勇者小隊3「彼の者来たり!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ───
巨大な隕石と見まごうばかりの赤熱した岩石が、
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
バチバチバチバチバチ…!!!!!
ファマックの
近づくだけでも、その余波で体をバラバラに引き裂かれそうになる。
覇王軍の
その余波は凄まじい…!
砦の上部構造物が全て吹き飛び、跡形もない。
人もその延長にいれば、無事ではいられないだろう。
事実ファマックも、皮膚がそこかしこで破れ──血だらけだ。
近くで控えているクリスが回復魔法で、逐次治療を行っているが…焼け石に水と言った有様。それでもないよりかは
「
近くで
大した時間は稼げないと言っていた割には、かれこれ3時間。
それでも、まだまだぁ! と踏ん張る老骨に、クリスでなくとも止めたくなるだろう。
「クリス! ふざけたことを言うな!!
エルランの瞳にあるのは狂気そのもの。
知り合いで、比較的仲の良いはずであるファマックに──死ぬまでやれと平気で言える男だ。
「エルラン! ここでファマック殿が戦死したら我々はどの道──もたん!!」
えぇい、何故わからん! とクリスは
「黙れ! 爺さんはこれで余裕を持って戦うことができる男だ。女が口を挿むな!!」
この期に及んで女も男もあるものか!
クリスはそう切り出したかったが、この男との繰り言に付き合うのは時間の無駄だと、さすがに学習した。
クソ! エルランめ…!
この男はこれで勇者小隊の初期メンバー…途中から加わったクリスからすれば、一応は先輩にあたる。
そのこともあってか一線を引いて接してきたため、エルランの増長を招いてしまった。
それがバズゥの除籍にもつながる遠因なのだが…実際、エリンやバズゥを除けば当初から生き残っている貴重な人材でもある。
創設時は、30人からなる英雄を結集した勇者小隊。
無敵とすら思われたが、それをも上回る覇王軍の精鋭たち。
勇者の制圧力をもってしても、
国の垣根も越え、ギルドや宗教の枠組みさえ乗り越えたと言えば聞こえばいいが…所詮は
仕方なく共闘しているに過ぎない。
初期の頃は、欠員がでれば代わりの精鋭を送り込んで補充に余念のなかった各国も───恐ろしい死傷率に戦慄し、自国の優良戦力である英雄を送り出すことに渋るようになった。
それでも、
そんな中で生き残ってきたのだ…多少なりとも性格に
それが、エルランをして自信になるとともに──恐怖にもなった…
元々がこんな性格だったのか、クリスは知らない。
だが、今のエルランは手が付けられない狂犬だ。
「
ウォォォォォォォ!! と
早晩、ファマックは限界を迎える。余力があるうちにクリスと交代すべきだ。
「交代する!! 当て身、御免!」
シュ…ドスンと、ファマックの首筋に鋭い一撃を加えると、クリスは素早く『
無理やりファマックと交代したはいいが、凄まじい魔導の威力だ。
『
気を抜けば吹き飛びそうだ。
ファマックはこれを3時間もぉぉぉぉ!! がぁぁっぁあ!!
ゴフっと、血を吐くクリスに──エルランが何か叫んでいるが、もはや聞こえない。
「うぉぉぉぉぉぉああああああああああ!!!!!」
一度は崩れそうになった姿勢を戻し、長期持久体制に!!
ギパン、カィン、パッシン───と、鎧や装具がはじけ飛ぶ。
肌着すらボロボロになり、美しい肌に幾筋も亀裂が走る。
ブシャァァと血が噴き出すが、治療魔法を唱える暇もない。
血とともに、体力気力魔力がドクドクと流れていく様だ…
だが、これしきぃぃぃぃぃ!!!
少なくとも、ファマックが回復するまではぁぁ!
がああああああああああ!!!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!!
クリスは耐える。
クリスは耐える。
クリスは耐える。
その様子を、エルランは
ファマックの回復を、とクリスは
ローテーションを組んで対処すればいいと思っているようだが…甘い。
ファマックはもう使えない。
魔力はポーションである程度回復できるが、気力と体力はそう簡単にはいかない。
特に気力だ。
一度、その緊迫した現場から抜けてしまうと、二度と同じ鉄火場に踏み込むことなどできるものか!
「ファマック! あー…くそ…大丈夫か?」
エルランは息も絶え絶えになったファマックに肩を貸し、
ゼィゼィと息をするファマックは、
「お、お水です」
パッと見子供にしか見えないシャンティが水筒を差し出す。
「おぉ~ありがとうよ…」
ヨロヨロと受け取ったファマックは喉を鳴らして、上手そうに水を干していく。
「っかぁぁぁぁ! 旨いの~」
一気に飲み干したあと、礼を言って水筒を返す。
「ファマック大丈夫? 顔色悪いよ?」
クリクリとした目を向けるシャンティは、ファマックの脚に
その様子を目を細めて、まるで孫も見るかのような視線で、
「おーおー、ホビット族の神童が
カッカッカと、笑い無事をアピールするファマック。その背後でクリスが「うぉぉぉ」と叫んで
彼女が倒れれば、ここは一瞬で蒸発するだろう。
「神童だなんんて…ただの
寂しそうな眼をしたシャンティはポツリと呟き、目を伏せて去っていく。
「あー悪いこと言ったかの?」
「どーでもいい」
エルランは心底興味なさげに吐き捨てる。
シャンティは──ホビットでありながら、人との混血という中々特殊な血筋であり、早々簡単な問題ではないのだろう。
とはいえ、今の絶体絶命の状況でする話題でもない。
その点エルランは現実的だ。
「で…次の交代なんてできるのか?」
マジックポーションの特別高価な奴をファマックに渡しながら、エルランは聞く。
「やってやれんこともないだろうが……ま、」
一拍置くと──
「次はせいぜい2、30分てところかの…?」
な、
なんだと! と叫びたくなったエルランだが、それを飲み込む。
もともと、2時間が限度と言っていたのだ。
「くそ…ここまでか!」
「かっかっか! お前もソロソロ年貢の納め時だの」
何をー! とエルランはファマックを睨む。
「その時は
エルランは精いっぱいの皮肉を込めて言ったつもりだが──
「わし一人だけなら何とでもできるわい」
……
…
「…爺さん…一人で逃げる気か!?」
エルランはファマックの
「離さんかバカたれ! …全員で死んでどうする? お前も最後まで
ぐ…
その通りだった。
エルランはクリスの限界が近づいて来るのを見計らって、脱出を試みようと準備していた。
一応、直前にゴドワンや、シャンティ、ミーナにも声を掛けるつもりだが、今すぐにではない。
なにせ、それは
それを考えているのはファマックも同様。
あと、2、30分はレジスト出来るということは、それくらいには魔力に余力を残しているのだ。
つまりこの場で勇者小隊では、確実に死ぬことが決まっているのは……
クリスただ一人。
エルランは、既に階下の勇者軍の生き残りと、最後の突破を行うべく調整済みだ。
当然、全員で
だが、彼らも助かる道が万に一つでもあるならと素直に応じている。
ならば、もはや時間の猶予など一刻もない。
クリスが耐えられるのは1時間といった。
だから、どうする?
1時間後の行動開始?
…バカな。
実際、その影響を考慮したのか、あれほど猛攻撃を加えていた覇王軍尖兵は現在後退している。
当然、包囲はされているだろうが、今なら脱出は容易だ。
勇者軍の生き残りも集結できている。各施設の生き残りの大半は、この望楼の階下に集めてあった。
未だ敵の接触を受けている、離れた施設の兵はどうしようもないが、それでも思ったより多くの兵が集まったことは嬉しい誤算だ。
彼らを上手く使えば包囲を脱することもできるかもしれない。
ならば…そろそろ、行動を開始する頃合いだな。
ここに至り、エルランとファマックは視線を合わせた。
お互い良く知っている。
違う方法で生き残りを賭けるのだ。
クリスを見捨てるという選択肢だけは
あの脳筋女は精々英雄にでも、軍神にでもしてやるさ、とばかりエルランはクリスの横顔を
「結局…あのガキは戻ってこなかったな」
「お前のせいじゃろうが?」
ヒョホホホとファマックは事もなげに言う。
「協力しておいてよく言う」
ケッと、エルランはファマックに
「そりゃ付き合いも長いしの…帝国の方針でもあるて」
何でもないように言うファマック。
「爺さんいつから愛国者になったんだ? あんたの口から国の名前が出るなんてな?」
「カッカッカ…わしも年じゃ…引退を考えると、どこかの国に良待遇で
カッカッカと事もなげに語る内容は、
「爺さんは、山奥で
「お前さんにだけは言われたくないわい…で、エリンはお前に
バズゥ排除の、目的の
「小娘一人
「
カッカッカと
「うるせぇ! それにウチの御国もバズゥは排除したがってたよ…王国の手柄が増えるのが気に食わんとさ」
連合軍は、共闘しながらも足を引っ張り合っている。
その手先になるのが前線の兵であり、勇者小隊は
「まぁ、勇者に続いてもう一人英雄に準ずるものを提供しているとなると、王国は増長するわな」
「チ…まったくだ…。あんな中級職のカスが俺達と同列だとよ」
心底、あり得ないと───
心外だとエルランハは
「はぁぁぁん? エルラン…お前バズゥに
何かに気付いたようなファマックに、
「な、なに!?」
何を言っているんだ? とばかりにエルランが目をむく。
「俺が、あのカスに嫉妬するわけないだろうが!?」
「カッカッカ! 若いのぅ…ま、そのうち気付くじゃろうて…」
「あ? おい、
教えろとばかりに、ファマックの肩を掴もうとしたエルラン。
「ひょっほほお~、自分で気付けや、カッカッカ」
ヌルりと抜け出すと、老体とは思えない素早い動きで距離を取ると、目立たぬ位置で詠唱を開始する。
疲れ切って、絶望している勇者小隊の面々はそれに気付かない。
「では、儂は先に行くぞぃ…『
ボフっと、ファマックを中心に黒い霧が生まれると…
「ファマックめ…」
エルランの呆れた視線の先には、覇王軍の八家将の一人…鬼籍に入ったエビリアタンの姿のそれだ。
要塞の瓦礫の影で、エビリアタンとなった巨体を上手く隠しているファマックだが…
「生き汚い爺さんだな…あー、わかったわかった、いいから行け! 運が良ければまたどこかで会うだろうさ」
〝言うようになったな…エルラン”
エビリアタンそのものの口調で話すファマック。
彼の
腐っても長い付き合いの二人は、互いの手の内をある程度知っていた。
「いつ見ても見事だが…どうせなら、『
〝無茶を言うな…本物そのものに
ファマック曰く、魔力を消費しながら転写する『
エビリアタンを『
「で、それか…?」
そう。
一方、『
姿形と匂いに、声までも再現できるが、記憶や、スキルや魔法なんかは何一つコピーできない。
せいぜいが、こけ脅しに使える程度のユニーク魔法だ。
「前線突破に、仮装で挑むとはな」
エルランは呆れたような口調だ。
〝覇王軍もバカではない…エビリアタンが突然現れれば、
そりゃそうだ。
〝だが、前線の兵はそうは行くまいて…将校の混乱があれば尚良いが…そうでなくと、戦線は乱れる”
それこそが狙い目だと。
「フン…伊達に歳は喰ってないよな。ま、あんたのしたいようにすればいいさ」
エルランはそれっきり興味を失ったように、ファマックが扮しているエビリアタンに背を向けた。
〝では…な。生きていれば、また……む!?”
エビリアタンの姿で、突如動揺を見せるファマック。
その様子に、目線だけを向けると、
「どうした爺さん? 尿から糖でも出たか?」
不治の病にでも
「聞け! エルラン…あそこだ!」
突如、変化を解いたファマックが階下の要塞群を指し示す。
「何だいきなり? 自慢の仮装が恥ずかしくなったのか?」
一々
「茶化すな! 聞け、エルラン……歌が聞こえるだろう?」
歌だぁ?
……
…
──おぉ、勇者!
──我らが勇者!
──世界の勇者!
勇者勇者勇者!!
その身を世界に捧げよ、勇者!
魔王を滅ぼせし勇者よ…勇者!
我らを救いたまえよ勇者!!!
──おぉ、勇者!
──我らが勇者!
──世界の勇者!
……
…
「
エルランの耳に届いたのは、勇者と勇者小隊を称える歌だ。
士気高揚と宣伝効果を期待したもので、勇者小隊結成後に著明な作曲家と歌手に作らせたものだ。
各国で盛んに歌われたとか…?
それがこの地獄の一丁目、死と隣り合わせのシナイ島戦線の前線も前線、むしろ
「…兵どもは気でも触れたのか?」
エルランは首を傾げるが…
「バカを言うでないわ」
カカカと、事もなげに言い放つファマックは楽しげだ。
「来よったのさ!」
ズッカァァァァァァァァァァッァンンン!!!
遥か彼方で土煙が立ち上る。
覇王軍が占拠し、砲撃の避難場所として立てこもっていた兵舎が吹き飛ぶ。
建物の破片に交じり、覇王軍の傭兵と魔族の欠片が宙を舞っていた。
「な、な…ま、まさか!?」
階下から歓声が沸き起こる。
そして歓声は歌声に替わる。
───おぉぉぉぉぁぁぁ勇者!!!
───わぁぁぁぁれらが勇者!!!
───せぇぇぇぇかいの勇者!!!
離れた施設でも、生き残りが声の限り──叫び、宣い、詠う!!!
謳う
謡う
唄う
歌う歌う歌う!!!!
勇者ぁぁっぁぁ!!!
勇者ぁぁっぁ!!!!
ゆうううううううううしゃあああああああああああ!!!!!!!!!
オおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!
生き残りの兵が心の限り、命の限り、来世の限りを尽くして叫ぶ、歌う、呼ぶ!!!
勇者を!!!!
ガゴッォォォォォォン!!!!!!
覇王軍が陣取る城壁が吹き飛ぶ………
並居る陣形が散り散りの、粉々に潰れていく。
攻城兵器群が崩れ…遠距離魔法兵たちが血まみれになる。
前線まで出張っていた八家将のひとり、「チーインバーゥ」が四肢を切り割かれ、頭を割られて地面の染みになる…
「相変わらず凄まじいのぉぉ!!」
ホホホホと
クリスが、「ガァァァァァッァァァッァ!」と叫んで、必死で防いでいた
ズッパアァァァァァッァン
と切り割かれ、粉々の粒子と化し、消えていく。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ、ああああ、あ? ───あれ?」
クリスが憤怒の姿勢で支えていた魔法が一瞬にして消え去る…
つんのめる様にして、倒れるクリス───
その真横に…
彼の者は立った───
敵を切り割き、敵将を粉砕し、敵魔法を消滅し、
勇者は立つ───
叫ぶ、求む、何を───!!!!???
「いない……」
幼さの残る、田舎臭さの抜けない野暮ったい雰囲気はそのままに──あどけなさと精悍さを感じさせる、その美しきも愛らしい
「どこにもいないよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
彼の者は──
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