第5話「海路にて」
クークァー……!
クァァーー……!
海鳥がよく通る鳴き声でバズゥを迎えてくれた。
揺れる船室よりは、外の方が気分がいい。
中型の貨物船は、目前に迫る小さな漁港に向かって帆を立てて進んでいた。
真っ黒に日焼けした船員が、忙しそうに動き回る中、バズゥは 邪魔をしない様に
船首が波を割り、文字通り滑るように進む様は中々圧巻だ。
その視線に先に、いかにも
そう思っているうちに、小さく見えていた漁港があっと言う間に近づきつつあった。
「兄ちゃん、もうじき着くぜ」
ニカっと男らしい笑顔を浮かべた、いかにも船長といった風貌の男がバズゥに話しかける。
「ありがとう……助かったよ」
「なぁに、どうってこたねぇよ。金も
貨物船にとって漁港など、普通なら用はないところだ。
嵐でも避けるなら別だが、そうでもないなら荷揚げ施設もない港に寄る意味はない。
水深も浅いのだろう。
寒い地方特有の、巨大な海藻が海面下をユラユラと踊っているのが見えた。
「もうちょいで
「あぁ、何から何まで──すまないな……」
「気ぃぃにすんなって! 久しぶりの故郷なんだろ?
バンバンと背中を叩き、ガハハハと豪快に笑い飛ばす船長の顔を見て、バズゥも
それでも完全に晴れるとまではいかないが……。
「なんでぇ? 戦場帰りなんだろ? 故郷に女は待ってねぇのか?」
「ん……まぁ女っていうか、女性……ならいるけどね……」
ぼんやりと、
「なんでぇ? 含みのある言い方しやがって? あんだぁ……母ちゃんか婆ちゃんか?」
「まさか、どっちも顔も思い出せないくらい昔に
ケっと、笑い飛ばすバズゥ。そうだ、待っている。待ってくれている
「ん~、じゃぁこれだ?」
ウヒヒと笑いつつ、小指を立てる。
船乗りの古い習慣だったか? 小指を立てるのは恋人だとかそれに近い女性を指す。
「それこそまさか、だよ。ま、
「はぁん、そりゃいいことだ。って割には戦場が気になるみてぇだな?」
結構図星を付いてくる船長に、恨みがましい目を向ける。
「ほっといてくれ……」
「はっは~……戦場にも女がいたのか……色男だね~ガハハハハハ」
ほんと、ほっといてくれ……。
──叔父さんっ。
「っっエリ……っぅく」
耳元で姪の声が聞こえた気がして、バズゥは思わず振り返る。
しかし、目の間にいるのは髭面の船長だけ。
「おぃおぃおぃ……おめぇさん戦場に心を忘れてきちまった口かぃ?」
心か……。
そうだな、
「っかぁ~……湿気た面すんなや。もう、ここは前線とはかけ離れた内地だぜ……シナイ島のことは忘れろや……」
慰めたいんだか、
「……兄ちゃん、──忘れろ……戦場は、内地まで持ち帰っていいもんじゃねぇ」
突然真顔になった船長が、バズゥを見据えて言う。
どこか知った風な船長。
輸送船とは言え軍籍……シナイ島を行き来する船だ。
彼は彼なりに、なんらかの物語を秘めているのだろう。
「分かったよ……」
その視線に押されるように、バズゥも
苦い思いと一緒に、──戦場の空気と後ろ髪を引かれる思いを……。
「さ、内火艇の準備ができたみたいだ。──忘れ物はないな?」
ない──と、示さんばかりにポンポンと背負った
「はぁぁん……長い武器だな~槍かい?」
「相棒さ……」
ハラリと覆っていた布がめくれると、美しい細工を施された銃口が顔を出し、陽光にギラリと輝く。
「あんた
船長のいう意味───。
魔族相手に銃は効かないということだ……!
それが人類の出した結論で、戦場の真理、通例──常識だった。
なんたって、魔族が展開する障壁は、物理攻撃を簡単に弾く。
ゆえに、
現在確認されているスキル攻撃には、魔族の障壁を貫くものもあるのだが──スキルの制約が必ず
すなわち例えば、近接攻撃……武器などの体に触れているものはスキル攻撃を乗せることができる。しかし、矢や弾丸のように体から離れたとたんスキルは効力を失う……という制約があるのだ。
現在確認されている遠距離攻撃系のスキルは、その攻撃動作に起因するものがほとんどで、攻撃そのものにスキルを乗せたものは確認されていない。
ゆえに、鍛えた剣士ならば放てる属性攻撃「火炎斬」のような火の属性を持った攻撃は、──弓士のスキルにはない。
酷い制約だが、そういうものだ。一見すれば「火炎矢」なんてありそうだが……ないのだ。弓矢を放った時点で属性は失われ、ただの物理攻撃に成り下がる。
代わりに、弓士のスキルとしては、「
そのため、シナイ島の戦いでは弓士系列や銃士系列なんて天職持ちはほとんどいない……せいぜい荷物運びに使われるくらいで、勇者小隊はもとより、勇者軍には必要ない職業とされていた。
「あぁ、
船長の言う「苦労」とは真意が違う……どこかズレた様子で言うバズゥを、船長は憐みの目で見ているが──バズゥはもはやシナイ島の戦いのことは姪との思い出にすぎなかった。
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