第63話「フォート・ラグダ攻防戦(挑発)」



 すわ、駆け戻らん───




 ダダダダと駆けていくうちに、城壁内で散発的に銃声が鳴り響く……

 戦闘は市内に移行しつつあるようだ。


 一応、次善の策として、市に入るまでに正門のすぐ後ろに防御陣地くらいは作っているだろう。

 それに、馬留めやらの簡易柵くらいはあるはずだ。


 馬留を頑丈に固定すれば、いくらキングベアと言えど易々と越えられはしない。

 鋭いスパイクのついた馬防柵を設置していればそこで足止めができる。

 長くはもたないだろうが、一撃くらいは食らわせられるはずだ。



 ───頼むから耐えてくれよ!



 と、祈るような気持ちで駆けた先…


 すでに目ざとい鳥類がたかっていたのは『キング』のしかばねだ。


 そこに、集る雑食性の鳥が、なんどもなんどもくちばしを突き立てる。


 硬い毛に閉口しつつも、なんとか柔らかい部分をほじくり出そうと頑張っているが…バズゥは、邪魔だ! とばかり、にくちばしが太い大きな鳥どもを一喝して追い払う。


 バタバタと飛びさる鳥どもが、恨めし気に上空を旋回しているのを尻目に、鉈を抜き出すとスキル『解体』を使用する。


 ギラリと、やいばが物騒に輝くと───

 デカく硬いそれを切り落としていった。…すなわち大将首を──いや、王の首か。


 それは、固まり始めた血が…鉄錆びのきつい匂いを放つもの。さらに、そこに獣臭と鳥類の糞尿が混じり、肥溜めよりひどい臭いだ。


 なんとか千切り取ったソレを手に掲げると、せめてもの礼儀として一礼。

 すまんが───利用させてもらう。 


 それを片手に持ち、戦場へと駆け戻る。


 焦りと疲労で息を切らせながら、重いソレを担ぎ…フォート・ラグダを見通せる街道上に立つ。

 数日前にキナとカメとで駆けたその道に…立つ───


 射程距離でも、狙撃位置でも、隠れるでもなく…

 



 見えて、聞こえて、殺し殺される位置に立つ!!




 フゥゥ・・・と息をつき、

 地面に『キング』の首をドンと置くと、異次元収納袋アイテムボックスから、慎重に選別し『クイーン』の首も…また並べて置く。



 キングベアの子たちにとっての両親───



 そして、その後ろに立ち、足蹴あいげにし、不敵に構えるのは…


 彼らの親殺し…──バズゥ・ハイデマン!!



 彼らはまだ気付かない…

 かすかに風に乗って、両親の血錆びた臭いにほんの少しだけ嗅覚が刺激されているにも関わらず──市内にあふれる獲物の匂いに夢中になっている。


 そして、矢を放ち、銃を撃ち、槍で刺してくる生意気な人間どもを、ズタズタにしたいという闘争本能に突き動かされている。

 ──いる。


 いるのだ!


 彼らとて生物…感情もあり、怒りもする。


 その怒りの矛先が、ズレているだけで───本来向けるべき牙の先を見失っているだけで…

 それに気付きさえすれば、彼らは食いつく。


 その牙を向ける相手が違うことに気付き、必ずや引き裂き──喰らおうとする。


 そう、


 ──間違いなく!


 だから、バズゥが立つ。

 彼らにとっての…


 仇として、

 餌として、


 敵として!


 必ず、バズゥに食らい付く──


 だからよぉ、

 気付けや、熊公よ。


 俺はここにいるぜ。


 スチャっと、4mの銃身を持つ「那由多なゆた」を構えると、キングベアの一頭を狙うでもなく、真っすぐに空へ向け───



 ズドォォォォン!!

 


 一瞬だけ、キングベア達の喧騒けんそうが止まる。

 騒がしいのは市内のみ。

 城壁上からも兵は去り、既に正門突破後の戦闘に移行しているようだ。


 だから、この場でバズゥの気配を明確に感じ取れるのは数十頭のキングべア達のみ…

 そしてバズゥの向ける挑発とも取れる敵意も、キングベアだけに向けたもの。



 スゥゥゥゥゥ……



「…───掛かってこいやぁぁぁぁぁ!!!」


 ビリリリリリリイッィィィィ───…と、空気を震わせる蛮声に答えるのは、



 グルルゥゥアアアアアアアアア!!!!!



 両親の首を足蹴にする、小さな小さな人間を───

 許すまじと、怒りを見せるのはキングベアの係累けいるいども!



 既に息絶えていた『王』の首を見て動揺するものも少数ないし…いる。



 だが、大半の子供たちは怒り狂い。孟吼たけほえる!



 バズゥを打たんとして、クルリと向きを変えたのは後方にいた十数頭───


 残りは仲間の怒声の意味すら分からず、柵の隙間から槍をチクチクと突き刺す小癪こしゃくな人間どもを威嚇いかくしていた。 



「はっはっは! こいや熊公ぉぉぉ! お前らの親はとんだ雑魚だったぞぉぉ!」

 チョイチョイと手であおり、『王』と『妃』の首を蹴り飛ばす。

 ゴロりと転がるソレ──


 デロンとだらしなく舌を突き出すキングベアの二親ふたおやたち…


 ゴロゴロゴロ…ピタリ、と止まる首を目で追っていたキングベアの視線が、生首からバズゥへと移行する。

 驚愕と悲しみが、まるで糸を引くように視線の軌跡を見せ───、それは怒りへと昇華されていき、バズゥへと向かう。

 その視線を受け止めると、バズゥは首を素早く拾い上げ、異次元収納袋アイテムボックスへと放り込む。



 グォアアアアアアア!!


 

 と、まるで返せぇぇぇぇ! とも、

 テメェェェェ! とも、取れる蛮声を聞きとげ、バズゥは不敵に笑う。


 だが、

 実は内心…

 焦っていた。


 考えたつもりで、策をめぐらせたが…


 この先の戦いまで考えていたわけではない。

 ただ、キングベアの注意を自分に向ければ、と。

 フォート・ラグダにかかる圧力を、下げるくらいはできるのでは、と。

 その程度の考え…


 故に、十数頭のキングベアを相手に勝ち目を考えていたわけではない。


 だからぁぁ…───


 男、バズゥ・ハイデマンは…逃げる!!


 逃げる!


 逃げる!


 熊相手に、背中を見せて・・・・・・逃げる!!



 それを見たキングベアは、一瞬硬直するが…

 逃げる背中を見て、本能的に追いすがる。



 待てコラァァァ! と聞こえてきそうな気がして、バズゥはチラリと振り返るが…

 すっさまじい速度で追いかけるキングべアの塊を見て、肝を冷やす。


「はっはっはぁぁぁぁ…狙い通りぃぃ!!」


 もちろんハッタリでかつ、強がりなのだが、キングベアに言っても始まらない。


 ドドドオドドドドと、時速60kmを越える速度を出せるキングベアの突進を、人間であるバズゥが振り切るのは無理だ。


 早々に諦めると迎撃態勢に!


 とは言え、馬鹿長い「那由多なゆた」の射撃は近接戦闘には凄まじく向いていない。

 故に、素早く銃口を引き寄せると、早号はやごうで装填、槊杖かるかで急いで突き固めると、銃剣を取り付ける。


 この間合いだと、弾は撃てて一発か二発! あとは槍として使うしかない。


 射撃技術はかなりの腕前だが、槍術などはバズゥのおよぶところではない。

 その技術は精々、鍛錬した歩兵レベル。

 それでも、そこらの冒険者よりはかなりの腕前なのだが、最前線では、ゴミ虫クラスと言える。


 なんとか構えて見せると、火皿に火薬を注ぎ、火蓋を開放したまま火縄に火を付ける。

 暴発の危険があるが、今は一々火蓋を占める時間すら惜しい。


 そうこうしているうちに、手近なキングベアの一頭はもう目と鼻の先。


 時速60kmで迫る金色の熊が正面を覆いつくす。


「舐めるな! 子熊ぁぁ!」

 ズドォォォォン!!


 と、一発。

 間髪入れず脇に逃れると、死してなお突っ込むその体躯をかわす。


 ゴリゴリゴリと、頭で地面を削りながら一撃で仕留められたキングベアの一頭がバズゥの脇を滑っていく。

 それを見届けることなく、バズゥは迫りくるもう一頭に銃剣を突き刺した。


 突進の勢いを受けて、銃身ではなく───バズゥの体がギシギシと悲鳴を上げている。

 その両足は、跡が地面にズズズ…と付くほどに突いた衝撃で後ろに押し下げられた。


 だが、その甲斐もあってキングベアは自らの衝突力で体深くまで銃剣をめり込ませ、苦悶くもんの声を上げる。

 急所を突いたわけではないので、即死には至らないが行動不能には違いない。


 しかし、銃身近くまでめり込んだ「那由多なゆた」は簡単に引き抜けない───


 バズゥは、突進を受け止めた拍子に発動したカウンタースキル『山との同化』が発動。すかさず『山の息吹』を併用し、気配を消す。

 だが、キングベアは野生動物…人間とは違い簡単には誤魔化せない。



 故に多重発動。

 猟師が獲物を狩るため、駆使するスキルの数々。

 本来なら山で使用してこそ本領を発揮するそれら。

 そして、こんなものに頼らざるを得ない状況。



 まるで、シナイ島だ──とバズゥは一人ごちる。



 スキル『静音歩行サイレントウォーク』『気配遮断』『偽装隠蔽』!!


 スゥゥゥ…気配と匂いが消えていく。

 

 それは、警戒したキングべア・・・・・・・・・には到底効かないかもしれない程度の、頼りのないもの…だが、


 興奮し、爆炎で嗅覚が鈍った彼らには有効だった。


 バズゥもそこまで狙っていたわけではないが、辛うじて巡らせた判断が功をそうしたようだ。


 行ける!!


 スラっと、鉈を抜くと無駄な動きをしないでまるで木のように静かに立つ。

 すると、キングベア達は突進の勢いそのまま…バズゥを見失い走りすぎていく。


 バズゥは、彼らを一度やり過すと──





 急停止した彼らの背後に近づき…一番後ろにいた一頭めがけて──────鉈を振り下ろした。




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