第2話「俺はただの猟師なもんで」

 幾度となく繰り返されてきた魔族と人類の戦い。

 長く長く飽きもせずに、互いを憎悪し滅ぼさんと相争う……と、ここまでは誰もが知っている歴史のお話し。

 子供でも知っている。



 そして、なにがどうして、どこがどうなって、こうなったのか。




 ──結論とにかく! 我が家から『勇者』がでた……。




 『勇者』

 それは人類種が滅びに瀕す度に、人でありながら、人類を超越する存在として現れる。彼の者は人々を導き、魔族を押し返して北大陸の魔族の王を討つ者と──。

 それがこの世界の常識、人類の進化の過程、老若男女共通認識だ。


 そしてまた、勇者とは突如継承されるもの。

 この世に勇者は一人──だから、先代勇者がいない今、何万……いや何億分の一の確率で我が家から勇者が出てもおかしくは、ない。──いや、おかしい。



 おかしいだろ!?



 我が家から「勇者」!? 何の冗談ですか?

 言わせてもらうならば、なぜこうなったのか、と。

 まぁ、考えられる原因………というか、心当たりはある。めっちゃあります。



 まずは一般論。

 つまり、幾数年と続く、数ある勇者物語にも変化が一つ……──勇者が消えた。

勇者が行方不明になったというから。


 事の真偽は分からないが、ただ、魔族の英雄に討たれたのを見たという、不確かな証言がある──。

 その魔族の英雄に……勇者は──彼のものは撃ち滅ぼされたと──。


 のちにその魔族の英雄は「覇王」を名乗り、魔族をも呑み込み、中立を貫く龍族、魔物をすら併呑し、魔でも人でもなく「覇」を唱えた。


 そして、瞬く間に北大陸の地図は塗り替えられ、海洋を隔てて睨み合う人類と覇王の構図が新たに生まれた。

 それが近年のこと……。

 その均衡が崩れ──『勇者』を失った人類の前に、覇王軍が進軍開始。


 大海の中継地であるシナイ島を占領した大軍は南大陸に雪崩れ込んだ。それは圧倒的な戦力で人類を蹂躙し、勢いそのまま国土を瞬く間に覇王軍の旗で塗り固めた。


 「覇王」による人類の危機だ。


 成す術もない人類が求めたのは今世二代目の勇者……人類の希望、最強の人間兵器───勇者。それが勇者継承の原因……。

 それだけだ。


 魔族側の捕虜や僅かばかりの生存者から得た情報では、断片的ながらも、くだんの魔族の英雄が「覇王」を名乗り北大陸の全ての勢力を併呑へいどんしてしまったらしい。


 それは魔族や龍族すら例外ではなかった。北の地に「覇」を唱えた「覇王」は瞬く間に人類の脅威へと膨れ上がり、次の目標が人類となるのは必然であった。


 『勇者』を失った人類の前に現れた覇王軍は強大に過ぎた。

 シナイ島を占拠した覇王軍が南大陸に雪崩れ込んできたとき、人類には成す術もなかった。覇王軍の前に次々に陥落していく都市、燃えて滅びる国家、馬蹄に蹂躙される人々。


 だからこそ、人類最大の滅びの危機の前に、人々は救世主を求める。


 人類の救い手、奇跡申し子、最強の人間兵器──すなわち『勇者』だ。

 人々の声に応じるかのように、勇者は継承された……。

 そして、何の因果か───当時若干十代そこそこだった俺の姪、エリンが……『勇者』となった。


 それは当時若干十代そこそこだった俺の姪、エリンが、だ。


 ココからは我が家の事情で、マイ理論だしかし真実は異なる。

 ……姪が勇者になったのは、至極簡単な理由。女好きの先代勇者が、当時彼方此方で撒き散らしていた種。ソレだろう……それしか考えられん。


 何の用事があったのか、勇者様の御一行は俺の故郷である小さな村にやってきて、酒場を経営していた我が屋──そこの看板娘である俺の姉貴に手を出したらしい。


 姉貴は黙して語らなかったが、まぁ先代勇者は酷い女たらしだったと聞くし、当時の俺は完全には気付いていなかったが──子供が生まれれば、相手が誰かなんてすぐにわかるものだ。


 あのクソ勇者(おっと口が過ぎるな……)は、子種を置き土産に、どこかの戦場でおっちんじまった・・・・・・・・というわけだ。


 間の悪いことに、姉貴は姪ことエリン勇者の落胤が三歳の頃に、流行り病でポックリ逝っちまった。最後まで姪のことを気にして、……俺にすべてをたくして、な。


 それはまぁ、悲劇や悲劇のストーリー。

 あわれ、俺こと──バズゥ・ハイデマンは未婚で子持ちになってしまった。


 子育てなんてまっぴらごめんだったが、僅かとは言え周囲の人の助けもあって、なし崩し的にエリンを育てることになっちまって……。

 まぁ、最初はうとましく思っていたけど、「叔父ちゃん、叔父ちゃん」となつかれれば……悪い気はしない。


 もともと、姉貴を除けば天樂孤独てんがいこどくの身──血のつながった家族は、今やエリン只一人になってしまった。そりゃあ、捨てるわけにもいかないだろう? たった一人の家族だぜ?


 当然、愛着も沸くってもんさ……。


 しかもあれで、姉貴の娘。贔屓ひいき目に見ても器量良し。


 かーわいいのなんのって!


 そして、慎ましくも、穏やかな日々……アブアブと泣き、チマチマと歩いていた姪っ子も育ち、いつしか姉貴を継ぐかの如く看板娘としてチョコチョコと酒場を手伝うくらいには、暮らし向きも整ってきた頃だ……その日は来た。


 当時のバズゥは詳しく知らなかったが、世の中、派手に戦争をしていたらしく──ド田舎のこの村にも、前線の戦況は細々だが、時折思い出したように入っていきた。


 けれども、対岸の火事とばかり気にもせず、バズゥは『猟師』をしながら、取った肉を生家の酒場に出す分と、仲介の卸しに出す分とに分けて出し、日銭を稼いでいた。


 今思えば、そりゃぁ、何でもない日常を過ごしていたものだが──。


 そのうちに、エリンも大きくなった。そんなある日明るく天真爛漫てんしんらんまんにコロコロと笑いながら店を切り盛りしていたその日。エリンが高熱を出してぶっ倒れた──。


 後々聞けば、魔族の英雄が『覇王』を名乗り──人類を駆逐せんばかりに、かなり調子に乗り出していたその頃のことだったらしい……しょぼくれた村の司祭が治療と祈祷のためにエリンを診断して気付いてしまった。


 エリンに浮かぶ勇者の烙印……首筋に浮かんだ複雑な文様のそれをに、だ。それは、誰もが知る勇者の文様伝説。言い伝えに基づくがごとく──同時に天職の再確認を行うと、母親ゆずりの下級職『治療士』から『勇者』へと天職が変化していたという……。



 勇者はこの世に一人。

 勇者敗北から幾数年経ち、先代が討たれ……新たな脅威が生まれたことによる影響──その使命故、勇者の子にその天職が受け継がれたのだろうというのが、司祭の出した結論だった。



 そして、紆余曲折うよきょくせつを経て、バズゥの最愛の姪、エリンは人類の連合軍によって「手厚く保護」されたと──……。


 ……それが、だいたい五年くらい前のことだ。


 俺と引き離されるときに、泣いて腫らした顔の姪の……エリンの顔が──今も脳裏に焼き付いて離れない……。




 叔父さん……。


 叔父さん……!!


 叔父さん!!!




 ってさ……。

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