7:皆の舞台と自分の舞台を見比べて
煌びやかな衣装を翻す魔法少女たちを見つめながら、文は口を動かす。
「あの子たち、きっと中学生くらいですよね」
それで、こんな大きな舞台を経験している。
自分に近しい人物であればグローリー・トパーズも同年代であり、彼女はさらに全国区でこれ以上の『舞台』を体験しているのだ。
振り返って、自分はどうか。
「もう間もなくで引退で、だけど先に進みたくなっちゃって……そうなると圧倒的に経験値が足りないんだな、って思い知らされちゃいまして……」
進学という進路を曲げたとしても『魔法』には減退がある。そう遠くないうちに現役を退くことに変わりなく、いずれ前へ進む足は止まってしまうのだ。
悔しいというわけでも、悲しいというわけでもなく、ただ漫然とした不安。
限度が来た時に、彼と自分はどんな風になっているだろか、と。
より良い着地点のために、なにより少しでも一緒に居たくて、先へ先へと足を伸ばすのが今なのだ。
「確かに、文さんはこれまで本所市外への活動にはほとんど参加していませんね」
「もし積極的にいろいろ体験できていたら、ササキさんともっと遠くまで行けたのかな、なんて考えちゃうんですよね……」
※
きっと、後悔が育ちつつあるのだ。
このまま彼女の望む地点まで辿り着けなければ、間違いなく芽吹く昏い花弁。
難しい話だ、と澪利は手元のグラスに目を落とす。
彼女、サイネリア・ファニーは平均的な魔法少女に比べ、デビューが遅かった。
加えて能力に不足があり、それが起因となって相棒に恵まれなかったのも足が鈍くなった遠因である。
生来の内向性もあれど、大きくはこの二つ。
だけど、先達として言えることは唯一である。
「もし彼と『遠く』へ行きたいと願うのでしたら、甘い考えは捨てるべきです」
「そう……ですよね。ササキさんはともかく、私じゃあ……」
「魔法少女であるうちに、なんて焦りのある考え方は甘えですよ」
「え?」
「引退したあとも、私たちは歩き続けていきます。子供の頃に使えたはずの『不思議な力』を失って」
「え? 静ヶ原さんはまだ……」
「失われます。いいですね?」
今は良い話をしているところなのだから、個人攻撃は悪い事だ。おっと、おくすりおくすり……。
「そんな魔法を失った私たちは、自然と『彼ら』から距離を置かれることになりますよね」
仕事のパートナーなのだから自然なことであり、彼らが『魔法使い性』を守るためにも自然と遠のいてしまう。
けれど、少女が求めるのは、後悔のない地点への到着であり、
「遠くを目指すなら、引退後のことも考えないといけませんよ」
言ってしまえば『強欲』だ。
曖昧な目標地点は、容易く求める範囲を広げてしまうのだから。
「あの……ありがとうございます、静ヶ原さん」
この程度、大人として、似た境遇を歩んだ同輩として当たり前である。
なにより、
「今のは人生の心構えの話です」
「そ、そうですね。静ヶ原さんも……」
「はい。佐々木さんの『初陣』は渡すつもりはありませんよ」
おや、どうしました。齧っていた串焼きを取り落としたりして。
普段はしっかりした子なのに、などと訝しんでいると、巨大モニターの色合いが大きく変わった。
それまでの柔らかでさわやかな辺りの良い告知動画から、黒や赤をベースとした攻撃的なものに。慌ててテーブルを紙ナプキンで拭く文も気が付いたようで、目を向ければ、
『会場にお集まりの諸君! これより、この会場は我々、秘密結社連合が占拠する! ビールを片手に慄いてもらいたい!』
※
青い髪を禍々しく揺らすユキヒコ・インディゴが作戦開始を布告する姿に、
「始まったみたいですね。先ほどの魔法少女たちも散っていきました」
特等席から見上げる静ヶ原が、いつもの無表情で事もなげに状況を告げる。
「ササキさんは大丈夫でしょうか……」
「心配ですか? 大丈夫ですよ。あの人は『予定のあることは予定の通り』きっちり片付ける人なので『あちら側』にいると、相当『お行儀が良い』ですから」
言い切られてしまうと、心配している自分は信頼が足りないようで落ち込んでしまう。
けれども、彼女の言うとおりだし、心配の要素など微塵もないのは確かだ。
組合側に居ると破天荒になるのは、作戦の基本が受け身であり、彼の瞬発力を周囲が許すというか止められないというか、あれ、それって監督責任じゃありません?
これまでの諸々に、自分の非が無いことを悟った文は力強く、
「そうですね! じっくり、動き方とか見させてもらいます! あ、ササキさんが写りましたよ! 魔法少女さんも駆けつけたみたいですね!」
広場からさほど遠くない、イベントのシャワー効果で野次馬が溢れる歩行者用のショッピングストリートに、頼れ、そして学ぶべき相棒の雄姿が映しだされるのだった。
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