第55話「フォート・ラグダ攻防戦(前哨)」


 カァンカァンカァン!!!!!


 危急ききゅうを告げる鐘だ。

 かなり遠くまで聞こえるそれは、街道上から人を遠ざけ、兵士たちは持ち場へと駆けつける。

 商人たちは場を見極め、冒険者たちは酒場で酒をすすり、有志は自警団の事務所へを飛び込む。


 バズゥのあずかり知らぬところで街は大騒ぎになっているだろう───


「くそ! 早過ぎるぞ!」

 毒づくバズゥの耳にも当然それは聞こえる。


 本来なら市内での火事なんかを市民に警告するための物なのだが、別に火事に限ったことではない。

 緊急事態には打ち鳴らされるものだ。

 しかし、後方地域かつ厳重な警備と堅牢な城壁に囲まれたフォート・ラグダは平和そのもの。


 普段であれば火事くらしか活躍のない警鐘けいしょうは、今日にいたり本来の役割を果たすことになった。

 もっとも、「警鐘=火事」という認識のもと、市民がどれほど危機感をいだくかははなはだ疑問ではあるが…


 人の手の入った森を抜けた時───


 視界が開けて、目の前には収穫の終わった畑が飛び込んできた。

 まばらな人家も立ち並び動物避けの柵も作られてはいるのだが…


「こりゃ酷い…」


 よほどの勢いで突進していったのだろう。

 畑を囲う柵はところどころでぶち破られ、残った残骸がキィキィ…と頼りなく揺れている。

 柵の役目は一切果たせず、先にあった農家ですら何か巨大な力が加えられたかのように半壊し、血痕が土壁に飛び散っている。

 街道には横転した馬車が転がり、馬も御者も何かに…いや、キングベアに食いちぎられたのかグチャグチャになった状態でばら撒かれている。


 護衛にいたとおぼしき冒険者の装備は散らばっているが、彼らの死体はない…逃げたのだろう。


 街道を警邏けいらしていた市営の衛兵は勇敢に戦ったのか、首と胴が分かたれた状態で折り重なるようにして死んでいる。

 食害されずにいるのは、敵として排除されたらしい。


 そして、視線の先──正門は辛うじて閉ざされていた。

 通用門では、逃げ遅れた人々が殺到したのか…死体が折り重なりちょっとした山になっている。

 それらをボリボリとかじっているのは複数のキングベアの子供達。体躯たいくはやはり地羆グランドベアクラスでデカイほうだ。


 いくつかの小集団に分かれたキングベアは、城壁に群がり牙や爪を突き立ちかじり取ろうとしているが、それほど城壁はやわではない。


 しかし、堅牢に見えるフォート・ラグダの城壁も弱点はいくつかある。


 正門は、かつての本格的な城塞時代なら───鋼鉄と取りつき防止のスパイクがついていたと言うが…現在は開閉の容易さと装飾を意識して木製のものに取り換えられ、スパイクの代わりに市のシンボルである獅子が描かれているのみ…


 薄っぺらいそれに気付いたキングベアは、扉の向こうから漂う獲物に匂いに興奮してガリガリと爪を突き立てたり、またはその強力な突進力を生かしてガンガンと体当たりを敢行している。


 さらに、城壁にいくつかは老朽化のため補修がお座なりの箇所があり…そんなところには崩れた石が散乱してなんとなく階段状になっているため無理をすれば上ることができる。

 一応、馬留めを改良したスパイクを置いているが殆ど気休めだ。


 そしてなにより……兵が少なすぎる!!


 城壁の外で討ち死にした兵も多いらしく。

 城壁上に集結し始め、盛んに矢を射かけている兵の数は未だ数人。


 詰め所にはもっといるのかもしれないが…集結が遅い…遅すぎる。


 今にも破れそうな城壁に冷や冷やとしながらも、バズゥは冷静に場をながめる。

 慌てて加勢したとて、指揮系統の乱れがさらに増すだけだ。


 腐っても軍事機構──時間が立つにつれて徐々に組織って動けるようになる…はず。

 今は現場の指揮官が戦死したか、何らかの理由で不在なのだろう。下士官レベルでは動かせる兵力は精々10人程度だから、まだ時間がかかる。


 あとは、駐屯している王国軍が動き始めれば多少なりとも抗戦できる可能性はある。


 俺は、どうすべきか…


 群れ…というか、大家族のキングベア一家を統率しているのは、バズゥに手痛い一撃をくれたあの個体で間違いないだろう。

 すなわち『王』だ…


 今、城壁に群がるキングべアの一団を俯瞰ふかんしてみたが、奴の姿はどこにもない。

 また気配をって指揮、あるいは様子を見ているのかもしれないが…


 あの個体…『キング』が本気を出して正門を攻撃すれば、あっという間に突破されるはず

 子供たちに攻撃させて奴はどこへ…?


 駆けてきた勢いのまま、森と農地の切れ間で呼吸を整えながらバズゥは、冷静に現場を見る。

 完全に匂いは消すのは困難だが、農地と死体の匂いでバズゥの体臭もまぎれる事を期待する。


 もっとも、イヌよりも優れた嗅覚をもつクマ科の動物だ。

 そう簡単に誤魔化されてはくれないだろうが… 

 それでも、ここまで現場が荒れていれば多少は無理が効くはずだ。


 キングベアの一団は全てが全て城壁に取りついているらしく、農地や街道には一頭もいない。

 そして、姿が見えないのは群れの統率者たる『王』だけだ。

 多少なりとも『王』のそばに数匹いるかもしれないが、あの狡猾こうかつな『王』のこと…護衛なんかよりも単独で構えている方がよほど安心──とばかりに、一頭でいると考えられる。


 奴を仕留めれば、群れは瓦解がかい───するはず…


 そう考えて目を皿のようにして探す。

 『山の主』の効果は農地ゆえに半減しているようだ。

 そもそも、探知に引っかかるほど甘い相手でもないだろうが…


 と、


 ブフフフフゥゥ……


 馬のいななきを聞いた気がして視線を転じると、ペチャンコになった農家と家畜小屋の近くで誰かがキングベアと交戦中だ。


 それも…『王』と。



 ……


 …


 キ、キーファ?


 騎乗したまま、業物わざものらしい剣を振り回し、人馬一体となってキングベアの王と激戦を繰り広げている。

 存外、善戦しているらしく、キーファ自体は傷らしい傷を負っていないが、キングベアは幾度となく攻撃を受けたらしく、金色の毛が朱に染まっていた。


「なるほど…」

 戦場をてらう傾向はあったようだが、平地での戦いなら聖騎士ホーリーナイトにも一日の長があるようだ。


 ──というより、山というフィールドが…あまりにも騎士向きではなかったのだろう。


 次々に繰り出すスキルと剣技に、キングベアも有効打を繰り出せないのか防戦一方だ。

 しかし、チクチクとダメージを受けているがキングベア自体は、致命傷を負っているわけでもなく動きに精彩さは欠けることなく、防戦でありながらなお──動きが洗練されていく。


 見守るうちにキーファの攻撃がかわされる場面が生起し始めた。

 時折、ヒヤリとするほどきわどい一撃がキーファをかすめる。


 チ……


 援護してやりたいが──ああも動き回られれば、銃での援護は難しい。

 流石さすがに、鉈を手に乱入して助けてやるほど…バズゥとて白兵戦が得意というわけではない。


 こと、上級職とキングベアの戦いに割って入って貢献こうけんできるとは思えない。

 勿論もちろん負ける気もしないが、連携も覚束おぼつかない二人が戦場に立ったとしてそれは1+1=2とはならない。

 場合によっては邪魔になり、かえって形勢が不利になることもある。


 ならば、今できることはただ一つ。


 『王』はキーファに任せてバズゥはフォート・ラグダの援護に徹する。

 このままでは、フォート・ラグダの正門は落ちてしまう。

 衛兵達では妨害はできても、正門に群がるキングベアの子供達を駆逐することはできないだろう。


 バズゥは己のやるべきことを再認識すると、荷物を置き、装具を再点検して戦いの準備を進める。

 本日二度目の大戦闘だ。


 森と農地のさかいから、フォート・ラグダの城壁まで約400m…

 猟銃の射程圏とは言いがたい───


 だが、ここより先に進めば『王』に気付かれる…

 キングベアの子供達とて、『王』の声を聞けばせ参じるだろう。

 

 だから、何とかここで狙撃しなければならない。

 連射の効かない猟銃での戦いだ。

 一発撃てば、音と煙でバレるし…装填時には大きな隙ができる。


 だからこそ、安全圏から隠れてコソコソ撃つしか能がない…───それがバズゥ本来の戦い方。


 剣でもなく、槍でもなく、矢でもなく、魔法でもなく、小銃でもない───

 隠れて獲物を狙う猟師…


 例え射程圏外でも、

 安全と確実と──不意奇襲を狙うためには、射程圏と言い難くともやらねばならない…


 やらねばならないのだ。


 そう…普通なら届かないと…射程圏外とも言ったところで───

 …弾が届かないわけではない、と。


 無理と無茶は承知のうえ。

 猟師が戦場に立つのだ。リスクは十分に理解している。

 ───嫌というほど知っている。


 猟銃の射撃というのは、様々な要因で空中に飛び出した球は弾道が変化し──狙った場所に落ちてくれない。

 くれないが…400m程度なら、所謂いわゆる最大射程としては十分に飛ぶ距離。


 ただ、狙って当てられる・・・・・・・・有効射程としては、まったくもって不可能な距離だ。


 軍隊なら何十丁もの小銃ライフルをズラリと並べて、闇雲に撃てば当たるかもしれないという距離。

 小銃ライフルでも、一丁一丁で狙うのははなから無理と諦める射程距離だ。






 そう、普通の銃ならば───





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