第94話「ファーム・エッジ」

 カッポカッポ…

 ガラガラガラ───


 ンモォォーー…

 ブヒブヒィー…


 ォケコッオー…


 カッポカッポ…



 と、バズゥの乗る馬のひづめの音に混じり、様々な獣の鳴き声が耳につき始める。

 周りはすっかりと農村の風景となり、収穫の終わった畑と、まさに収穫中に畑が左右に広がっていた。


 サワワーと風がそよぎ、麦の穂を揺らしている。

 遠くの丘の方まで、緩やかに起伏を繰り返しながらどこまでも麦畑が続いている姿は、牧歌的で長閑のどかそのものだ。


 バズゥには、あまり馴染みがないが…

 王国人は「原風景だ」とか言って懐かしむ光景らしい。


 たしかに、どこか郷愁きょうしゅうを誘う光景であることは間違いない。

 懐かしいだとかそう言った感情はないのだが、目を細めてなんとなく楽し気に感じるくらいには美しい光景だと思う。

 人知れず口を緩めるバズゥを、道を行く村人らしき人が生暖かい視線で見送っていた。


 その間をうようにバズゥは馬を進めていく。

 慣れた様子の馬のおかげで、はたから見れば馬術優秀な猟師といった印象すら受けるが…

 実際は、完全に馬の背に乗っているだけ。

 優秀な馬に感謝だ。


 その進路は、

 馬車のわだちが残る道の両脇は木の柵に覆われており、刈り取り間近のたわわ・・・に実った黄金色の麦にはさまれていた。

 それは、重い穂先を道に向かって垂れ下げ、穀倉地帯を象徴的に見せている。


 農村の風景はそれだけではない。


 麦畑以外にも──

 その合間あいま合間に厩舎きゅうしゃが立ち並んでいた。

 そこからはキツイ匂いが発せられ…やかましい鳴き声と共に動物の糞尿と体臭も道に溢れかえっている。


 あぁ、

 まごう事なき農村のそれだ。


 数年ぶりのファーム・エッジの風景をぼんやりと眺めながら道を行く。


 村の正門まではもう少し、


 遠くに木の柵の終わりと、正門の大きな構造物が見えて来る。

 その頃から、時々視線を感じる様になった。

 視線の行方をさかのぼれば、農村の外周部に設けられた物見櫓や、鐘楼などから発せられるものとわかる。


 それが敵意のあるものではないとわかるのだが、

 急速に増えつつある視線の数々。それゆえ方々ほうぼうから監視されている気がして、落ち着かない。


 ただ、その視線の向けられているのはバズゥに限った話ではなく。

 外から来る者と物には、必ず視線が向けられているようだ。

 察するに、

 村の防衛戦力兼──害獣を狩る猟師達の視線なのだろう。


 つい最近のこと、

 キングベアが、ファーム・エッジにも姿を見せたというから、警戒しているのだろう。


 フォート・ラグダの攻防戦の話は伝わっているだろうが、その勝利に関わらず生き残りを警戒したり、別の群れや、単独の熊や、害獣を警戒しているとわかる。


 ──賢明な判断だと思う。


 それに、村の周囲をおおうように猟師らを配置しているのも、自衛意識の高さを感じて軍隊経験のあるバズゥからすれば好ましく感じる。


 対照的に、無防備なまでに開放的なポート・ナナンには危機感すら覚えるほどだ。


 シナイ島戦線のような最前線での激戦が続く中、

 王国全土は──後方地域とは言うが…手放しに安全とは言いがたい。

 害獣の襲撃に、ヤクザな人間たちの集団も徒党を組めば、野盗化することもある。


 冒険者連中も、いつそうなるかもしれないので、自前の戦力で村や町を強化するのはどこでもやっている。


 自治権のある大きな町や村では、防衛戦力を自前で準備しているくらいだ。

 むしろ、自治権の有無は、その戦力ありきと考えられている。


 つまり自前で防衛ができる村や街にはそれなりの自治権を、王国が与えるというわけ… 

 軍隊を配備するコストを考えれば、

 多少なりとも自治権を与えて面倒事を自分たちで解決してもらった方が安上がりでいいと考えているのだろう。

 収支に影響が出るとは言え、独立国ではないのだから税という形で、収入を得ることはできる。


 フォート・ラグダや、くだんのファーム・エッジなどはまさにこの例だ。

 特別な意向に従い、重要都市には王国軍の設置はあるとはいえ──基本は自前の戦力で自衛するフォート・ラグダや、猟師達を中心に組み上げた自警団で武装するファーム・エッジは自治権を持っている。

 

 一方、

 ポートナナンのような貧しい地域…自治権のない地方都市なんかは、王国の直轄地として運営されていた。


 貧しいがゆえ、武器もなく戦力もとぼしい…


 そのため、

 戦力のない所は中央───王都グラン・シュワなどから衛士や王国軍の部隊が送られ、警察権の行使と防衛をになうらしい。

 軍隊や衛士を派遣してもらう代わりに、王国の直轄領として自治などは認められないが──まぁ、そんなところは大抵貧しい地域なので、直轄領としても旨味は少ないと相場は決まっている。

 直轄領にする意味もあまりなかった。

 王都から飛び地で直轄領があったとしても、その管理に金を使うだけで収入としてはプラスマイナスで、ゼロかマイナスにしかならないのだから、王国としては渋々しぶしぶの処置…


 搾取さくしゅしようにも、そもそも金がない。

 ないものはない。

 金もやる気もない。

 金がないからこそ、自前の戦力も準備できない。


 いいところなし、というわけだ。


 ゆえに、王国にとっての重要度は低く…派遣される兵力も最低限。


 警察権力も言うほど大きなものではなく、場合によっては近隣の大都市の自治権に組み込まれその地の司法に従うこともあるほどだ。


 ようするに、貧乏な田舎はだれも見向きもしないという事。

 実際に、ポート・ナナンは自治権がなく王国直轄領の扱いだが…別に搾取されたりしているわけではない。

 というより、ポート・ナナンに搾取するほどの富はないのだ…


 警察権や防衛のために兵力を割くのは王国としても負担であるため、本当に最低限の兵力しか置いていない。

 そんなわけで、ポート・ナナンにも衛士がいるわけだが……

 

 衛士たち、王国軍の正規軍となる彼らの管轄は王都となっている。

 とは言え、忠誠心は低く、練度もやる気も最低。


 ポート・ナナンの住民自体が王国への帰属意識が高いかというと、そんなことは微塵みじんもない。

 そんな地域だ。

 誰も、興味も何もないだろう。


 当然、派遣される衛士とて同じ。

 左遷扱いの、掃き溜めだ。

 揃いも揃って、

 無駄飯くらいのボンクラぞろい…と、


 冒険者の事をとやかく・・・・言うことができるものなど、ほとんどいない。

 やっていることと言えば、たま~~の巡回と、キナの店で酒を飲んでいるくらい。


 それも安月給過ぎて頻度ひんどはすくないとか…?

 払うだけ、マシではあるが……


 まぁ、これだけ揃えばわかるだろう?

 どうやっても、ポート・ナナンはめということ…

 

 貧乏人のやっかみ故か…ファーム・エッジのような比較的豊かな村に対抗心を燃やすのも、うなづけるというものだ。


 ちなみに、

 フォート・ラグダや、ファーム・エッジは町の衛兵や自警団が逮捕権を持っていたりするが、ポート・ナナンでは、王都から来た衛士の仕事となっている。 


 自治権があるということは、犯罪者の取り締まりも行えるという権利すら与えられるのだ…むしろ、戦力があるから権力があるとも言えるのだが───


 そのへんは村や街の考え方次第だろう。


 ポート・ナナンでは、誰も中央に対して文句を言わない。

 それは、別に王国に心服しているわけでさなく、

 その辺の仕組みを、そもそも理解していないか、現状に満足しているものばかりだから、と。


 ──そう解釈できる。


 まぁ、ポート・ナナンで犯罪者を衛士に突き出したところで、精々・・略式裁判を行って近隣都市の自警団や衛兵隊に突き出す程度だろう。

 重犯罪でもなければ、わざわざ王都までおもむいて裁判するのもコストがかさむし、審問官を呼べば……いつ来るかわからない、というありさま。

 ……審問官が来るまでの監視も面倒このうえない、と。

 なにより手間がかかって仕方がない。


 そんなこんなで、田舎に行けば行くほど、自治権はあいまいで……警察や司法などの公権力もぼやけている。


 結局自分の身は自分で守るしかなくなるわけだ。


 その意味で、自治権を有しているファーム・エッジはこのあたりでは、非常に恵まれているだろう。

 

 猟師などが主体とは言え、

 自警団を持ち、自前で防衛と警察権を行使できる自治権を持つに至っているのだ。


 穀倉地帯というだけあって、比較的裕福な村らしい措置だと言える。


 村の彼方此方あちこちに建てられている、防衛施設兼防災を担う物見櫓や鐘楼に配置されている猟師や自警団員は、そういった権力を一応とはいえ有しているらしい。


 ポート・ナナンの青年団とは全然違う。


 それだけに、彼らの気質は自治意識が高く。

 非常にモラルが高い。


 もっとも、それは内部に限ったことであるため、国のモラル向上に貢献しているとはとても言い難いのだが…

 実際、外に出たファーム・エッジ出身者がことさら優秀である! などという話は聞かないので、彼らのモラルの高さは自治意識の高さからくる──村社会独自のものなのだろう。

 いずれにしても、田舎根性丸出しの彼らは良くも悪くも善良で浅慮だ。


 ポート・ナナンは気性が荒く、金に意地汚い所……ファーム・エッジはそれとは真逆に見える、が。


 まぁ、バズゥからすればどちらも似たようなモノ。

 自己中で、無学で、浅慮───基本的な人類という種、そのものだ。


 それでも、食料供給地としては栄えており、ポート・ナナン程に閉鎖的ではないのが、まだ救いだろう。


 ただし、別によそ者に優しいというわけではない。


 自分たちが近隣より裕福であるという自覚と優越感があるから、それらを誇示するために、依頼や人を出しているという。

 まぁそのおかげで若き日のバズゥもこの地で猟師修業を積み、ポート・ナナンで偏屈へんくつ猟師をやっていられたわけだが…

 そうでもなければ、猟師の技術や、──レンタルとは言え銃の持ち出しを許可するはずがない。


 フォート・ラグダのような旧軍事都市や、兵産都市を除けば自前で銃や弓矢、火薬を生産配備しているのは、村という規模で見ればファーム・エッジくらいなもの。

 人間の軍隊に限定すれば、ファーム・エッジは王国軍の一個中隊くらいなら跳ね返せるほどの戦力を保持しているとか?

 流石さすがにそれはないと思うが…

 覇王軍や魔族相手には無力だろうし───


 いずれにしても、先のキングベア騒動の際……熊どもは、この村にも出没していたらしいが───、なんだかんだで、ちゃんと撃退しているのだから、生半な戦力ではないのは間違いない。


 そして、馬を進めるバズゥの眼前に村の正面門扉が迫ってきた。


 村の正門という割には、余りにも重厚にすぎるソレ。


 フォート・ラグダほどではないにしても、木の柵に連接した門扉もんぴは、そこで人の流入をチェックできる仕組みを築いている。


 とは言え、人の流れはスムーズだ。


 それはフォート・ラグダでもそうだったが、

 あれ以上に人の流れは速い。


 というより、止まらずそのまま通過している。

 目の前にいた商人風の男も、空の荷馬車をいて、口笛交じりに門をくぐっていった。


 フッ…


 …変わらないなー


 かつてこの地で修業したバズゥは、昔と何ら変わらない光景を目にして苦笑する。

 このゆるさは、まったく変わっていない。

 きっと、このゆるさが故に危ういことも何度かあったに違いないが…変化はしなかったようだ。


 まぁ、この入門チェックの緩さには理由がある。


「よぉ! 今日は麦か?」

「あぁ、10程買っていく。フォート・ラグダじゃ飛ぶように売れるぜ」

「景気が良いねー」

「はっはっは、商売敵しょうばいがたきが大勢死んだからな」


 先の騒動のことを話題に、景気話に花を咲かせる商人と村人。

 村人は、正門で入村者をチェックしているらしいが、仕事は熱心どころか世間話しかしていない。

 

 その脇をドンドンと商人やら、外から帰った村人が通り過ぎていく。

 一応チラリと目を向けたりもするが、それほど気にもしていない様だ。一応別の村人も立哨りっしょうしているので、その油断もあるのだろう。


 それにしても…数年離れていただけだが、知らない顔ばかりだな。

 なんとなく面影がある連中もいるので、若いやつらが成長した姿だと言われればそれまでなのだが…

 

 バズゥが他人に興味がなさ過ぎて、顔をよく覚えていないというのも大きく影響しているのだろう。しかし、それにしても顔がわからない。

 村というだけに、人口はそれほど多いわけではない。


 元々貴族の荘園が、独立の過程を経て自治村になったという話があるくらいには、歴史はそれなりに深い…

 土地だけは由緒正しい元貴族の物だ。王国の歴史にもチョコチョコ名を遺した貴族だというが、今は誰も覚えていない。

 そんな村だ。

 人の顔ぶれは早々変わるものではない。

 猟師などは外部から来て、この地で学んでいく者もいるため、全く外から人が入らないわけではないが、それらが村の人口を上回ることはなく、やはりどうしても同じ顔が揃うものだ。


 しかし、今ここにいる年若いものはそのほとんどが知らない顔ぶれだ。

 一応、自警団という位置づけなのだろう。

 猟銃や、手製の槍に弓矢を持っているものもいる。

 ──大半は無造作に一カ所に固めて放置しているが…


 この様子を見るに、数年以内に村に入植した者たちだろうか?


 …まぁ、いい。

 考えてもわからないし…そもそもどうでもいい。


 村の内部は熟知しているので、この場所で道を尋ねる気もない。

 前にいる商人に倣って軽い調子で、門を潜ろうとする。


 バズゥの知るこの村のチェック体制の甘さの理由を念頭にしていれば、殊更ことさら構える必要などないのだから───


「ははは…なら少しばかり値上げ───…おい!!」

 ゲラゲラ笑いながら談笑していた村人が、脇を抜けようとしたバズゥを鋭く静止する。


「あん? …俺か?」

 一瞬呼び止められたのが自分だと気づかずにすり抜けようとしたバズゥ。その鼻先に猟銃を突きつけられ、いぶかし気に返す。


「そうだよ? なんだてめえ…初めて見る顔だな。…何の用だ!?」


 おいおい…

 マジで言ってんのか?


 いや、まぁ確かに俺もお前の顔は知らんが…


「ポート・ナナンのハイデマンだ。知らんか?」

 面倒くさげにのたまうバズゥに村人は警戒心をむき出しにして、える。


「あ? 海の奴か? …ハイデマンんんぅ? 知らねぇな!」

 ……

 えー…マジか?


 俺の顔は知らなくても、ハイデマンの名前も知らないの?

 マジですか…


 いやさ、勇者の家名だよ?


 そんなありふれた名前でもないはずだけど…

 エリン・ハイデマン──そういうところで、ハイデマンって聞けば反応しそうなものだけどな。


 んーむ…

 面倒なことになりそうだ。


「あー…わかったわかった。どうすればいい? 身分証か?」

 懐からギルド組合証と、軍隊手帳の両方を出す。

 しかし、物を出しつつも懸念けねん払拭ふっしょくできない。

 まさか、こんなところでいきなり足止めされるとは思っていなかった。

 数年離れただけで、顔を忘れられるものだろうか?

 なにより、──腐っても勇者の叔父なんだがな…


 この村の入門がゆるい理由…

 簡単なことだ。

 そのほとんどが顔見知りだからに他ならない。

 ───人の出入りは有りこそすれ、毎日通る村人の顔ぶれに──馴染なじみの商人たち。

 初めて来る者とて、…普通なら顔見知りの付き添いがいるものだ。

 

 それだけに、よそ者に対する警戒心は強い。


 決して閉鎖的というわけではないが、下手な入門チェックよりも厳しいと言える。

 顔見知り以外は、すぐに呼び止められ厳しい審査をうけるのかもしれない。


 なるほど、顔見知り以外は即──不審者というわけだ。


 あー…どうするかな。探せばバズゥの顔を知っているものも絶対にいるはずなのだが…

 タイミングが悪かったのか正門で立哨している自警団の連中に顔見知りはいない。おまけに向こうも知らないと来ている。


 …まいったな。


 顔見知り以外をねる、という事もないだろうが…入村に時間がかかるかもしれない。

 別に犯罪者でははないので、やましいところはなく、気に病むことでもないのだが…


 気分は悪い…物凄くね。


 正々堂々チェックを受ければいいのだが、目の前で次々に商人やら村人やら…冒険者が通り過ぎていく様子はバズゥをして苛立いらだちをつのらせるものだ。


 猟銃を突きつけられているのもよろしくない。


 戦場で、相手が敵なら問答無用で撃ち殺している所だ。

 いやさ、

 平和な後方でそんなことはしないけどさ…


 ……


 くそ!


 好きに見ろ、とギルド組合証と軍隊手帳を投げ渡してやるが…反応はかんばしくない。

 身分証として出したのはいいが…無学な村人の事。


 字など読めるはずもなし。

 軍隊手帳は意味なしと…

 ギルド組合証はそれなりに効果があるようだが…疑義ぎぎが一つばかり───

 冒険者としてのランクだ。


 なにせ最低ランクの「丁」だ。


 さっき、平然と通過していた冒険者はポート・ナナンのやつか──フォート・ラグダのやつか…はたまた・・・・流れの奴か知らないが、「乙」ランク。

 それに顔見知りだったのだろう。

 これ見よがしにぶら下げる、銀色のギルド組合証一つで悠々と通過していきやがった。


「おい、なんでもいいから通してくれ」

 段々面倒くさくなってきたバズゥはつっけんどんに言い放つが、それがますます自警団の態度を硬化させてしまった。


「ああ!? 何だテメェ、その態度はぁ!」


 銃を持つ優位性と、ギルドランクの低さを小馬鹿にする様子が明け透けに見える。


 …バカバカしい。


 マジでぶん殴ってやろうかね。

 人知れず、静かな怒りを燃やし始めたバズゥ。

 その様子を知ってか知らずか、自警団が集まり始めた。


 応援に駆け付けたというより、面白い見世物を見てやろうという野次馬根性だ。

 それに輪をかけるのは周囲の商人やら村人たち。

 クククと意地の悪そうな笑いをしている連中をみれば。バズゥがある意味、揶揄からかわれているのだと分かる。

 そもそも、入村を厳しくする必要などないのだ。


 気になるなら持ち物チェックなり、犯罪歴なり調べればよい。


 それもせずに、正門前であーだーこーだとやり合っているのは、ただの暇つぶしにかこつけた・・・・・嫌がらせなのだろう。

 まったく…めやがってと───バズゥのあまり高くない怒りのボルテージが直ぐに天井をつきそうになった。

 

「おぃ…てめぇらいい加減に──」

 底冷えする声を出して、威圧しようと殺気を乗せて放とうとすると…


「お、おい! 待て!」


 集まった自警団の一人が、唐突に声を上げる。

 視線の先は、バズゥの馬の背にくくりつけられた地猪グランドボアの子供にあった。


「ありゃ地猪グランドボアの子だ…親元から離れるはずがないのに…一体どうやって?」


 一応、この自警団の中では年長になるのだろうか?

 バズゥからすれば若造だが、一応はリーダー格らしい男が、地猪グランドボアの子供を見て驚愕きょうがくしている。


「う…マジだ。ど、どうやってあの数を?」


 自警団兼猟師も多いのだろう。

 しかも、まだまだ年若いため、地猪グランドボアを倒せるレベルには至っていないらしく、その威容いように驚いているようだ。

 地猪グランドボアそのものよりも、その子供を大量に持ち込んでいるバズゥにだ。


 目を見ればわかる。

 「丁」級の冒険者にできるのか? と…


 とはいえ、いくら彼らが無能でその目が節穴だとしても、地猪グランドべアが、ただの豚か害獣かくらいは判別できる。

 故に、その数に畏怖いふの念を感じているようだ。

 見ているうちに、まるで土下座でもせん限りに、飛びのいて仰け反ってのけぞっている。


「す、すみません…えっと、もう一度名前を!」

 リーダー格の男は急に物腰が低くなり、バズゥに揉み手をせんばかりに平身低頭へいしんていとうする。

「…ハイデマン。バズゥ・ハイデマンだ」

 最初に突ッ掛かってきた自警団員から、軍隊手帳を取り返すと、ページを開き示してやる。


 名前を読んでいる感じはしなかったが、なんとなく身分証であることは理解できたのだろう。

「も、もうしわけない。すぐに照会します」

 ペコペコと頭を下げるリーダー格。

 

 ……地猪グランドボアが身分証がわりになるとはな…

 わからんもんだ。


 さて、どうしたもんかと思案していると、リーダー格が正門脇にある詰所のような小屋に駆け込むと、年配の女性を連れて来た。

 女性は今まで居眠りでもしていたのか、妙にまぶたが厚ぼったい。


 …あー…顔だけは見覚えがある人だわ。


 たしか、村の交易所で会計をやっていたオバサンだ。

 バズゥが若いころからずっとオバサンだった。

 もう少しすれば御婆さんになる歳の人だろう。


 ふわわ…と欠伸あくびをしながらゆっくりと、こちらに向かうと───


「あら!? バズゥじゃないの?」

 うわ、びっくりした! といった顔で口を押えている。

 昔は美人だったのだろうなーという事を思わせるほどに、目鼻立ちのぱっちりとした愛嬌のある顔のオバサンだ。


 …名前?

 

 知らんよ。


ようやく知った顔だ、コイツらに言ってやってくれ」

 ヤレヤレと肩を落としたバズゥが自警団員を指し示す。


「あらまぁ、まぁまぁ…アンタ達! この人が誰か知らないの!?」

 

 お…


「かの有名な───」


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