第95話「交易所」

「かの有名な───」



 おぉ!

 オバちゃんイイ感じに説明してくれるのか?


「借金大王のバズゥさんだでよ!」


 ……そっちかい!!


 ……


 って、そっちかい!!


「「「ええええええええ!!!」」」


 …お前らビビり過ぎ!


 ってか、何?

 キナの借金ってそんなに有名なの!?

 ……それが俺の借金になってるとこまで知られてるの!?


「いや、オバちゃんよ…」

 ガクリと項垂うなだれたバズゥを見上げるオバちゃんは呵々大笑かかたいしょうし、

「アハハハハハ! 冗談冗談。ほれ、あの人だよ──」

 豪快に笑い飛ばす彼女は、その昔の美貌は消え失せ…ふくよかな体形を揺らしながら笑う。


 借金大王て…


 いや、さ。いいんだけどね。

 田舎って、すぐ噂広まるし…


「──この人はエリンちゃんの叔父さんさ。お前らは知らんだろうけど、」

 ニッと歯を見せて笑うオバちゃんは後を続ける。

「エリンちゃん……勇者エリン様の叔父、猟師のバズゥだでよ」

 …


 それ一番に言ってくれよぉ…


 ん?


 ……


 お前らは知らない・・・・・・・・ってのは?


「「「うええ!!!」」」


 だから、ビビり過ぎ……───借金の方が、驚き大きかったよね…チミたち?


 ……


 それにしても、キナの奴…

 この村からも借りてたんだなぁ…そりゃ有名になるわな。


 多分、この村にある農業互助組合あたりから借りていたんだろう。

 ポート・ナナンの漁労ほどではないが、緩やかな連帯を組む相互扶助組織として、農業全般の支援のため村の長老たちで運営している代物だ。

 漁労のハバナのように、一家が独占している状態ではないやつなのだが、…別に優しいわけでもない。

 必要に駆られて連帯を組んでいるので、組織としての結束は非常に高いのが特徴だ。


 自治権の管理運営も実質、農業互助組合が担っているとか。

 要するに、この村の上層部ってことになる。


「タダの猟師だ」

 バズゥはムスっとして答える。


 エリンの事で認識してもらうのは悪い気分ではないが…

 手放しに勇者の叔父というだけで持てはやされるのはイマイチ気分が乗らない…

 無条件に勇者並みに強いと思われるのも勘弁願いたい。


 何べんでも言うが…


 俺・は・猟・師・な・の!

 た・だ・の・オッ・サ・ン・な・の!


「あっはっは! 何ねてるんだよ! ほら若いの・・・に挨拶してやんな!」

 バッシバッシと遠慮なしにバズゥの尻を叩く。

 防御力を突破して、ケツにすさまじい衝撃を与えるオバちゃんは…

 うん、かなり強いのかもしれない。


ねてねっつの! んで、オバちゃんよ…なんだこいつらは?」

 ギロっと周囲を取り巻く若い連中を睨み据えると、さっきまで威勢の良かった男達が縮こまる。

「あ、あー…若い衆ね…」

 それを指摘すれば、なぜかオバちゃんもションボリ。

 

 …?

 なんだ?


「そーね。バズゥ…、いい所に来てくれたって言うのかね…」

 渋い顔をしたオバちゃんが思案しつつ、言葉を選んでいる。


 あらまー、

 …いやだ。

 どう見ても厄介ごとに匂いしかしないぞ。


「すまんが、俺も仕事がある。…あとでいいか?」


 …───いつのあとかは知らんがな。

 ここは逃げの一手いってだ。


 もう、いい加減厄介ごとを抱え込むのは御免だ。

 ただでさえ一杯いっぱいだ。

 俺は勇者じゃないからね。

 ただのオッサンだからね。


 ったく、


「そ、そうかい…じゃ、じゃぁ後で寄っとくれよ?」

 チラっと詰所を見遣みやるオバちゃん。

 詰所には、他に人はいないらしい。


 無人のそこは、村の出入りを監視する小屋なのだが…通常なら自警団の長が詰めているはずだ。

 彼がいなくとも、その副長がいるはずなのだが…


 どうにも、人が少ない。


 いや、正確には人の数はそれほど変わりはない。

 むしろ昔の記憶よりも人通りは増えている。…にもかかわらず閑散かんさんとした印象を受けるのは、本来使用される施設に人の気配が感じられないからだ。

 道には人が行きいしているものの、櫓や詰所、その他村の防衛設備には人の姿が異様に少ない。


 …自警団がいないのか?


 いぶかしむ思いを抱えつつも、バズゥは適当に挨拶を済ませると、正門を離れて村の中へと踏み入った。

 周囲を囲んでいた男達も、オバちゃんの一言でバズゥに対する認識を変えたようで、今やヘコヘコとしている。


 ったく、最初からそうしろよ。


 完全に無視を決めて行こうとしたが……

 まぁまぁ待ちなさい、とばかりにオバちゃんにガッチリ捕まる。

 何をされるのかと、戦々恐々としていると──


 ついでだよ、ついで。

 と、ばかりに、

 オバちゃんが一人の自警団員を案内役に付けてくれた。


 知っている村だし、昔は少ない期間過ごしたこともある。

 今さら案内が必要になるはずもないが…

 なかば強引に案内役を付けられた形となった。


 彼はバズゥに一番最初にからんできた自警団の一人。

 村で生産される、王国製の猟銃を担いだ──まだ年若い青年…というかよく見れば少年と言ってもいいほどの子供だった。

 歳は16,7歳か?

 

 彼の役目は、案内だと言うが…

 まぁ、オバちゃんの目的は監視だろう。


 何か用事があるようだったので、その押しつけ…のためと──あとは、狭い村の事、

 この地では、間違いなく強者には違いないバズゥを野放しにはしたくないのだろう。


 …まぁ、

 気持ちは分からなくもないので黙認しよう。


 黙って自警団の彼に連れられて歩く。

 流石さすがに村内で馬は不味いかと思い、今は降りて手綱たづなを曳いている。

 他所よそから来た商人向けの馬用の厩舎もあったが、馬の背には商品を乗せている関係上、交易所まで直接行った方が良い。


 実際、行き交う荷馬車はその方向から行ったり来たりと───


「よぉ…お前ー、随分ずいぶん若そうだが自警団になって何年だ?」

 取引のために塩などの産物を積んだ荷馬車をよけつつ、バズゥは前を行く自警団員に声を掛ける。

「はい? 自分っすか?」

 …

 他に誰がいるんだよ…


 そう突っ込みたいのを我慢して無言で頷くバズゥ。


「いやー…お恥ずかしい話…まだ三月みつきも経ってないです」

 テヘヘと頭を掻く自警団員。


 …おいおい。

 マジで言ってんのか?


「三月って、おま……ファーム・エッジはいつから素人に門を任せるようになった!?」

 正直驚きだ。

 オバちゃんはともかくとして、「すわ、その時!」 となれば最前線になる正門……その戦力が素人だという。


「いつから~っと言いますか…わりと前からですかね?」


 はぁぁあ??


 わりと前と言うのが、どこをして前と言っているのか知らないが…

 バズゥがポート・ナナンを去りエリンを追って戦場に向かった時期を指しているのだろうか?


「なにがあったんだ? もっとこう…ベテランがいた気がするんだが」

 バズゥの言うベテランという言葉を聞いていささかムッとした表情の自警団員は、

「俺はこれでも優秀隊員なんですが…?」

 

 は?


 …どこが!?


 ──と、喉まで声が出そうになる。

 が、鉄の如き自制心でソレを押しとどめる。


「…にしては、少々血の気が多いようだが?」

 一応かる~く釘をさす程度に留めつつも…核心をついた発言のつもりだ。


「そう言われても……不審者は尋問せよというのが自警団の方針ですので…」

 それなりにプライドは高いのだろう。

 バズゥの不躾ぶしつけな質問と、小バカにした空気を敏感に感じ取り、口をとがらせて拗ねた表情を作る自警団員。

 …そう言うのが、血の気が多いというんだが───


 まぁいい。

 どうせ長居するつもりはない。

 入り口は一カ所じゃないしな。上手く言いくるめて別の門から出ればオバちゃんにバレることもないだろう。

 そういえば、向かう先の交易所はオバちゃんが会計管理しているんじゃなかったのか?


 そこが気になり、尋ねると


「あー…まぁなんせ人手不足でして。今は皆が持ち回りで交易所を取り仕切ってますよ」

 バツが悪そうに頭をく自警団員。

 一見して裕福に見えるファーム・エッジだが…色々と問題を抱えて居そうだ。


「まぁ、なんだ…大変そうだな」


 ぶっちゃけどうでもいい話なんだが…

 適当に慰めておく。


 どうせロクでもない事態に違いない。

 巻き込まれるのはゴメンこうむる。


「大変も大変ですよ~」


 …あ、続けるのね。

 言ってしまった一言ひとことに後悔するバズゥ。


 返事を返したバズゥに気を良くしたのか、軽い調子でバズゥに合わせる自警団員。

 ガキのテンションは分からん……

 

「そうか」

 サラっと、会話に付き合うつもりはない───、と匂わせては見たが…

 ダメっぽい。


「王国軍の連中が無茶を言い出しましてね…」


 …うん、


 …


 超聞きたくない。


「覇王…でしたっけ? とやら・・・と戦争をやるので、兵隊を寄越せって言うんですよ」


 む?


 無視しようと思ったが、「覇王」の単語に耳が反応する。


 やはり、体には軍隊の匂いがまだ染みついているのだろう。

 銃後にあってこの始末しまつ…いかんな。


 努めて気にしないようにしつつ、

 テフテフと歩く自警団員の後に付き従うバズゥ。


 ペラペラとおしゃべりに付き合う気はないのだが…

 自治権を持った村が兵隊を出すという話が気にならないと言えば嘘になる。


 「覇王」に「兵隊」というのは…すべてエリンに繋がる話だ。

 どうしても気になり、ついつい口を挟んでしまった。


「兵隊? …『猟師』が戦場で役立つとも思えないが?」


 少し興味が乗ったバズゥが聞いて見る。

 なんせ、猟師のバズゥをして戦場の役立たずだったからな。


「はぁ、まぁ、そうらしいっすね」


 気のない返事の自警団員。

 世間話はともかく、戦争にはご興味がないようで…

 ──俺とは真逆だな。


「え~っと、魔族っていうんですか? 北の大陸にいる連中」


 あー…

 魔族、かぁ───


 ボンヤリと戦場のことを思い出す。

 まさに悪夢のごとき…覇王軍の精兵だ。


 徒党を組んだ連合軍の会敵行動を弾き返す程の精強さ…

 撃ちまくる銃弾をものともせず、強靭なスキルで戦列歩兵を打ち破って見せたという。

 

 人類相手には無類の強さを誇る銃に…弓矢にクロスボウ、飛び道具は───魔族には通用しない。

 奴らの使う障壁には無効だったのだ。


 それが故に、人類は大苦戦。


 結局、

 勇者一人に頼らざる得ないのだが…


「そうだ…恐ろしい連中さ……」

 エリン、大丈夫かな───


 ボーっと戦場に意識を馳せるバズゥを不思議そうに見る自警団員は、

「バズゥさんは、戦場帰りなんスよね? 勇者様と一緒でした?」


 あっけらかんとした様子で訪ねるものだから、バズゥをして返答に困る。

 いくら田舎とは言え、…ここまで事情について知らないものか?


 おりゃ~腐っても最前線で英雄たちと一緒に行動していた、勇者小隊の一員だったんだがね…

 っていうか、あれか……俺が無名過ぎるのだろうか。

 そして、やはり…ここが田舎過ぎると──そういうこと?


「……まぁ、下働きだったがな」


 謙遜でもなんでもなく本当に下働きだ。

 戦場でのバズゥはお荷物で役立たず…エリンにオンブに抱っこ状態だった。


「ふーん…じゃあ王国軍の連中…なにがしたいんですかね?」

 ん?


 意味が分からん。

 『猟師』の扱いはどうなっている?


「この村から『猟師』が借り出されたのはどの程度だ?」

 ファーム・エッジの『猟師』の練度の低下は、何か理由があるようだ。

 加えて自警団の低年齢化…


「詳しくは自分も知らないっすけど…昔からの『猟師』はほとんど王国に借り出されてますよ」


 おいおい…

 ここは自治村だろ?

 その戦力の大半を持っていかれて黙っていたのか?


「よく、農互のうごの爺さんたちが了承したな?」

 農業互助組合の略称こと、農互のうごなわけだが…その重鎮じゅうちんである村の長老たちは、自治権を維持していることを誇りにしていたはずだ。


 その自治権の最たる戦力である、『猟師』を基準とした自警団を王国軍に持っていかれて何も言わない──なんてあるか?


「俺も詳しいことは…ただ、ここ最近なんですよ…ごっそりと人を連れていかれたのは、」


 ふむ…


 この自警団員の話をまとめると、

 数年前の戦争開始からしばらくの頃───

 バズゥの経歴で言うなら、ちょうど──連合軍にバズゥが徴兵がされた頃らしいが、

 なんとまぁ、ファーム・エッジでも兵の供出きょうしゅつの話が来たらしい。


 とはいえ、徴兵ではなく傭兵扱いだという。


 主な配属先はメスタム・ロックの哨所だ。

 王国軍も、主力を覇王軍との戦争に出す以上──国内の兵力低下が深刻になり始めたらしい。

 諸国連合ユニオン各国に比べれば、

 王国は「勇者」を戦力として出している以上、兵力の展開にはいささ猶予ゆうよが与えられていたらしい。

 …らしいのだが、全世界規模の戦争で一国だけ正規軍を出さないわけにもいかず、それなりの兵力を前線に投入───損害をだしていると。


 そのため、

 減耗した部隊の補充を、次々に王国内から前線に送り込むうちに、国内の防衛兵力が漸減ざんげんしていったらしい。


 まぁそれは戦争をしていれば当然なのだが…


 それは左遷地であるメスタム・ロックの哨所や、後方地域のフォート・ラグダも同様で、

 逐次、傷病兵や二線級部隊と入れ替えを行いつつも、正規兵は軒並み前線へ…

 一部の立ち回りの上手い将兵等は居残りに成功していたが、元の配置からすれば半分以下に減少し、国内の防衛戦力が危険なまでに低下した、と。


 だが、国内を空っぽにしていいはずもなく───


 なんたって、

 覇王軍と戦争中とはいえ……………人類皆仲良し! なわけもなく…

 隣国との国境に兵を置く必要もあれば、

 国内の害獣対策も必要。


 とくに、

 メスタム・ロックの哨所は国境線も兼ねており、その守備隊かつ警備部隊である哨所を無人にすることもできない。

 

 だが、戦争の余波は左遷地にまで及び、立ち回りの下手な古参の将兵は無理矢理戦地へと…


 しかし、哨所から戦力として古参兵を引き抜いたはいいが、山中にあるだけに…その勤務には熟練の知識が必要になる。

 そのため、古参兵を欠いてしまうと哨所としての機能がなくなってしまう───

 だが、ベテランの古参兵は喉から手が出るほど欲しい……


 そんなジレンマに陥った王国軍。


 まるで泥沼の様にズブズブと、兵力と物資を飲み込んでいく覇王軍との戦争に、王国軍をしてその不可に耐え切れなくなり始めた。


 乾いたぞうきんを絞るかのように、兵力を絞りつくしても……もはや、新兵以外に兵は無し。

 その新兵すら訓練未了のまま送り出す段階に来ていた。


 その状況を打開するために目を付けたのが、国内各地にある自治都市だ。


 そこには、納税以外の王国への義務はなく。

 潤沢な若者人口に恵まれていた。

 おまけに独自の物とは言え、…訓練を積んだ兵もいる───と。


 しかし、自治権を持つ都市群に強権を発動して兵の供出きょうしゅつを迫れば、軋轢あつれきを生みかねない。


 そのための交渉。


 税か、

 兵か、


 どちらかを選べと───


 ……要するに傭兵のようなものを王国軍は要求したらしい。

 農業や漁業…職人のような糧食や、製品といった国を支える屋台骨以外の人口は軒並み戦争へ!

 ──という方針を打ち出し、身体検査や人物照会に問題のない・・・・・・・・・・ものは根こそぎ徴兵していた。

 生産人口を除くと──自治都市群以外にどこを探しても若者などいない…


 ──所謂いわゆる、これ以上は兵を出せない王国軍の苦肉の策だ。


 実際、どれほど効果はあったのか定かではないが、ファーム・エッジの農業互助組合は税よりも、兵の供出を選択───今に至っているらしい。


 人の命より、お金……

 今日も世界は平常運転、常にどこもかしこも腐っていやがる。


 はー…


「馬鹿か? 戦争を舐め過ぎだ…」


 王国で勇者の活躍は有名だ。

 有名に過ぎる。

 なにせ、世界を救う一騎当千の勇士───それが王国出身の正真正銘の王国籍の人物なのだから、誇りに思うことだろう。


 俺も悪い気はしない…


 だが、憂慮すべき事態があるのも、また事実。


 勇者の強さばかり喧伝けんでんされているため、最前線からほど遠い国々では戦争の脅威が伝わらないのだ。



 この国もかなり昔に、魔族の強襲を受けたことはあるが、幼年期のエリンによって奇跡的に撃退されている。

 その出来事事体は、結局真相不明のまま勇者の武勇伝の一つで片付けられてしまったのだが…


 いや、それはいい。今はな…


 それよりも深刻なのは、

 王国───

 この国の体質だ。

 基本的には平和過ぎて戦争の脅威きょういが伝わらないということ。


 そんな人間が戦場に出ればどうなるか…

 バズゥは…つぶさ・・・に見てきた。

 そして、自身でも体験した。

 たくさんの戦死者を見送ってきた───


 それが当たり前の世界で生きている人間に比べて、覚悟の薄い王国軍の兵は弱兵扱い。

 それでも、勇者のおかげで諸国連合ユニオンでの発言力は大きいのだが…


何(いず)れにしても、

 王国軍は兵を欲している。

 そのために、戦争の悲惨さは面に出さない様に最大限努力しているのだろう。

 後方における戦争関連の情報の過小さが良い証左しょうさだ…


 戦死者も荼毘だびに付されて、小さな骨壺に収まって帰ってくるのでは悲惨な戦場の様相など分かろうはずがない。


 帰国してもこれ…か。


 王国は死にたがりを量産したいらしい。

 「勇者がいれば大丈夫! さぁ君も王国軍へ!」ってか?

 勇壮なうた文句もんくに、勇者の華々しい活躍…

 泥臭いバズゥの戦いなどうたにもならないわけだ───


 そういった事情も含めて戦争に対する意識が低く…戦争が簡単だと思い込んでいるふしがある。

 戦場で、どんな扱いを受けるかもしれないというのに、人の命よりも金をとる農互の爺さん連中───


 そりゃ、自警団の連中を身売りするわけだ。


 救えないな…


 呆れた様子で天をあおぐバズゥ。


「ん? そういえば、後方地域の兵も前線に出しているって言ったな?」


 まてよ、

 王国軍が前線に「猟師」を送り出す以上に…後方地域での活用方法って言えば──?


「はぁ、まぁ聞いた話ではそうですね…」

 気のない生返事の自警団員。

 …やはり戦争には、ご興味がないようで。

「じゃあ、今…というか、メスタム・ロックにいる兵は───」

「──半分くらいはウチの村から出た猟師ですね」


 あちゃ~……


 こりゃ不味いぞ。

 コイツ等…哨所がどんな目に会ったか、まだ知らないらしい。


 道理で緊張感がないわけだ。


 王国軍でさえ、まだ正確には事態を掴んでいない。

 俺が調査をになっているくらいだからな…


 知らんぞ俺は───


「猟師のほとんどは、メスタム・ロックに?」

「そうですね…数ヶ月くらい前まではそんな感じでローテーションを組んで、村から猟師を王国軍に貸し出してましたが、」


 が、


「ここのところ、その猟師に加えて、さらに兵の供出を求められていて…」

 この有様です。

 と、自分を指す。


 なるほど…


 数か月前までは、余力を残しつつも傭兵として猟師をメスタム・ロックに送り出していたのか。

 それが何らかの事情で更に兵の供出を求められ……応じたと。


 …応じるなよ!?


 馬鹿か?

 本当に…何考えてるんだよ。

 滅茶苦茶『猟師』の練度が低下しているぞ?


 …キングベアの異常繁殖もこの辺に理由があるのかもしれない。

 

 元々、地羆グランドベアの突然変異で生まれるキングベア…

 そのキングベアが生まれる確率は非常に低いが───


 変異元の地羆グランドベアの数が増えればどうだ…?


 ……


 …


 突然変異が起こる可能性も上がるだろうな…まぁ、偶然の要素も多分にあるのだろうが───


「で、今はお前ら若い連中も猟師見習いを始めたってわけか?」

「見習いじゃないっすよ! これでも『猟師』ですが、何か!?」

 ……


 どこがだよ。


 滅茶苦茶見習いだろうが!

 人に簡単に銃を突きつけたり、堪え性こらえしょうもないし……そもそも山の知識があるのか!?


「はぁ…どうなっても俺は知らんぞ」

 こいつらは知らない。メスタム・ロックの惨状を───


 哨所配置以外に、王国軍が猟師を求めた理由は知らないが…ロクなことにならない気がする。

 戦争の前線に投入されるとは考えにくいが…、

 今わかることは、ファーム・エッジの老練な猟師達はキングベアの、……朝とか昼とか晩のご飯になり、

 ウ〇コになった奴や、

 巡り巡ってキングベアの血肉になって……今頃は、食物連鎖で濃縮されて、最終的にフォート・ラグダの食肉加工場でひき肉にでもなっているだろう。


 なんとなく、オバちゃんの出したい要請クエストが分かってきた気がした。


 この村は…死にかけている。

 気付いていないのは農互のうごの爺さんどもか。


 税金の代わりに猟師を送り出して、一時的に村はうるおっているのかもしれないが…

 連綿と受け継がれてきた猟師の技術わざは失われようとしている。

 少なくとも、メスタム・ロック組は絶望的…

 

 王国軍に別系統で貸し出されている連中を呼び戻さないと、猟師達の組織力は瓦解するのは目に見えていた。


 今後も戦争は終わらない。

 勇者がいる限り…人類は戦争には負けないからだ。


 悲しいことに、戦死者の数を幾ら積み上げても戦争には勝てない。

 勝てないが……………………負けない。


 エリンがいる限り…負けないのだ。

 負けない戦争は終わらない。

 終わらない戦争は…負けではない。


 ひたすら戦死者を積み上げて国と人の世がせ衰えていくだけ…

 今は見過ごされている生産人口もいずれは駆り出される。


 自治権など失せろとばかりに、次は強権を発動しての徴兵だ。

 農家の次男坊以下は軒並み前線へ…

 漁業も、見習いは全部駆り出され──後継者はいなくなるだろう。


 いや、

 この国以外では既に起こり始めているに違いない。

 バズゥも戦場で見た光景───


 大国と言われる国ほど…疲弊が強い。

 とくに昔から戦争をしていた国では異様なまでに極端だ。


 若者と老人しかいない部隊もあれば、後方では傷病兵すら活用している。


 そんな国では、本国の有様など想像もしたくない…


 そして、今は比較的恵まれている王国でも、起こりうる事態だ。

 人を、

 人を、

 人を、


 兵へ、

 兵へ、

 兵へ、


 戦力が、

 戦力が、

 戦力が、



 決定的に足りない!!!!!!!



 そうなる───


 きっとそうなる───


 以前は気にしていなかったが、胸にしまっている軍隊手帳が重みを増した気がした。


 予備役だと……

 俺が戦場に出るような頃は末期だと───


 そう思っていたが、

 この村の現状を見て気付いた…


 既に、


 ……


 世界は、

 すでに…末期なのでは───


 ……

 

 …


 戦争の足音は遠くとも、その余波は既に田舎の村にまで押し寄せていた。


 徴兵、

 徴発、

 徴税、


 一目には分からずとも、確実に日常を蝕み……

 果てしない泥沼へと向かいつつあった。


 だが、

 人の血を見ない彼等は知らない。

 人の死に慣れない彼等は気付かない。

 人の生が当たり前の彼等は知り得ない。


 この村が、人々が、日常がいかに恵まれているかと言うことにて──


 だから、

 売る、

 差し出す、

 送り込む、


 この村の防衛戦力たる自警団。

 そしてその中核を占める猟師を…


 彼らは、身売りされている。

 たかだか、税金かねのために…


 その結果がこの若い猟師だ。

 少々、揶揄やゆしただけで、もう不機嫌。


 面倒くさいこと、この上ない。


 バズゥが修行していた頃なら、絶対に『猟師』など名乗らせて貰えない。

 見習いと言うのもははばかられる。

 『狩人』としても、この若い猟師は二流以下に違いない。


 はぁ……


 放っておいて先に進みたいところだが…また、行く先々でからまれても事だしな。村の雰囲気を掴んでからでもいいだろう。


 それにしても、よく見れば──

 村の櫓や鐘楼に登っているのは若い猟師ばかり、

 それか……よくて引退した爺さんが日向ぼっこよろしく警戒しているくらい。


 この村の現状を見て、すでに違和感や、異常に気付いているものもいるだろう。


 オバちゃんは多分…気付いている。

 村の危機的状況に。


 それに気付かないのは、ファーム・エッジの長老ども──

 ほとんどが農互の爺さんか?

 彼等は、目先の利益に目を奪われて、村の宝とも言うべき…老練な猟師を切り売りしてしまった。


 いや、

 もしかして気付いているのかもしれない。


 だが、それでも「自分の存命中は大丈夫」などと高をくくっている可能性もある。


 後進のことなど知らんとばかり……

 いや、さすがにそれは穿うがち過ぎか。


 いずれにしても、速急に手を打たなければ取り返しがつかなくなるだろう。


 メスタム・ロックに送り込んでいた猟師───

 少なくとも、半分のベテランは死んだはずだ。


 彼等は、労働者である以上に後進を育てる教育者でもあったはず。

 その彼らが消えてなくなった……


 それが意味する事───


 事態に気付いて、傭兵稼業を中止しようとしても遅い、

 遅すぎる。


 その頃には、この村の若者を幾ら『猟師』として育てようとして無駄だ。

 失われた技術は早晩戻るものではない。


 まだギリギリ引き返せる段階にあるが…


 王国軍が連れて行った猟師をどう使おうとしているのか皆目かいもく見当がつかない。


 そのため、返してと言って返してくれるのだろうか…

 傭兵扱いとは言え、軍籍を与えられたならば軍令が優先になる。


 当たり前だ。


 辞めたいから辞める! が通用するはず等ない。

 エルランクラスの偉いさんでもなければ、人事権なんてものは早々行使できるものではないのだ。


 普通は、

 ……戦争から逃げるなんてことはできない。

 やってしまえば脱走罪だ。


 前線でそれをやれば将校に殺されても文句は言えない。

 いや、

 殺されてからでは、文句もクソもないわけだが…事実として脱走すれば問答無用で殺される。


 …本当だぞ?


 それだけに、自ら戦争へ参加しようとする農互の爺さん達の気が知れない。


 今後はどうかは知らないが、少なくとも自治権がある以上、非常に恵まれた環境にあったファーム・エッジ…

 戦争まみれの諸国連合ユニオンの国々なら、羨ましがってよだれ失禁しっきんモノだというのに……

 それを…だな。


 まぁ───…

 紆余曲折あったとはいえ、

 戦争から脱退したバズゥに言えたことではないが…


「お前らがどう思ってるが知らんが…せっかくの恵まれた環境をだな…」

 バズゥをして、一言ひとこと言わずにはいられなかったが、

「あ、着きますよ」


 バズゥに見習い扱いされて気分を害していたらしい自警団員が、口を尖らせつつそっけなく・・・・・言い放った。


 たしかに前を見れば、視線の先には交易所。

 人通りはかなりのものだ。


 ほとんどが商人に、

 農夫らしい村人だ。


 様々な産品が、屋根だけの露天に並べられている。

 それらを見て取引するわけだ。


 茣蓙ござと天井だけのスペースに商品、

 あるいは、低いテーブルと小さな棚に並べた商品、

 ちょっとした大きなスペースには鉤爪に引っかけられた獣肉と、蛮刀で切り分けられた四肢のついたもも肉等々。


 なるほど、交易所だ。


 一見すれば、露天の商店にもみえるが、

 これで実は一括管理されている。

 目の前で商品を買うシステムではないのだ。


 農互が場所を提供し、会計も行っている。

 商人は買いたい品を選び──奥の会計スペースに持ち込むわけだ。


 面倒くさそうにも見えるが、共同体を形成する以上価格競争を避けたいという思いが農互にはあるらしい。

 それ故に、市場経済としては「下の下」なわけだが…富の公平分配はされているらしい。


 少なくとも、ポート・ナナンの漁労のように、ハバナが独占しているというわけでもない。

 ちゃんと、作物や商品を交易所におろす際に金銭を受け取っている。

 言ってみれば先払いだ。


 農家ないし猟師は、露天商売をするわけではなく、交易所に売り払い、あとの販売を任せている。


 そのため、農夫も猟師も商売に時間を費やすことなく自らの仕事に専念できるというわけ………まぁ、いい所も悪い所もあるが、この村では皆がこのシステムに従っていた。

 それに、なんといっても絶対に交易所におろさなければならないわけではない。

 個人で売買することは特に禁じられてはいないらしい。


 とは言え、個人売買をファーム・エッジで見かけることはほとんどないのだが…


 理由は色々あるが、大きくは矢張やはり値段と……周りの空気だろうか。

 例えば、

 交易所経由で銀貨2枚の品を、個人で銀貨1枚で売りに出せば…そりゃ銀貨1枚の方がよく売れるだろう。

 

 買う側は安い方がいいのは当然だ。

 品質さえ同じなら、好き好んで高い物を買う人は早々いない。


 ……

 ならば、みんなやればいいと思うだろうが…

 そうは問屋が卸さない。


 ここら辺が田舎の怖いところ。

 皆と違う事をすれば───…多くを語らずともわかるだろう?


 ───「皆が銀貨2枚の品を売って満足しているのに、一人だけ銀貨1枚で大量に売って大儲けですかー…へー…いいですねー…へー…」───


 となるわけだ。

 うん…集団ににらまれるのは怖いよ?

 場を乱すということは、それまでの平穏な空間に異物が入ったことを指すわけで──良い方向に転ぶこともあれば、悪い方に転ぶこともある。


 今までが平穏無事なら…それを享受きょうじゅしたいと思うのが人の常…いや、年寄りの常かね…


 目の前に金が積み上げられるならまだしも、

 もしかして儲かるかも? なんていう先行きの見えない商売の荒波に乗り出すような気概きがいは老人やら、無学な村人にあるはずもない。


 金の数は数えられても、読み書きができない村人では、いず老獪ろうかいな商人に食い物にされるのは目に見えているのだから……

 それくらいなら、みんなで共同してガッチガチに利益を固めてしまおう、というものだ。


 そうして、今のファーム・エッジの交易所はある。


 自由競争経済を禁じてはいないが…

 実質、公的機関による専売状態だ。


 まぁ。田舎の交易所だから、王国経済には何の関係もないけどね。


 外から来る商人も、ある程度まとまった量を欲しているため、個人と商売するよりも交易所で、一括でドカッと買った方が結果として楽だというものもある。


 村人は村人で──どうしても、自分で売りたいなら馴染なじみの商人を作るか、外で商売すればいいだけの事。

 現状でこの農互による交易所での売買は誰の不利益にもなっていなかった。


「それじゃ、俺はここにいますんで」

 自警団員はそれだけを言うと、交易所の端っこで商品棚に腰を下ろして休憩に入ってしまった。


 まぁ、別に中まで案内してほしいわけではないし、

 そもそも案内など不要だったため、軽くうなづくに留めて、バズゥは外側周りに農互の窓口に向かう。


 交易所を突っ切るのは、流石に馬連れでは迷惑千万だろう。

 買い付けの商人も、荷車なんかは交易所の外に置いていた。


 さて、

 とりあえず、肉なんかの余剰分は全部売っちまおう。

 

 依頼クエストの『配達』もここで良かったはずだ。

 それに『害獣駆除』も…まぁ、これは半ば達成したようなもの。


 おそらく、作物を荒らす地猪グランドボアってのはメスタム・ロックで狩った個体で問題ないだろう。

 改めて狩ってくれと言われたら、やらなくもないが…ファーム・エッジの目的は地猪グランドボアそのものの数を減らせということ───


 猟師の知恵のようなものだ。

 駆除すればするほどに地域の地猪グランドボアは頭数を減らす。それは全体を見れば人間様への接触も減るというわけだ。


 それこそ海を渡った先の獣を狩ったくらいだと影響はないが、この地域とメスタム・ロックは密接に関連している。

 狩った固体の縄張りは、別の固体か人間様のものになる──と、


 キングべアの騒動でそれがよくわかるだろう。


「らっしゃい…?」

 馬をいたバズゥが交易所の窓口を訪れると、暇そうにしていた職員が欠伸あくび交じりに答えた。


「ギルドで依頼クエストを受けた冒険者だ───依頼の品を持ってきた、確認してくれ」


 どちらかと輸出がメインのファーム・エッジでは、商品の納品は朝のうちに行われるらしい。


 下山してから時間がたっているため、昼近いこの時間では納品窓口は暇なのだろう。

 なんせ、作物を持ってくるのは村内にいる村人なのだから、朝イチで働くというもの。

 あるいは一日の収穫が終わった昼遅くだろうか?


 まぁいずれにしても窓口は閑散としていたので、バズゥは遠慮なしに品を出していくことにした。


 ここも開放状態MAXの露天だが、一応ロープで仕切りを作り買い取り品などを「済」「未」で分けているようだ。

 山積みになっている作物なんかを見れば、そうやって明確に仕分けしないとゴチャゴチャになるのだろう。


 奥の方には海塩の壺やら、酒樽なんかも積まれている。


 既に、ほとんどの商人は取引を終えているらしい。

 今のところバズゥだけが窓口にいた。

 他には、農互の職員がいくつかの品のチェックをしているだけだ。この分ならバズゥの品もすぐに買取してもらえるだろう。


「了解です…品を出してもらえますか?」


 意外なほどに軽装なバズゥをいぶかしげに見る職員。

 馬をいてはいるが、荷車の類はない。大した量の品を持ってきているとは思えないのだろう。


「あー…広いとこを貸してもらえるか?」

「は?」

「いや、広いところ」

「だから、は?」


 …だから、ってなんだよ!


「いいからここで出してくれ」

 イラッとっした表情の職員に、バズゥもイライラとした感情を覚える。


 せっかくのんびりしている所をー、と顔に書いてあった……んなこと、知らんがな。


「どうなっても知らんぞ?」


 まったく…人の話を聞かないやからは困る。

 少し出してやれば間違いに気付くと思うが……まさか、汚い格好のオッサンが高価な異次元収納袋アイテムボックスを持っているとは夢にも思わないのだろう。

 


 バカにしやがって…!


 おら、目ん玉かっぽじってよ~く見やがれ!


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