2:いろいろとあるけれども上を向いて

 組合に所属する『魔法少女』たちは、それぞれが活動を通して、地域への貢献度に応じて実績を積み重ねている。

 時に、重大な事故からの被害者の救出。

 時に、自然災害によって麻痺してしまった社会インフラの補助。

 時に、地域の催しへのボランティア。

 様々に活動の内容はあるのだが、避けて通れないのが『悪の秘密結社との対峙』である。

「実績を高めるには、どうしたって彼らとぶつかり合う必要があるんだ」

 手を引かれるまま、

「じぇ、ジェントル・ササキがこっちに……!」

「女子供を隠せ! 無理なら、目隠しを用意しろ!」

「固定されていない重量物も隠せ! バス停までは兵装として認識するぞ!」

 自動的に分かれていく人垣を、すいすいと歩いていく。

 ササキの言葉は、組合における基礎的な考え方であり、

「つまり、テイルケイプの活動が減ると、組合の活動も少なくなる、ということですよね」

 被ったポリ袋を縦に振られる。

「君自身も実感しているだろう? この一週間の夜間、彼らの活動が確認されていない」

 それだけでなく、前週から活動はまばらになっており、予定にない休暇すら与えられた始末なのだ。

 だけれども、その一事を以て、自分たちの居場所が無くなってしまうという主張にはどうしても、肯定をすることができなくて、

「けれど、私たちには他にも必要としてくれる人たちがいるじゃないですか」

「もちろんだ。俺自身は、悪の秘密結社と戦うよりも、地域のため人のために活動することの方がやりがいを感じているよ」

 野次馬の皆さん、言いたいことは分かりますけど、その『嘘吐きの顔だぜ』とか『パーフェクトデストロイマシンじゃん』みたいな指さし確認をやめてください。言いたいことはわかりますから。

 酔っ払いたちの主張は置いておいて、だったら、と相棒の主張を否定するために切り出して、

「居場所が完全に無くなるなんて、そんなことはないでしょう?」

「いや、この状況が続くなら間違いなく。組合は組織として瓦解する」

 え、そこまでですか?

「そうだな。考えてごらん」

 なるべく平易に言葉で状況を並べてくれるから耳を傾けると、


〇テイルケイプが活動を減らす。

〇魔法少女の実績が全体で低迷する。

〇組合への補助予算が減らされる。

〇活動が制限、所属組合員の人員整理が始まる。


「突き詰めた話、秘密結社に対抗する建前で、いつ来るかもわからない『外敵』に備えるのが、組合の真実の姿だ」

 マレビト、と名付けられた『異界から来訪者』たちのこと。

 中でも『敵性』と冠付けられたもの等の物理的脅威は、例の『テイルケイプ秘密兵器撃退作戦』でまざまざと見せつけられた。精神的脅威は、ジェントル・ササキが中心となって逆撃をぶち込んでいましたけど、あれ? それって異世界にまで『やべえヤツ』認定ですか、大丈夫じゃなくないですか?

「じゃあ建前が崩れたなら」

「対マレビトの組織としても、機能しなくなる……ですね」

 そう、と肩越しに振り返るポリ袋越しにもわかるほど柔らかい雰囲気を見せるから、ちょっと頬が熱くなってしまう。

「今回の話を受けた理由だよ」

 それに、と加えて、

「組合側は、俺が拒否する可能性をゼロだと考えていたみたいだしね」

 疑問顔の自分に、彼の指が指し示す。

 右へ左へ、無秩序に流れをつくる群衆の向こう。

 夜空とネオンに染まる白マントを翻し、その下に纏う白色のタキシードを纏うにこやかな壮年の姿。

「ウェル・ラース……出張から帰ったばかりの本所支部最強の魔法使いと俺たち、ただのパトロール日にバッティングさせた意味を考えればね」

 最強と呼ばれたおっさんは、こちらを見つけて手を振りながら駆け寄ろうとして、

「ラースさん、マント替えたんです? 端っこ貰っていいですか?」

「ラースさん、財布落としちゃって……お金貸してもらえますか?」

「ラースさん、嫁と喧嘩したんで代わりに謝ってもらえませんか?」

 あっという間に酔っ払いのおっさんたちに取り囲まれ、無遠慮に体を触られ、懐をまさぐられて、アンクルホールドを掛けられても、

「終始にこやかですね」

「愛されているよね」

 それは違うと思います。

「どうして抵抗しないんでしょうかね」

「組合規約に書いていないからじゃないかな」

 それも違うと思いますよ。


      ※


 ウェル・ラース、本名、天崎・努あまさき・つとむを一言で表すのなら『地方都市の伝説』である。

 曰く、かつて現役であった組合長を危機から救い出した。

 曰く、制御喪失したジャンボジェット機を無傷で着地まで導いた。

 曰く、一晩で三つの秘密結社を壊滅まで追い込み、そのうえで復旧させた。

 曰く、特殊なギフトを有しており、国家中枢とのコネクションもあるらしい。

 曰く、実績の大きさから、県を飛び越えて組合本部がマスク未着用を許可した。

 曰く、既婚である。

「やあ、ササキ君にサイネリア・ファニー!」

 そんな伝説の男が、手を挙げて微笑みかけていた。

 四十路を越えていることもあって、目元口元のしわから肌は年相応に見えるが、瞳の光と髪の艶質は驚くほど輝いていた。

 自分も十年後にここまで若々しくいたいものだ、と羨みながら、

「事情は聴いてある。君の代わりに、サイネリア・ファニーと活動すればいいんだろう?」

「助かります」

 年齢、実績、人柄。

 非の打ち所のない先輩に、ポリ袋をかさつかせながら頭を下げると、

「あ、あの、お二人とも……!」

 相棒が、不安そうに声を上げた。

 もちろん、彼女にとってはすぐに受け入れられるものではないだろう。

 もともとが、能力不足から多くの魔法使いに敬遠され傷ついていた子なのだ。自分、ジェントル・ササキとは信頼を築くことができていると信じているが、急に『他の魔法使い』となると戸惑うのも無理はない。

「大丈夫だ、サイネリア・ファニー。見立てでは、そう長い期間じゃない」

「そうだね。寂しいなら、プライベートで会えばいいんだし」

 さすが既婚者。ただの童貞とは発想のスケールが違う。

「そうじゃなくてですね……その……あの……」

 青い顔で明らかに言いよどむ姿は、春に初めて顔を合わせた時と同じで、だからジェントル・ササキは、ああ、と納得し、

「大丈夫、ラースさんも『睾丸は二つ』だよ」

「な、なんの話ですか!」

 おや、残機への誤解ではなかったか。

 そうではなくて、と前置きした少女が、

「ラースさん、その、右足が……!」

 見れば足首より先が『明後日を見つめて地に足が着いていない状態』で、簡単に言うと、

「ああ、さっきのアンクルホールドで捻られちゃってね」

「な、なんで抵抗をしないんです……?」

「それは……」

「おいおい、サイネリア・ファニー。わかり切っているじゃないか」

 そうだね、とラースが微笑んで、

「あれは愛情表現だからね」

「おいおい、サイネリア・ファニー。苦い顔をしてどうしたんだい」

「組合規約にも書いてないしね」

「おいおい、サイネリア・ファニー。下を向いてどうしたんだい」

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