第175話ーー本当に好きですね!

 宿は、よくライトノベルで読むような小さな女の子が店番をしているとか、1階が食堂になっていて陽気な冒険者が楽しくお酒を飲んでいるとか……まぁ当たり前だけど、そんな事は一切なかった。

 石と木で出来た平屋の宿で、凡そ2畳……縦に畳を2畳並べたような細長い部屋だ。中にはベッドなどなく、壁と壁の間にハンモックのように薄汚れた布らしきものがぶら下がっている物があるだけで、窓も何もなく、申し訳程度に打ち付けられた少々傾いた鍵も何もない扉の隙間から、廊下に備え付けられた松明の火の明かりが漏れ射し込むだけだった。

 現代の……しかも無駄に充実した次元世界の屋敷の柔らかなベットに日々寝ている俺たちがそんな場所で寝る事が出来るはずもなく、一応一人一部屋借りはしたものの、結局はいつものように次元世界へと移動して寝る事になったのだった。

 たまにはこういう経験もありかな……なんて思ったけど、誰1人としてその意見に賛成してくれる事はなかったよ。

 まぁ、一応ここはダンジョンだからね……安全のためにもって事で、俺も直ぐに意見を変えたんだけどね。

 ……ヤダよ、こんな場所で1人寂しく寝るなんて。


 各部屋にはそれぞれの分身を置いておいたんだけど、何事も起きる事はなく、普通に朝を迎える事が出来た。

 どうやらこの階層は休憩場所という事なのだろう。

 これで食材とかも購入出来るのなら、もっと重要性は増すだろうね……それを素直に食べれるかどうかは別として。

 ただ通常のシーカーたちが辿り着く事が出来たなら、きっと砂漠の中のオアシスのように感じる事は間違いないと思う。


 ただ1つ疑問なのは、常時330階層にある隠し扉は1000階層へと繋がっているのか?という事だ。もし違うのであれば、それはどこに繋がっているのか試してみたくもなる……特にじいちゃんとかが。

 ジャンキーだからね、より強い相手と戦いたいみたいだからさ……戻ろうと言い出したわけですよ。

 俺と香織さんと師匠と鬼畜治療師は、どうせ下の階層を目指すのだからわざわざ戻って試さなくてもいいだろうという考え。じいちゃんばあちゃんとハゲヤクザは、もしかしたらもっと下の階層にひとっ飛び出来るかもしれないんだから試してみるべきって意見だった。

 意見が割れたって事で、どちらにするかは時間が掛かるジャンケンではなくて、今回はあみだくじに決まった。作成者は俺だ。


 結果、師匠に決まってほっとしたのも束の間……


「老い先短い爺の頼みも聞いてくれんのか……」

「お爺さん、私たちなんて……」


 とかじいちゃんばあちゃんの小芝居が始まったんだよね。


「勝負は勝負だろう」


 っていくら師匠が言っても、どう見てもこちらが折れるまで小芝居を続ける気満々って感じで、チラチラとこちらの様子を伺いながらやり続けるもんだから、ついには師匠が面倒そうに折れた。

 まさかの師匠が折れたんだよね……


 そういえば、老い先短いで思い出したけど、アムリタをどう分けるかと昨日決めていたけれど、みんな結局飲んではいないようだ。

 急激に容姿が若返ると周りから不思議に思われるのが問題だって事らしい。それもあってじいちゃんは隠居に踏み切ったし、名古屋に比重を置くようになったようだ。

 言われてみれば、確かに突然若返られたらビックリするよね……現在アムリタは世に出回っているわけでもないんだしね。

 だからまた発表なりがあった時に、飲むか判断しようと決まったらしい。

 飲んでいたら老い先短いとか、無駄な小芝居見なくて済んだのに……酒飲む時にこっそり混ぜて飲ませてしまえば良かったよ。


 じゃあ昨日買ったアムリタも倉庫部屋に積まれて終わるのかと思ったら、1本だけ試しに売りに出してみるらしい。どれほどの値段が付くのか、世間が、世界がどんな反応をするのかを確認するらしい。

 どこかの国の研究機関が買うのか?それとも金の有り余っている大富豪が買うのか?

 ちょっと楽しみでもある。


 さて、結局330階層に戻る事となったわけだけど、ついでに301階層へと1度戻って苦無を回収してから、330階層へと転移して扉を開けて入る事6回。全て普通にボス部屋だったよ……確実に物欲センサーの働きだと思う。

 ボス部屋に陣取っていたのは劣化版つくねで、ハクと同じようにつくねがキレて無双しまくっていたので、そんなに苦でもなかったんだけどね。

 そして7回目にしてようやく転移陣だったんだけど、行先はモンスターハウスで、しかも居たのは1階層のゴブリンと変わらないような、軽く蹴っただけで死ぬようなモンスターばかりだった。


 本当に物欲センサーさんはよく働くよ。


 まぁそのおかげと言うべきか、さすがのじいちゃんたちも諦めたらしく、やっと1000階層へと舞い戻り1001階層へと降り立つ事となった。


 1001階層は岩がゴツゴツした迷路になっていた。モンスターは懐かしのスライムだったのだが、これがバカでかかった。厚さ・幅1mほどの不定形の物がそこかしこにいる。栄ダンジョンにいるスライムと同じく攻撃性はなさそうなのだが、どうやら身体は酸性が強いようで、スライムが岩を溶かしながら移動している事で岩がゴツゴツした感じになってしまっているようだ。


 石油由来の装備を着けていないか確認した後に、隙間を飛び跳ねるように移動していく……戦うのはどうしても踏む場所がない時だけにして。

 戦う際だが、強酸性のために直接斬ったり叩いたりは危険だ、では魔法はというと魔法を吸収するようで、1度放ってみたけれど当たった瞬間表面を舐めるように魔法が広がりつつ減衰して消えていってしまいダメージを一切与えられないのだ。

 で、どうやって切り抜けたかというと、分身を山ほど出して先行させて……塞ぐスライムを発見次第に分身がぶつかって溶かされながら核を排出するという原始的な方法が採用された。

 分身だから血肉が剥き出しになる事はないんだけどさ……自分の姿をした分身たちがどんどんと溶けていく姿を見るのは、少し精神的にくるものがあったよ。


 そんな状況が1010階層まで続き、ボス部屋は更に大きい……約3倍ほどのスライムが5匹ほど鎮座していた。

 大き過ぎて、分身一体では核まで届かないために、何体もの分身が溶けて消えていったよ。


 気(魔力)の鍛錬を日々欠かさない事での結果なのか、分身自体の打たれ強さもかなり上がった事により、手足が消えたくらいではなかなか分身が解けなくなったんだけど……それが完全に災いとなっているよね。分身は人間の形をしているけれど、あくまでもスキルであって決して人間ではない。だからか頭が溶けても消えない……知らない人が見たらホラーだと思う。

 まぁ幸いな事は、装備だけが溶けて裸がさらけ出されるとかそんな事態にはならなかった事くらいかな……もしポロリしまくっていたら、多分立ち直れなくなっていたよ、うん。


 ってか、鍛錬目的で潜っているはずなのに、ずっと戦ってない気がするのは気のせいだろうか……

 その分次元世界での修行での当たりが強いから、師匠たちが適度にストレスを発散出来るようなモンスターの出現を強く望む!!


 願ったりしたらダメなんだった!!

 でもお願いしたい!!


 1011階層からは高さ10mほどのアイアンゴーレムだった。直訳すると鉄ゴーレムなんだけど、まるで昔の日本のロボットアニメのように腕が飛んできたり、目からビームが発せられたり、胸が開いてミサイルっぽい物が発射されるという謎使用だった。


 鉄のはずなのに、鉄ほど柔らかくなくて手刀などでは簡単にぶち抜けない硬さ。

 だいたい5体ほどづつ固まって行動しているんだけど、戦闘が始まってからある程度の時間のうちに1体でも潰していないと合体するんだよね。


 じいちゃんたちは喜んでいるみたいで、わざわざ合体を待ってるくらいだから良いんだけどさ……

 もう本当に色々謎すぎるモンスターだよ。


 ただ1つ言える事は……


 ダンジョンさんって本当にジャパニーズアニメーション好きですね!!

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