第62話「フォート・ラグダ攻防戦(矜持)」



 ──ズッッッッッドドォォッォォォォォォオオオオオオン!!!!




 猛烈な爆発と火柱が上がる。

 砕けたキングベアの肉片が、焼けた肉の匂いを放って飛び散る。

 それとともに、城壁もがれ落ち破片が舞い上がった。


 立つ続けに炸裂する砲弾に、何頭ものキングベアが吹き飛ばされたのが見えた。


 いくらキングベアが生物的に優れていても、人類は兵器という強力な道具を駆使して戦うことができる。そうでなければこの脅威だらけの世界では、とっくに人類は他の生物に食い尽くされているだろう。


 もっとも、その兵器とて覇王軍の前には形無しなわけだが…


 濛々もうもうと黒煙が立ち昇る城壁前。

 燃え盛る大地は地獄のごとき…



 ゴフーゴフー…

 グホッグォォォ、



 グォォォアアアと、重傷に苦しむキングベアに──バラバラになった死体…爆発の余波で混乱している個体も見える。



 見える、


 見えるが───



 キングべアはひるまない。

 

 現状、かなりの数のキングベアを撃ち倒したバズゥとフォート・ラグダ防衛戦力。

 最初の侵攻時に比べて、3分の1近い仲間を失ったキングベアは、ここで怖気づくかというとそうではない…


 むしろ、激高げっこうし───たける!!


 黒煙は大地と城壁を舐め、

 燃える地面は、グツグツと燃える魔女の釜の如き有様…そこから生み出される熱気と煙が視界を覆い隠す。


 バズゥの狙撃もこう視界が悪くては用をなさない。


 しばらくは援護できそうもないなと考えていると…


 ギ…

 ギギ…


 と、木材が軋むような音を聞いた。

 ──いや、文字通り木材の軋む音だ…

 


 ま、まさか…!?



 ィィ…───



 ギギギギギィィィィ……ズゥゥン……───



 ボファァっと、城塞方面から突如風が吹き出し…

 唐突に煙が晴れる。


 何事かと見れば───


 フォート・ラグダの正門は半面開放状態。

 さぁさ、団体さんいらっしゃい! といった状態に…

 

 確認するまでもない、フォート・ラグダの正門がついに破壊されたのだ。

 市のシンボルが刻印された紋章鮮やかな門扉は焼け焦げ───観音開きの門の片方は、既に外側に倒れ…もう片方は内側にゆっくりと倒れていく。


 かんぬきは弾け飛び、蝶番ちょうつがいは基部から壊れている。


 そして、残った扉も限界を迎えて…


 ギギギィィィとかしいでいき、…ズゥゥゥゥゥゥゥンン……───


 と爆発による煙を吹き飛ばしつつ、内部からふき出した市内の風が外部へと漏れ出した。

 それは爆炎を払うと同時に、餌の匂いを強く感じさせキングベア達を興奮させる。


 ゴォォアアアアアアアアア!!!!!


 何十頭ものキングベアが盛大に獣性を解き放つ瞬間だ。


「言わんこっちゃない!」

 砲弾に信管を取り付けただけの、炸裂弾による攻撃は効果的だが…味方への被害を考えない闘い方だ。素人ゆえと言ってしまえばそれまでだが…


 城壁上にはたしか、王国軍の兵もいたはずだぞ!?


 あーいや、言うまい…

 後方地域の王国軍の練度がどれほどかは、聞かずともわかる。

 大砲すら満足に扱えないのだから仕方がないだろう。


 しかし、これで市内での虐殺劇が幕開けとなる…


 城壁の防護があってようやくの防戦だというのに、そのアドバンテージを自ら放棄する様な戦い方。

 フォート・ラグダという、城塞都市とは名ばかりの一地方都市は、この日消えてなくなるのかもしれない。


 もし、そうなるならば…


 フォート・ラグダの冒険者ギルドが資金を出している、ポート・ナナンの冒険者ギルド『キナの店』…その借金の行方はどうなるのだろう。

 確か、キーファの持っていた証文では、連合がお墨付きを付けた正式な書類だが──それそのもので、キナと店を拘束するものではない。

 あくまでも───元本を保証するフォート・ラグダのギルドありきの証文だ。

 フォート・ラグダと…そのギルドが消えてしまえば、もしかすると…───


 いや、ひょっとしなくとも…借金は…───消える?


 少しでも援護を…と、駆け出そうとしたバズゥは思わず足を止める。


 かね


 かねだ。


 バズゥは、口を歪めると…ゆっくりときびすを返す。

 フォート・ラグダに背を向けて…───


 ここで、フォート・ラグダが滅びる可能性は限りなく高い。

 俺の援護がなければ…あの数のキングベアは防げまい。


 かね


 かねのためだ。


 俺が金のためにキングベアを狩る……それと何が違う?

 どちらも同じ命だ。


 どちらもキナと、俺たちの借金に帰結する。

 何も変わらない…


 キングベアの首を積み上げるのと…

 フォート・ラグダの市民の死体を積み上げる事と──何が違う?


 かね。───御金おかね


 そうだ、金だ。

 金になる死体キングベアだ。

 金を持っている死体フォート・ラグダ市民だ。


 …──同じ死体だ。


 俺が、シナイ島で散々見てきたはずの───それ。


 それがここでは金になる。

 しかも同量の金だ。


 キナと俺たちの今後を考えるなら…ここは去るべきだ。

 大体、あんな数のキングベア相手に狙撃じゃ追いつかないし、市内に入られた以上俺にできることなどほとんどない。


 だいたい何の義理がある?

 キナを借金責めにした連中の係累だぞ?


 かね


 金で、キナを追い詰めた連中の巣だ。 

 そんな奴らに返す金を稼ぐために、俺が危険を冒す必要が何処にある?


 金のために見捨てろ。

 金のために生きろ。

 金のために帰れ。

 金とキナ。

 金。


 かね

 かね

 かね

 金金金金金


 金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金!!!!


 かね


 金のため…に?


 バズゥ・ハイデマン…

 お前はそれでいいのか?

 金のためでいいのか?


 もし、


 もし本当に、フォート・ラグダが滅びたことで借金が消えてしまったとして…


 ──ヘレナや、住民が奮戦しているのを、一度は援護しておきながら…


 ──今も援護できる位置にいながら、それを見殺しにしたとして…


 ──浅ましくも、喜んでしまったとして…



 





 俺は、キナとエリンになんて言うんだ?







 なんて言うんだ?


 ナンテイエバイイ??


 ……


 …


 何食わぬ顔をして…

 あははは、フォート・ラグダが消えて借金が帳消しだよ。ラッキー…っていうのか??



 はっはぁー!! 


 ……


 …




 バカな!!




 あれほど、金でキナを縛るギルドと漁労組合と───…世界を呪っておいて!

 今さら、自分もその位置に立ち返ると?



 できるわけがない!

 できるわけがない!

 で・き・る・わ・け・が・な・い!


 

 いいさ。

 いいさ、

 いいさ──



 いいさ、いいさ、いいさ、いいさ、いいさ、いぃぃぃぃともさぁぁぁ!!


 あぁ、 


 いいさ、

 偽善さ、

 愚かさ、



 だけど、俺には譲れない一線がある。

 家族を大事にする・・・・・・・・以上に、家族に大事にされたい・・・・・・・・・・───


 だから、


 だから、家族に誇れる自分でありたい。

 カッコつけでも、間抜けでも、偽善者でもなんでもいい。

 

 どうせ、一度は家族エリンを置いて逃げた身さ。

 今さらどこに落ちようとも、これ以上…下なんてないだろう。

 

 でも、だからと言ってそれを言い訳にして見殺しにしたんじゃ、エリンを置いて戻ったことを正当化しているだけじゃないか!



 やるさ…

 やるさ…

 やってやるさ!!




 っし!

 パァン!


 両頬を一叩き、 


「ここでいい子にしてろよ…」

 キーファの愛馬を一撫でし、バズゥは武器を手に立ち上がる。


 コソコソ隠れて狙撃している場合じゃない。


 今はある意味チャンス。


 キングベアは、軒並のきなみ市内の突入に心を奪われている。

 ならば後背こうはいくのは容易。…狩り放題だ!


 ただし、もう一刻の猶予ゆうよもない。

 現に、既に市内に突入し始めたのか、城壁外のキングベアは正門へとその全てが移動している。


 金色の塊がごった返している様は、まるで黄金の山だが…それは人を喰らう悪鬼の群れでもある。


 いくら、狩りに慣れていようと…

 元勇者小隊だろうと…

 あの数のキングベアをまともに相手にしては、バズゥとて──腹に収まって……数日後には、う〇こと化すだろう。


 だが、それはやり様次第しだい


 いつでもそうだ…戦場でも狩場でも日常でも…思考を放棄すれば勝ち目などない。

 何も、俺が全てを相手にする必要はない。


 何頭か…欲を言えば半数以上を引きつけてやりたい…


 フォート・ラグダも生半なまなかな戦力を保持しているわけじゃない。

 今までは遠距離攻撃に終始していたが、近接戦闘になればすべての兵力が戦うことができる。


 地上でしか活用できないスキル持ちもいるだろう。

 全部の撃退は無理でも、半数くらいなら戦えるんじゃないか?

 だから、気張れよ…



 残りは俺が引きつける!



 そう決意して、バズゥは駆けていく…仕留めた大物───『王』のもとへ!

 すわ、駆け戻らんと!







 バズゥ・ハイデマンは駆ける!!!!!!






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