第40話「一番風呂」

 ファイルと睨めっ子をし始めてかなりの時間がたつ。


 冒険者ぼんくらどもの傾向を把握する為に読んでいるわけだが、まぁろくでもない経歴ばかり。

 いい加減読んでいてうんざりする。




 あーだめだ!


 眼が痛い…




 バズゥは、冒険者のファイルを放り出すと、大きく体を伸ばす。

 文字を読む作業は頭が疲れる。


 幼少期に習っていないものだから、イマイチ文字というものに慣れない。

 読めはするが、好んで読むものではないな。


「あー…ちょっと休憩するか」

「うんっ!」

 キナはどこか嬉しそうに、バズゥのためにお酒と肴を準備している。

 ある程度整理した冒険者の特性に応じた依頼書クエストを、それぞれの個人情報の乗ったページに挟んでいく。


 あとは、もう少しだけ整理して、今日か明日にでも冒険者ぼんくらどもに渡してやるだけだ。

 それが済めば、俺も明日からは『キングベア討伐』に向かう。


 一日で済めばいいが、そうでないなら不在間はキナだけになる。

 それはちょっと不安だが…俺とて四六時中キナと居れるわけではなし。勇者小隊のバズゥ・ハイデマンのネームバリューが使えるうちに、冒険者どもに逆らうなアンタッチャブル──の風潮を叩き込んで置いてよかった。


 流石に、俺が数日姿を見せないだけで狼藉ろうぜきを働く奴はいない…と、思いたい。


 キングベア狩りは、一夕いっせきで終わるものではないだろう。

 個体または群れの捜索に数日かかるかもしれない。


 ポート・ナナンの山々は熟知しているが、しているだけにその困難さも同時に知っている。


 さて、そうと決まればちょこっとだけ──俺ものんびりさせて貰うかな。


 キナと作業をしつつ、文字に頭を悩ませている内に───冒険者どもは宿が取れるものは村の中へ、そうでない奴は、早々はやばやとイスとテーブルを占拠して寝る準備だ。


 豪快だねぇ。幾人か姿の見えない冒険者どもは村の中心街にでもいったかな?


 ちょっとした雑貨屋くらいしかないが、ここに居ても酒を飲む以外にやることはない。

 そして、金のない奴に酒を出す気はない!


 よって、バズゥが睨みを利かせる中で酒を飲んでドンチャンできるほど懐の温かい奴はさっさと宿に引き上げるか、隅っこでチビチビ飲んでいた。


 中には漁師連中もいつの間にかシレっと交じっていやがる。

 漁師連中にはあとで釘を刺しておかないとな。

 オヤッサンが来てくれれば良かったんだが、今日はまだ顔を見ていない。


 昨日ちょこっとめたしな、オヤッサンも空気を読んだのかも…──ないな。


 まぁ、いいや。キナの作ってくれた酒と肴を盆にのせると、

「ちょっと、ひとっ風呂浴びて来るな~」

 と、言い置いて店を後にする。

 キナは笑顔で見送ると、店の運営に戻る。

 随分ずいぶんとその姿は様になっていた。


 たかられていたとはいえ、長年一人で切り盛りしていたのだ。

 堂に入った姿はギルドマスターよりも、やはり酒屋の女将といったイメージがしっくりと来る。


 ふ、と口角こうかくゆるむのを感じながら盆を片手に夕日酒と洒落込しゃれこむことにする。


 沸かした湯も、いい感じの温度に熱されているだろう。


 ふんふん♪ と鼻歌も軽やかに、住居部に入ると鉈を適当に放り出して、かわりに着替えを小脇にはさむと、勝手口から外へでる。


 薪置き場に寄る必要がなければ、こっちから出たほうが風呂場は近い…──ん?


 家の影に潜む影が三つ。


「おぉ~…」「すげぇ~…」「ちょっと見えないよ!」

「「静かにしろ!」」「悪い…」

 

 と、なにやら悪企みでもしているかのような影は───ジーマパーティの3バカ男子だ。


「何やってんだお前等?」


 ビック~ン!

 と一斉に震えるのは、乙丙丁の順に雑魚3人。


「ばばばば、バズゥさん! シィー! 今はシィー!」───コクコクコクと残り二人。


 はぁ?


「いいからどけっ! 俺は風呂に入るんだよ」

 脚で蹴り転がす様に邪魔な3バカをどかすと、ズンズンと風呂場に直行。


 夕日がえている。


 手に持つ盆の上の濁った酒に赤い夕陽が映り込み、小さな波紋にあわせてまるで血のようだ。

 だが美しい…


 久しぶりの風呂だ…──な、と?


 バシャッと水音。

 漂う石鹸の香り。

 湯気にけぶる人影…


 鼻歌交じりの歌声は高く、美しい旋律せんりつで…──女の声。若い。


「い~いわ~お風呂さいこ~♪ ふんふんふ~………」

 ピタリと止まる鼻歌。


 冷える海風が、潮の香りとともに湯気を洗い流していく。


「……」


 張りのある肢体が目を引く。

 白いソレは若く瑞々しく、お湯のソレを弾いて尚、つややかに輝く。


 デッカイそれは我こそは頂点にありと主張してやまない。






 だからなんだ?






 じっくりと鑑賞した後、バズゥは表情を変えずに盆と着替えを持ったままズンズンと歩いて風呂の前に立つと、


「キ」ャ…


 ジーマその人が何かを言う前に、盆を湯船の近くに、着替えを棚に置き───


「誰に断って風呂に入っとんねんんん!!!!!」


 グワシと、顔面を片手で掴んで湯船から引っ張り出す。


「アダダダダダダダダダダ!!!」


 片手で胸を隠し───隠しきれてるんだか、ないんだか。

 片足で大事なところを隠し、開いた手でバズゥの拘束を外そうともがく。


 もう片方の脚は、バズゥをゲシゲシと蹴り飛ばしているが効くわけがない。


「いだいいだいいだいいだい!! は~な~し~てぇぇぇ!!」


 ギ~リギリギリと顔面ロック。

 すっばらしくも、あられもない姿を晒すジーマ。

 覗きでもしていたらしい3バカは「おぉぉ」とか言っている。──助けてやれや…。


「だ・れ・に・こ・と・わっ・て・風・呂・に・は・いっ・て・ん・の?」


 ゆ~~っくりと、聞こえるように話してやる。

 もう、なんか色々凄いことになってるが、知らんがな。


「い~だ~い~!! うぅぅ…うわぁぁぁぁん…!!」


 泣いても許しません!


「聞・い・て・る・こ・と・に・答・え・な・さ・い!」


 ギュリリリリと、手が美しい顔にめり込み、すっごい不細工な顔になる。


「ごめんなひゃい…勝手に使ってますぅぅ」

 エグエグと泣きながらジーマちゃん自白。

「いつも?」

 うわわわ~ん…と本気で泣きつつ。

「いづもでずぅ…」

 涙と鼻水と涎でバズゥの手はベッチャチャ…だが容赦せん!

「お金は?」

「へ? お金ぇぇ?? 払ったことないですぅ…」

 ようやく拘束を解くと、ドッパァァンと湯船に落ちるジーマ。

 水面に鼻水がドロ~ンと浮き、バズゥの手は糸を引くそれらでドロドロ…

「うぅぅ…いっっったぁぁぁい! 何すんのよ!!」

 湯船で体を隠しつつ、両手を使って防御姿勢。

 バズゥはニコッと笑って、

「キナが準備してたんだろ」

「そ、そりゃ…あの子だって使うんだし…」

 バズゥが準備した湯を躊躇ためらいなく使っている様子から察してはいたが、冒険者連中は風呂までキナに準備させて使っていたらしい。


 あの足の不自由な子にだ。


「で? 金は払ったことがないと??」


 詰問するバズゥの様子に不穏なものを感じるジーマ。

 覗きどころか、風呂場に直行ダイレクトアタックされているというのに非難するタイミングすらない。


「だだだだ、だって皆で使っているし、…それに私だけじゃ──」


 んなことは関係ない!!!


「ジィィィマちゃぁぁん」

 笑顔の凍った状態のバズゥ・ハイデマン。その人。


「あ、あ、あ、ぁぁあい…なんでしょうか?」

 湯に入っているはずなのに、ダーラダラと冷や汗を掻くジーマ先生ぇ。


「ふ──」

「ふ?」


 バズゥは一拍置くと、


「風呂もタダじゃないんじゃ、ボォォケェェェェェ!!!」


 ジーマの首根っこをむんずと掴むと、


「ぎゃぁぁぁああああ!! 見るな見るなぁぁ!!」


 ザバァァァと水滴を盛大に滴らせたジーマをぉぉ──────


「薪とか、石鹸とかなぁぁぁ!! 金ぇぇぇ払えやぁぁぁ!!!」


 ブングと、ぶっ飛ばす!!


「あ~~~~~~れぇぇぇ~~~~~~」


 スッゴイ格好でというか「大」の字でぶっ飛んでいくジーマさん。NOクローズ、in服は脱衣所。


 要は、──たぶん裸で、3バカのところへ。


「ジィィィマァァ!!」

 ケント君が飛び出し、キャッチ、そのままゴロゴロと転がりそうになるのをシェイ&ウルが支える。


「ギャアアア! なんでアンタらいるのよ! 見るな見るなぁぁ! あ、こらドサクサに揉むな触るな吸うなぁぁぁぁ」


 はっはっは。


 ……あとできっちり請求しますよ──全員な!!!!


 ったく…ホンと厚かましい連中だ。


 バタバタと騒がしい3バカ改め4バカを他所よそに、さっさと服を脱ぐと、棚に仕舞う。

 勇者軍の制服はボロボロだ…さすがに匂うし後で洗濯だな。


 軍隊じゃ洗濯も裁縫も自分でするんですよ?


 さて、と。

 桶を取り、湯船から湯を掬うと体にぶっ掛け、身を清める。

 風呂場に据え付けてある簀子スノコの上で頭、体と湯を被り、十分血行を促進したならば、備え付けの手作り石鹸を取り、手拭てぬぐいに泡を起こしていく。

 十分に泡立つと、それで体を擦る。


 おーおーおー…ドロドロだな。


 なかなか、ちょっと驚きの黒さだ。


 ゴ~シゴシと満遍まんべんなく体を洗うと、湯で洗い流す。

 さっぱりしたぁ~…


 ジーマのせいでちょっと汚れた気のする湯船だが…まぁいい。

 せっかくの一番風呂を奪われたのは業腹ごうはらだが、言っても仕方あるまい。


 風呂の代金をどうしようかな~っと、俗物的な考えに頭を染めながら、温かい湯船に身を沈めていく。


 木の風呂独特のぬめりを足裏に感じながらも、久しぶりの我が家の湯を楽しむ。


 昔はずっと見続けていたオーシャンビューが、今堂々と目の前に壮大に広がっていた。

 沈む夕日が海に赤い梯子はしごを掛けていく。


 傍らの酒に手を伸ばすと口に付ける。

 


 旨い──



 滋味深い味わいのあるそれは、キナ特製の濁酒どぶろく。ウチの目玉商品だ。


 それに合わせた緑豆の魚醤漬け。

 緑と黒が交じり茶色になったソレを口に運ぶと、ほろりと崩れる。

 魚醤の味わいに、豆の風味が絡まり舌に残った酒の苦みと混ざる。



 旨い──



 何を食べても旨いが、

 キナの料理はとても旨いが、

 風呂場で飲む酒はとても旨いが、


 この場で夕陽を見ながら飲む酒と、キナの作ったツマミは最ッ高に旨い。



 故郷はこれほどまでに美しく、良い所だ。


 腐った世界、

 冷たい世間、

 奪われた肉親…


 あぁ、薄汚れた世界に乾杯。


 ボゥっ、とアルコールと湯に侵された頭に血が上る。

 赤くなった顔で、エリンがどう過ごしているか──不安とともに夢想する。


 大丈夫かな…


 大丈夫なわけないよな…


 こんなに楽で快適に過ごしている自分に少し、嫌悪感を感じつつも、目の前の景色とこの空間に小さな幸せを感じている自分がいる。


 いいのかな。

 こんな風に感じていて…


「バズゥ? 何かあったの? さっき凄い声が…」


 ヒョコヒョコと不自由な足を引き摺りキナが顔を見せる。


「あ、ごめん。お風呂だよね」

 湯船に浸かるバズゥに気付き、顔を朱に染めてキナが引き返そうとする。


「キナ」

 バズゥはキナを手招きすると、近くへ寄せる。


「バ、バズゥ?」

 ちょっと驚いた顔をしたものの、キナは黙って従いバズゥのそばに腰を下ろす。

 風呂の脇も濡れているので、草色の割烹着が濡れてしまったがあまり気にするそぶりはない。


 新しく注いだ酒をキナに差し出す。


 小さな手で受け取ると、キナは少し口に含み──礼を言ってバズゥに返した。


「綺麗だな──」


 沈みゆく夕日に目を向ける二人。


「えぇ…今日の夕日…とっても綺麗───」


 杯を傾け喉を焼くと、再びキナに渡す。

 受け取ったキナも一口。


「なぁ、キナ。…たまにはこうして呑もうな」

「えぇ…バズゥとならいつでも…どこでも」


 酒のせいか心なし顔が赤らむキナ。


「そういえばキナ」

「何?」


 ……


 …


冒険者ぼんくらどもに風呂使わせてたの?」


 …


「あ、アハハ…」


 いや、アハハでなくて、


「そ、その…汗かいたから貸してって言われて…その、」

 あ~…なるほど、最初はちょっとした善意から。

 あとはなし崩し的にたかられたと…


「アイツ等は手伝ったのか?」


 キョロキョロを目が泳ぐキナ。


 はーやっぱり…


「もう、何があっても驚かなくなって来たわ」

 杯を空け、さらに注ぐ。

 グィィと一気に飲むとアルコールによって血行が良くなり、風呂の温度と共に頭に血が上る感覚が分かる。

「で、でもたまに…自分で沸かす人も…ボイラー壊しちゃったけど…」


 あー…もー…

 ホント冒険者って連中はどうしようもないな。


「キナ」

「はぃぃ…」


 シュンとしたキナ。

 正直…キナはもっとしっかりとした子だと思っていた。

 だから店を任せたし、留守を頼んだ。


 少なくともエリンにとっては親わりだったはず。


 だが実際は、キナはただの気の弱い、心優しい少女でしかなかった。

 お金の請求もできずに、嫌なことを嫌とも言えない───


 誰かが傍にいなければならない子…エルフのようだから聡明だと、長命だから落ち着いていると、そう勝手に解釈していたのかもしれない。

 なんだかんだ言ってバズゥも家族のことを理解していなかった。

 それが今の事態を引き起こした。

 

 だが、まだ取り返しはつくさ。


「取りあえず…風呂使ったやつと壊した奴からは金をとるぞ…今後もな」

 どうしようと…うつむきつつもキナはうなづく。


 キナからすれば金・金・金、と銭ゲバめいた請求が心苦しくもあるのだろう。

 俺からすれば当たり前の感覚なのだが、キナはどうしても人の顔色を見てしまうようだ。


「なんだかんだ言って、ちゃんと覚えているんだろ?」

 だが、優秀なキナちゃんのこと──

「う、うん…」

 やっぱりちゃんと覚えてました。

 それをもとに風呂代も請求してやる。


 ぼったくりにならない程度にギルドの規定か、一般的な宿の風呂代程度は請求してもいいだろう。

 ケチすぎる?

 違うね…正当な要求です。薪も石鹸もタダじゃないし、キナの人件費だってあると思えば──至極しごく妥当。払って当然の話。


 場末の酒場に風呂があるだけでも大したもんなんだぞ?

 まぁ、いつものごとく姉貴のこだわりから作ったもの。

 と、いいつつも…実はこのお風呂、この店を買い取った時に原型は一応あったから改修しただけとも言える──


 いや、今それはどうでもいい。


 さて、上がるか。


 ザバァァァ…


「ちょ、ちょ、ちょっとバズゥぅぅ」

 アワアワとキナが慌てる。


 ん?


「前、前ぇぇ隠して!」


 隙間だらけの手で、顔を覆ったふりのキナ。

 真っ赤っかになった顔でガン見しつつも、後ずさる。


「何よキナ? あ、これあの女…ジーマに返しといて」

 棚に残っていたジーマの服をキナに渡すと、彼女は後ろ手に受け取ると慌てて風呂から去っていった。


 ふぅ~…いい湯だったぜ。


 手早く体を拭くと、着替えに袖を通していく。

 勇者軍の制服は洗濯だな。


 家での私服である甚平じんべえに着替えると、石鹸の泡の残る桶をもって、近場にある洗濯桶に湯を移し替える。

 残り湯も有効活用だ。


 ドロドロの制服を湯にひたし、大雑把に湯がいて置く。

 すぐに洗うよりこうして時間をおいて汚れを浮かせた方が洗いやすい。


 さて、と。


 着替え終わり、頭に手拭いを巻き付けると如何にも酒屋のオッサン的な雰囲気そのままに酒とツマミの乗った盆を手に店に戻るバズゥであった。





 はっはっは。

 風呂は最高なり。





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