!」

 ちょっと見ない間に、どんどん逞しくなっていくのは、相棒のおかげなのか仕業なのか判然とはしないが。

 跳ね踊る『壁』がテーブルを揺らせば、空いたコップが倒れ転がる。持ち主の公安職員におかわりを注ぎ足してやれば、泡たつ金色に、彼女は少し困惑を浮かべた。

「さすがに、腹が膨れちゃうッスよ?」

「泊まりだろ。ゆっくりして行きゃあいいじゃんか」

「明日には隣県っスからねぇ、そうもいかんッスよ」

「ええ? お仕事で?」

 高校生の問いに、そうなんスよ、と仰け反って夕暮れに乾杯を掲げるほどの嘆きを見せる。

 公安が仕事と言うからには、潜在的な公的危険への対応だ。

 鑑みて、彼女の活動を振り返れば、

「秘密結社絡みですか?」

 魔法使いが察する通りなのだろう。


      ※


「まあ、前からちょいちょいあった話なんスけどね」

 万城・美岳が、表沙汰に出来る範囲を選んで語るところによると、大都市における秘密結社の在り方が発端となるとか。

 彼らの活動が経済活動の一種である以上、キャパシティは都市規模に追随する。十全な需要を満たすために、規模は大きく、数は多くなるのは当然の理屈だ。

「そうなるとどうしたって、全ての組織が規模に見合うパイにありつけるわけもなく『シェア争奪』とか言う『縄張り争い』が起きるわけっス」

「テイルケイプや顎田の秘密結社は人手不足で喘いでいるのに、贅沢な状況ですね」

「ま、一般的な人口推移と一緒っスよ。カネもモノも都会に集まるから、ヒトも然りって具合でね」

 なるほど、そんなものか、と現役からは足を洗った現女刑事は腕を組んで耳を寄せる。

「ですけど、それって都会のお話ですよね?」

 自分も疑問としていた穴を、首をかしげる文が埋めてくれた。

 今の話が、公安が隣県に赴く説明に繋がらないのだ。遠慮を込めて表現しても、当県も隣県も『弩』がつく田舎なのだから。

 どうなのか、と美岳に目を向けると、ビールを一口煽って応える。

「相争って、じゃあ負けた組織はそのまま消滅とはならないッスよね。企業と一緒で、次の商材でパイの奪還を狙うか、そもそも『違う』パイを臨むか」

 なるほど。

「じゃあ、都会から押し出された秘密結社が地方に進出してくるってことかよ」

「押し出される、ってことはテイルケイプみたいな『官製』じゃない。当然、お行儀が『悪い』可能性が大、か」

「……鋭いッスね、佐々木さん。ほんとに今年に魔法使いになったばっかスか?」

「ああ『夜は未出場』のまま三十歳になったばかりだよ」

 言い方よ。まあ、こっちも文も『未出馬』だけでも。

「まあ、かねてよりそんな感じで地方進出ってのはあったんスけども」

 夏の気温に、手のひらの熱に、温くなってキレの落ちたビールを飲み干せば、

「最近、大規模な衝突もないのに同じ動きが発生しているんスよ」


      ※


「一種の経済活動である以上、ただの事業拡大と見なす向きもあるんスけど」

 警戒しないわけにも背景を野放しにしてもおけないのが職業柄なのだ、と空いたコップを揺らして見せる。

 軽薄な笑みを口の端に浮かべて、自嘲のような、疲労に揺蕩うような、昏い笑みで。

「ほんと、本所市は癒しなんスよ。テイルケイプしかいなくて、贅沢を言うなら『本所の双璧』さえいなければ」

 気を張らず、神経をすり減らすこともない。

 だから、身を安い椅子に委ねて、アルコールに沈むことを素直に良しとできるのだ。

 微妙な言葉選びであるが、美岳にとっての十分な賛辞の言葉は、

「美岳さん、訂正してくれ」

 しかし、彰示が鋭く視線を射かける。

 手を止め、しかし口元はそのままで受け止めれば、抗議を口に。

 強く、断つような、訴えを。

「綾冶さんを悪く言うのなら、俺は許すことができないぞ」

「佐々木さん? どうして直前に鉄管でこめかみ狙っておいて『自分は関係ない』みたいな物言いが出来るんです? 佐々木さん、ね、どうしてです?」

 結成したての、けれどすでに名コンビと成り果てた二人が、その親和性をこれでもかと見せつけてくる。

 ので、美岳は笑って、地元警察官におかわりを催促しながら、

「訂正しなきゃ、ッスねえ」

「あん?」

「敵じゃなきゃ『双璧』も十分に癒されるッス」

 祭りの熱に揺れる夕暮れの風に、酔いの口に火照る頬を洗い晒すのだった。

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