第146話ーー胃が痛い

 ――伊賀流東雲視点――


「はい、残念な事ですが……101階層にて東さんたちの端末や装備の欠片らしき物を見つけてしまいました……もう少し俺たちが早く辿り着けたら、もしかしたら1人でも命を救えたかもしれないと思うと……やりきれません」


 現在は約2ヶ月の探索を終えて地上へと戻ってきて、予定通り探索者協会に前任者パーティーの端末や武器防具などの1部を提出した後、山ほどやって来た各種メディアを前に会見を行っている。


「本……当に残念です。予定帰還日よりをかなり過ぎていたので、もしかしたら何か問題があったのでは?とは思っておりましたが……まさか……まさか……」


 役者として生活していたが、それだけで食っていく事が出来るほど売れてもいなくて、片手間に時折ダンジョンに潜っては日銭を稼いで暮らしていた。

 何やらかが合って上層部の顔が一変した事は知っているが、正直なところ俺のような伊賀流には所属しているが末端の者にとっては全く関係ない事だと思っていたのだが、まさかその事にガッツリと関わる事になるなんて思いもしていなかった。


 約4ヶ月ほど前の事だ、所属している事務所から呼び出しがあった。正直その時は遂にクビか〜なんて思っていた。この半年は役者の仕事より圧倒的に探索の方が多かったからな。

 だが全く違った……すぐに伊賀の本部へと行けとの命令だったのだ。俺が武器防具などのモデルに抜擢!?いや、それだったら東京本部へと呼ばれるはずだ。何故に伊賀本部なのか?全く理解出来ないままに、渡されたチケットを使って初めてのグリーン車に乗って直行した。通された会議室、そこに居たのはTOPである服部様をはじめとした伊賀流の幹部全員だった。

 そこで出会ったのは今も横で泣き真似をしている笠山っていう女だ。俺は知らなかったが、こいつも大阪のモデル事務所に所属している売れないモデルだったらしい。

 そこで俺たち2人は初めて前任者パーティーの真実を知った。日本を誇る世界的TOPパーティーがまさかただの広告塔だって!?本当のTOPパーティーのサポートのようなもので、求められていたのは演技力だって?衝撃の事実の羅列だった。そしてあいつらは先日謀反を起こしたので粛清されたらしい。細かくは聞かなかった、これ以上知ったら面倒くさい事に巻き込まれそうな気がしたからだ。

 そして俺たち2人が呼ばれたのは、その前任者パーティーの代わりになれという話だ。ならないか?ではない、既になる事が決定していた。確かにこれを引き受けたら、俺たちは有名になるだろう。これまで夢見て来た場所へと辿り着けるという事はわかる。だが不安に思う事もあるのだ……なんたって急に突き付けられた訳だからな。だがそんな不安や躊躇は許されなかった、頷かねば秘密を知った者として殺されるか幽閉されるかだ。だから俺は頷いた、頷くしかなかった。

 俺たちが選ばれた訳は、家系が代々伊賀流に属している事や、ある程度の探索経験を積んでいる事、そして広告塔となり得るビジュアルをしている点や演技力などらしい。他にも色々身辺を探られはしたらしいが、その辺は詳しくは教えて頂けなかった。


 その後聞かされたのは、本来のTOPパーティーの面々の事だ。勇者が現在日本に存在している事にも驚いたが、そんな事実が霞むようなほどの衝撃が告げられたのだ。それはそのパーティーが本気になれば、どのような大国でさえ落とす事が出来るだけの実力を持っているという話だ。しかもそれはjob特性などではなく、ただの人間としての能力らしい。勇者はまだそこまでの実力は持ち合わせてはいないが、そう遠くない未来には同じレベルにまで昇華するであろうとの事で、見た目は美しい少女だが決して色目を使ったり欲を出したりするなと念押しされた。更に勇者と同年代の横川という名の少年が1人いるらしいが、その子は既にかなりの実力らしく、一見して無害な少年に見えるからといって舐めたり侮ったりするなと口を酸っぱくして言われた。


 翌日、俺たちは伊賀の誇るミドルクラス……それでもこれまでの俺たちならたった1つ手に入れるでも数年は掛かりそうな武器防具をフルセットで渡され、山奥にあるダンジョンへと連れて行かれた。

 そこに待っていたのは、俺たちと同じように選出されたのであろうパーティーを組む各流派の10人だった。その場で自己紹介がなされたのだが、目立っていたのは3人だ。あの有名な柳生から来たという鉄扇と鉄界という双子。織田信長に仕えていた家臣の家系である森だ。家系が自慢なのか雄弁に己を語り、態度が大きかった。ただまぁ、どうやら誰もが俺たちと同じような理由で選出されたっぽいんだがね。

 誰をリーダーとするかも話し合われたのだが、そこで立候補したのもその3人。最終的にはジャンケンで鉄扇となり、彼が『迅雷』というパーティーとる事を決めた。

 そしてそこから2ヶ月、毎日ダンジョンへと潜っては連携などを確認する事となった。その時は彼らにそこまで問題があるとは思えなかったんだが……


 今考えれば自己愛が強いという事は、目立ちたがり屋であり上昇志向でもあるって事だから、もっと俺たちの立ち位置などを確認しておくべきだったんだろう。


 10日ほどの休暇を与えられた後、俺たちは予定通りに本来のTOPパーティーである方たちとの合同探索のために名古屋北ダンジョンへと赴く事となった。そして約10日ほど掛けて何とか60階層まで辿り着いた。


 ようやく噂のパーティーと初めてお目見えする事となり、簡単な自己紹介が行われた。確かに勇者である如月くんは服部様たちが仰る通りに美少女だった。更に聞かされてはいなかったが、他に4人もの美くしい女性がいた。正直なところ、彼女たちを見たら俺たちの存在の必要性に疑問を感じざるを得なかったが、きっと彼女たちもアンタッチャブルな存在なのだろう。横川くんは……無害というかのほほんとしていて、彼が本当に力を持っているとは思えないというのが正直な感想だ。この階層にいる事自体に違和感さえ覚えるほどだ……まぁそれを言ったら俺たちもなんだけどな。


 ここまでは良かった、ここまでは。

 驚いたのは突然柳生兄弟と森と柴田が横川くんに対して敵意を露わにして睨み付け始めた事だ。

 彼の実力を聞いていないのか?

 それとも聞いてはいたが、俺と同じような感想を持ってしまったのか……

 そして4対1で手合わせを行われる事となった。俺たちにも参加するか聞かれたが、とんでもない事だ。どんな願いでも叶えてると仰られたが、それは即ちどんなに頑張っても俺たちでは万が一でも勝てる要素はないという事だ。それなのに愚かにも4人は目の色を変え、何故か自信を持っていた。そして願いが叶う事でも夢見たのだろう、醜悪な笑みを浮かべていた。

 対する横川くんはただただ面倒くさそうな顔をしていた。そしてその時ほんのりわかったのは、あの美女4人は横川くんのどういう理由があるのかはわからないが配下的存在って事だ。横川くんに喧嘩を売った事に激怒しており、ハッキリと「殺す」という言葉を口にしていたのが恐ろしかった。更にはこれから殺す気満々の敵意剥き出しのヤツらと手合わせを行うというのに、横川くんには全く気負う様子などないどころか笑顔さえ見られた。その上柳生兄弟や森たちは真剣などを構えているのに対して、手に持つのは簡単に折れてしまいそうな小枝で、スキル使用は禁止どころか手加減をしろと言われているのには驚きしかない。


 勝負は……何もわからなかった。

 気がついたら終わっていたんだ。柳生兄弟は痛みに呻き声を上げながら蹲っていたし、柴田は遥か遠くに吹き飛ばされていた。森は何故かまるで河童のように頭頂部の髪の毛を乱暴に毟られて地を舐めていた。


 手加減をしていてさえ、目の前で行われたというのに実力の一端を見る事さえ敵わないなんて、どれほどの差があるのかさえわからない。それをその身で受けたはずなのに、未だ敵意を持ち続けられる意味が理解出来ない……


 てっきりこれからは一緒に潜って行くものだと思っていたのに、まさか俺たちパーティーだけで100階層まで辿り着けと言われるなんて思いもしなかった。山岡様と近松様がサポートとして随行してくれるらしいが……本当に行けるのか?だが行くしかない、命令なのだから。お2人を信じる事にしよう。


 お2人が随行して頂いたのは助かったが、問題でもあった。なぜなら柳生兄弟と森がアピールするためなのか、無駄に張り切って単独行動をしようとするのだ。パーティーで相対してさえギリギリの戦いだというのに、3人の行動のせいでお2人の力を度々借りる事になってしまった。

 そして何とか……何とかお2人のお陰で100階層までは到達出来たのだが、当然問題にもなり話し合いが行われる事となった。突き付けられたのは、ある程度の武力を持つまで修行を行うか、それとも広告塔のマネキンとしてだけで生きていくかだ。前者を選べばそれなりにキツいが脚光を浴びて贅沢な暮らしが約束されている。後者を選んだ場合は俺たちでなくてはならない理由はなくなるために、当面は予定通りに脚光を浴びる事は出来るが……それ以上はハッキリと仰られなかったが、きっと秘密を知る者として闇に葬られる事となるのだろう。

 そして俺たちが選んだ答えは、恥じない程度の武力を付ける事だ。


 その後修行場所である101階層へと移動する事となったのだが、100階層ボス部屋でまた恐ろしいモノを見る事となった。

 横川くんの実体を持った分身にも驚いたが、柳生兄弟や森の相変わらずの戦闘のせいというのもあるが141匹のモンスターの1匹でさえ12人の俺たちパーティーは倒せないのに、たった3人の分身で数分で片付けてしまった事だ。しかも見た事もないような魔法スキルまで使っていた。分身たちの圧倒的な戦闘風景を見て、ようやく柳生兄弟は現実を知ったようだ……ただ森は未だ納得していないようなのが気になる。一体何をもってしたらそこまで自分を過信出来るのか……もしかしたら、いつかこの手で初めて人を殺める事になるかもしれないという事を覚悟しておいた方がいいのかもしれない。


 101階層での修行は地獄だった。ゴブリンばかりだと聞いて安心していたのは間違いだった。何度も命の危険を感じた、選択を間違ったんじゃないかと自問自答する事にもなった。ただ30日も経つ頃には、何とかギリギリだが戦えるようになった。なったが……163階層に隠し部屋が見つかったとかで、横川くんが山岡様と近松様を迎えに来てしまったのだ。代わりに横川くんが残ってくれる事もないと言われた時は、絶望しかなかった。

 そんな場所だというのに、横川くんはたった数体の分身と共に8時間でリポップ待ちになるほどに簡単に狩り尽くした挙句に「キリがいい所までやっときました」なんて軽く笑っていた。

 あれは人の形をした別の存在だ……バケモノだ。何故にアレに勝てると思うのか、喧嘩を売ろうと思うのか……柳生兄弟と森にはしっかりと言い聞かせておかなければっ!巻き添えを食らうのは勘弁だ。


 山岡様たちがお戻りになるまでの約半日は生きた心地がしなかった。幸い横川くんが減らしてくれたお陰で、そこまで激しい戦闘とはならなかったが……


 そしてまた20日ほど修行をしたところで地上へと帰還する事となり、今を迎える。

 この後各メディアが俺たちを新たな希望の星だと祭り上げ、各流派が抱えるメーカーがバックアップに名乗りを挙げる事が予定されている。


 とりあえず1度目の任務はこなせたと思うが……


 あぁ、なんで俺なんかがリーダーになってしまったのか……

 先が思いやられる……胃が痛い……


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