第7話「キナ」
「ただいま……キナ」
さして広くもない店内に、俺の言葉が響く。
客はおらず、掛ける言葉はただ一人──。
カランと落ちる木のオタマを置き去りに、ヒョコヒョコと歩く少女。
その片足の動きは鈍く、一見して腱が切れていると分かる。
それでも、少女は進む。
脚を引き
少女の顔には様々な感情が溢れている。嬉しさ、驚き、戸惑い──懸命さが顔に現れると同時に、信じられないと言った顔。
バズゥはバツが悪そうに、頭をポリポリと
そんな仕草のうちに目前に迫った少女がバズゥを両手で抱きしめた……。
「おかえりなさい……バズゥ」
フワリと漂う魚醤の匂いに混じり、甘酸っぱいような優しい香りがする。──キナの匂いだ。軽く頭を一撫ですると、うるんだ
幼いような外見のためハッとするほどの美人ではないが……どこかはかなげな印象のガラス細工を思わせる線の細さと、美麗な
くすんだ髪の色は白髪──その中に僅かに混じるのは
全体的に顔立ちも体も幼いのだが、醸し出す雰囲気は母親の持つ
こんな、うらびれた酒場に似合わない美しき少女──いや、歳の頃は不明。
彼女は一度も語ったことはないが、種族の特徴はエルフの特徴そのもの。
人里に降りることも
そんな存在がここにいる理由。
──胸糞の悪い話だ……。
先代勇者の置き土産──と言えば、美辞麗句にすぎないが、ようは捨てていった従者のようなもの。
従者というのもまた、随分とオブラートに包んだ物の言い方だ。
まぁ、どういう用途で彼女が先代勇者の元にいたのか──俺の口からは語りたくない。
当時から脚は不自由だったのだが……──それが用途に関係ある理由か、はたまた別の理由か知らない。知りたくもない。
要するに、彼女は先代勇者に置き去りにされた。
いや、捨てられていったのだ。
あの野郎は、姉さんに手を出した挙句──飽きた玩具を捨てるかの如く、この酒場に少女を置き捨てていった。
弄んだ姉さんを顧みることなく姿をくらました先代勇者。──ちなみに俺はクソ野郎と呼んでいます。
そう……先代勇者の所有物──あのクソ野郎の元持ち物がこの少女、キナだ。
そんなこんなで、バズゥとの付き合いは、十数年に至上る……出会った当初からこの容姿で、変わることがないのは
置き去りにされた少女を、姉さんは家族として扱い──今に至る。
そう、今では血のつながりはないが、家族の一員だ。
エリンも随分と慕っていた。
──そう、エリンだ。
「急に、どうしたの? エリンは?」
やはり、間髪入れずエリンの無事を聞くキナ。
エリンのことを話すのは、
だって、俺はエリンを──────。
うぅ……。
──っく、ぐぅ……。
苦い何かが喉元を登ってくる……。
吐しゃ物でもない、
……エリン、エリン、エリン、
えりん。
「落ち着いてバズゥ……」
小さな体で俺を抱きしめるキナ。
その手に力が
スッと背中まで回された手が優しく
癒す様に、
あやす様に、
愛す様に──。
いつの間にか涙を流していた俺の視界は、淡く濁っていた。
「ゆっくりでいいから、話して……」
ウン、ウンと子供の様にシャクリあげながらキナに、導かれて寂れた酒場のカウンターに腰かける。
隣にかけたキナが、薄く割った
口の滑りをよくしたい俺は、ためらわずに一気に飲み干す。
懐かしいフルーティな味わいが口に広がる。
貧しかった頃は、甘味が欲しくてよく姉貴の目を盗んでコイツを飲んだものだ。
それに、まだまだ小さかったエリンに味見させて、姉貴に殺されかけたこともあった……そんな時はキナがこうして後でこっそり分けてくれたっけ。
コップに残った濁った水分がドロリと底に溜まり、まるでその様が自分の
キナに話すのは、自分への言い訳。
心優しい少女に付け込んだ
さりげなく
揺れる
エリン──俺の姪。
「キナ……聞いてくれよ」
最終的に、俺が勇者小隊を抜け──エリンを置いてきた本当の理由と出来事……。
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