第3話「だって薔薇園だもんね」
ヒュゥゥゥゥ~……。
砦の外壁を
ボンヤリと物思いにふけるバズゥの思案を邪魔するのは、イケメン剣士のエルラン。
黙して語らないバズゥに業を煮やしたのか、苛立たし気に舌打ちし、無理矢理存在感を示してきた。
なんだよ?
ジッと目を向けると、多少なりとも苛立ちを見せているが、バズゥの視線など平然と受け止める人類の英雄──勇者小隊の隊長さん。
粗末な椅子に腰かけているとはいえ、その
煤けた砦にあってなお、高貴な者は──高貴であれと?
いけ好かないな。
……それにしても───ホッカリー砦とな?
今、ここホッカリー砦にいるという事は、先の覇王軍の陣地攻撃は失敗したという事だろうか……?
並居る雑魚は軒並み殲滅し(主にエリンが)、将軍クラスの強敵「八家将」の一人と相対したはずだが──。
再び思案に
「八家将の一人、エビリアタンは倒したよ……勇者がね。……だが、我が軍は撤退せざるを得なかった」
理由は分かるか? とエルランが俺を睨む。
……?
理由?
「俺のせい……か?」
今だ未だに熱を持つ体が、ひどく
「そうだ」
「何があった?」
チっと、露骨に舌打ち一つ。
説明するのも忌々しいという感じだ。
「俺の隊がエビリアタンを追い詰めた。──奴の範囲攻撃をクリスが抑え、ミーナが動きを止め、シャンティが支援し、ゴドワンが一撃を全て防ぎ、ファマックが魔法で体力を奪い、俺が奴の手足を切り裂いた頃…………お前がチンケな瘴気攻撃に当てられ、焼け苦しんで叫んで皆の足を引っ張り──」
そこで一度言葉を切り、見苦しいとばかりに首を振る。
「──勇者が……エリンがお前を助けるために、単身奴の攻撃を躱しながら且つ、往なしながら、……傷つきながら!──そして、切り割かれながらも!──さらに焼かれながらも! お前の瘴気を浄化し、癒し、宥め、さすり、治療し、涙し、──軟膏まで塗った挙句に……後方の砦まで走って引き返し、医療班に預けた後、取って返して……返す刀で、一撃でエビリアタンを倒したよ」
そうか……。
たしかに、八家将と渡りあっていた記憶はあるが──。
「撤退した理由は……?」
エビリアタンを倒したなら撤退の理由はないはず。
「本気で言っているのか? 負傷した誰かさんを──……エリンが戦線も戦況も、なにもかもを無視して、後方へ連れ帰って、戦場に戻るまでのこと──約一分……脅威的な速さだよ……」
そういう事か。
「だがね、一分だよ……悔しいが、エリンなしで八家将相手に、我々では一分も持たせるのは至難の業という事だ」
つまり────。
「ゴドワンが右腕骨折の重症、ファマックは魔力切れ、……戦力は半減だよ」
「俺の……せいか?」
「違うのか?」
「……まぁ、ゴドワンもファマックもポーションですぐに復帰、軍としては君という、どうでもいい小戦力を除いて、たいしたダメージを負ったわけではない」
どうでもいい小戦力……か。
「なら、なぜ? 今なら敵はいないはずじゃ……」
「そう、シナイ島を奪還できる唯一無二のチャンスだった」
シナイ島最北端の湖沼地帯。
そこから先は、ホッカリー砦を抑えている限り、覇王軍は北の港から一歩も動けない。
そして、先端戦力を失った覇王軍を一気に海に追い落とすことができるはずだった。
だが……。
「エリンは、お前の元から離れなかったよ……三日間、付きっきりで看病だ……」
ふと、気付けばエリンの愛用するハンカチが
「エリン抜きで攻略できなかったのか?」
エリンは責められない……『勇者』だから。
俺は責められる……『猟師』だから。
「今さら何を言っている!? 八家将が一人だけという保証もない。港にさらに戦力が待ち構えていれば、勇者エリンを欠いた我々では勝ち目がないことくらい知っているだろう!?」
勇者の強さは一騎当千────いや、一騎で人類を超える。
まさに人間兵器だ。……そうとも、俺の「姪」が、ね。
それ故か、もはや人類はエリンにおんぶに抱っこ状態だ。要するに、あんな小さな子に……世界の命運を背負わせている──。
「エリンは?」
気安く呼ぶバズゥに、エルランは苦々しく顔を
「別室で休んでいる……三日間も不眠不休で、お前なんかのために治療し続けていたからな」
普通のケガや呪い程度なら神官や、ポーションで癒すことができる。
しかし、旧魔王軍や覇王軍の将軍クラスが放つ瘴気は、通常の毒や呪いとは一線を
例外を除いて。
それは勇者の使う数々のスキルの一つ「スキルの同調」──勇者が触れているモノに、一時的に勇者の最強無敵のスキルと同様の恩恵をもたらすものだ。
勇者の持つ強力な恩恵を分け与えることで、覇王軍の将軍クラスの瘴気すら癒し、中和することができる。
もし、その助けがなくば……最上級のポーション──神薬と言われる「ソーマ」や「エリクサー」が必要になるのだろうが、数に限りもあり高価な品のこと、ただの『猟師』に使ってくれるものではないだろう……。
つまり、エリンがいなければ、バズゥはとっくに死んでいる。
それだけは間違いない。
「会わせてくれ……」
チッ……、とわざとらしい舌打ちをして、エルランが肩を貸す。
これでも勇者小隊のメンバーだ、人格はそれなりなのだろう。バズゥを嫌っているのが分かりつつも、ケガ人に手を貸すくらいの気遣いはできるようだ。
「寝てろと言いたいが、エリンはお前を心配してここから動こうとしないからな……」
だから、先に合会わせてやると、
「いい、一人で行ける」
これ以上、こいつの繰り言を近くで聞いているのはウンザリだ。
あぁ、そうさ。
負けたのは俺のせいだよ……!
なんもかんも俺のせいだよ……!
俺だって、なんでこんな化け物みたいな集団にいるのか分からないくらいだ……。
上級職「
上級職「
上級職「
特別上級職「
特別上級職「
特別上級職「
そして、唯一無二の特殊職「勇者」のエリン
…………。
そして…………ありふれた中級職「猟師」のバズゥ
これが現在の勇者小隊の全メンバー。ここに連合軍から選抜された勇者軍のサポートが若干入れ代わり立ち代わりで入る、と。
ご覧になればわかると思うが、並居る強者の中で──異色の存在……それが俺だ。
どうみても、場違い。
立ち位置が定まっていない。
なんでそこにいるんだか……?
よほど、強いのか?
実は中級職と上級職の天職の垣根を越えて最強だとか?
違う違う違う──何度も言うが俺が、人類から選りすぐりの精鋭に名を連ねている理由はただ一つ。
俺の最愛の姪──。
エリンの……勇者エリンの保護者、ただそれだけだ。
そう、それが俺の存在理由――──。
エルランの肩を無理やり引き離すと、煤けた扉を開けて廊下に出る。
一度焼け落ちたホッカリー砦はところどころ火災の跡を残している。
急いで修復されたのだろうが、まだまだ廃墟の雰囲気が消せない。
しかし、資材は潤沢。なんたってここは人類の最前線拠点だからな。
「おい、今は深夜だ。エリンも寝ているだろう」
「顔を見るだけだ」
「ふん……奥の手前のドアだ、いいな? 皆寝ているんだ静かに行けよ」
一々勘に障る言い方だが、あれで勇者小隊の隊長なのだから世も末だ。──あ、とっくに末の世だったか。
薄暗い砦の中をヨロヨロと歩く。
まだまだ整備の行き届いていない砦の中は油断すると大きな物音がする。
確かに夜の事、皆寝静まっているかもしれないのだ。だから、静かに歩く。
猟師スキル「
山で獲物を追う『猟師』の基本スキルだ。
中級職とはいえ、勇者軍の一員として日々最前線に身を置いていたおかげで、既に「猟師」としての天職レベルは最高域を突破、──完成している。
そんじょそこらの『猟師』とは格が違うとだけ言っておこう……『猟師』限定な。
その片鱗を見せるように、まるで山にいるかの如く、無音で砦を歩くバズゥ。
そして、明かりが
あぁ、エリン……。
エリン……。
エリン、
エリン。
すまなかった、頼りない叔父さんで──。
ガチャ、
「でさー、エルランの奴」
「えー、まんざらでもないって」
「拙者、その手の話は苦手で」
「でも、他に碌なのいないじゃん、爺のファマックに、堅物ゴドワン、あとは──」
「あーバズゥ? あれはないね?」
「ないないないない」
「拙者、バズゥ殿は──」
「っていうか、エリンはあんなののどこが良いわけ??」
「……叔父さんはカッコイイよ」
「えーー超悪趣味だ……よ……って」
…………。
……。
花園、
バライソ、
パラダイス、
うん……。
裸が~。
──い~ち、にぃ~、さぁ~ん、しー……死??
え、
俺、死んじゃう?
え、ここエリンの部屋だよ……ね?
え?
えっと────。
…………。
……。
わークリスって、スレンダーで美乳ぅぅーー。
へ ~ミーナって、着やせするんだ、すっごいおっきいです……。
おーシャンティって、ロリっぽいし、チッパイなのに、
そして……エリン。……立派になったなぁ~しみじみ……。
……。
…………。
────失礼しました……。
ガチャ、
――ま、
「「「まて、こらぁぁぁぁぁっぁぁっぁ!!!!!」」」
覇王軍最強の一角八家将……!!
何する人ぞ……! 魔将エビリアタン──お前は強かった……。
だけど、今ほど怖くはなかった!!
そう……怖くはなかった!
チュドーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
ここに世界最強の女どもの集中砲火が炸裂し、廃墟寸前のホッカリー砦の上半分が消し飛んだとだけ言っておこう。
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