第133話ーー変わらぬ日常が嬉しいよね

「で、結局どうなったんだ?」

「師匠からは触りしか教えて貰っていない」


 久しぶりにアマとキムとの休日で、以前の約束通りに高級焼肉店へと行こうと思ったんだけどさ……どこがいいのかわからないから色々調べたんだけど、HPやら口コミサイトやら見ていたらさ、店構えっていうのかな外観?入口?まぁそういうのが如何にもって感じで、たかが17歳の俺たちにはあまりにも敷居が高く感じて尻込みしてしまって、結局来たのはチェーン店の焼肉屋だ。

 ちなみに召喚獣たちと香織さんは今日は1日部屋でモフパラするらしい。どうやら香織さんは先日次元世界の中で俺がした、ハクにもたれかかってつくねの羽根を掛け布団替わりにし、あられの蛇の部分とロンを抱き枕にして寝るというのを羨ましく思っていたようで、本日はそれにうどんの9つの尾を足して絡まって寝るそうだ。お気付きであろうか?そう、爬虫類が嫌と言っていたのに、あられの蛇部分どころか名前を付けようとさえしなかったロンもOKとなったらしい。どういった心境の変化かはわからないけれど、ロンが仲間外れにならなくて良かったよ。修行中にロンが柳生の奥様の騎龍となっていた事で、若干裏切り者感があったりして浮いていた事もあったしね。


 2人にダンジョン内の出来事や、それ以降に師匠から教えて貰った顛末を話した。それを聞いた2人の感想はただ一言「お疲れ」と「若狭が理解できない。あれと燃え上がれる秋田さんもだけど」だった。


 そんな2人の近況はというと、修行に大変だったらしい。しかも各々の師匠自体が修行したいという事で、パソコンなどを使っての事務作業までら手伝わされたようだ。そして毎日夜中まで、兄弟弟子と共にあーだこーだと話し合い、実験を繰り返す日々だったようだ。ただ両方共に完成品を貰ったが、それを作れる目安が未だ何も付いていないらしい。まだまだ先は長い……つまり苛酷な修行な日々が続きそうだと、若干恨みがましい目で見られたけれど、俺に言われてもって感じなので無視しておいた。


「あっ、そうだった。田中さんを見たぞ?」

「どこで?」

「ダンジョンの20階層に設置された出張所みたいなところがあるんだけど、そこに寝泊まりしてひたすらモンスターを狩り続けているみたいだ」


 突然アマが思い出したといった感じで口にしたのは、マシュマロパイ田中さんのその後の事だった。伊賀の師匠さんたちに身柄を取り押さえられたとは話に聞いていたけれど、その後どうなったのかはわからなかったんだよね。


「魔法ぶっぱなしてた?」

「いや、槍を持たされてた。あと手錠みたいな逃走を防ぐための物が着いていたな」

「何それ、怖っ」

「だよな……で、師匠に聞いたんだけど、当分は罰としてあのままらしい。で、反省が見られたら解放するらしい」

「じゃあまた名古屋に来たり?」

「いや、それはないらしい。伊賀で飼い殺しみたいだな」


 またあのマシュマロパイを見る事があるのかと思ったら、どうやらそれはないらしい。残念……ではないな、香織さんを裏切っていた事に変わりはないし。ただ金山さんほどの害意があった訳でもないから、それほど強く何かを思う事もないけどね。


 昼からたらふく肉を食って、くだらない事をダラダラと話す。修行の毎日も日常といえば日常なんだけど、やっぱり3人でこうしていれる事が、日常って感じで安心する。


「で、若狭じゃないけれど2人は彼女とかそういうのは出来たのか?」

「ヨコ……話を聞いていたか?修行でそれどころじゃないんだよ。ちょっといい感じって思っていた販売員さんとは会えないし、作業場の子たちは目が血走っていてそれどころじゃないし」

「うむ、アマはまだマシだけどな。俺なんて周りのどこを見ても男しかいない。しかも鍛冶場に常時熱気が篭っているせいで、半裸の男だぞ?」

「あーなんかゴメン」


 ヨシヨシ安心した。

 そうだろうなっとは思っていたけれど、確認は大事だからね。


「ヨコは?」

「うむ、よくぞ聞いてくれたね。なんか距離が近くなった気がする」

「具体的には?」

「……具体的?感覚の問題だ」

「つまりヨコの勝手な妄想か。進んでいないようで安心した」

「抜けがけは許さない」


 勝手な妄想って酷いな。

 言葉に出来ない感覚なんだよ、俺に見せる微笑みの口角の角度が数mm上がった気がするし。ただその辺を詳しく説明出来ないのが難しいだけで。

 それにまだ香織さんは家族一緒に一全の本部に暮らしているし修行でも一緒だから、毎日一日中のほとんどで顔を合わせているわけだからね。しかもあの怪我の一件から、お母さんだけではなくお父さんも俺に好意的だしね。ただ1つの懸念があるとすれば、お父さんまでが最近「モフ川くん」とか呼び間違え始めた事なんだけどどうなってるのか……睨まれるよりマシだけど、マシだけどちょっとね。


 今回会うにあたって、本当は分身に女性へと変化させて誑かしてやろうかと思ったんだけど……冷静に考えたらさ、2人の好みに合うような女の子や女性の知り合いがいないから触れて変化なんて出来ないんだよね。いや、それどころか女の子の知り合いって、ほとんど居ない事にも気付いてしまったんだよね。しかもすぐ会えて、触れる事が出来る人は皆無という悲しい事に……ショック過ぎる。


 そういえば俺と香織さんに振り込まれた150億円の話はしていない。あまりにもの大金過ぎて話しにくいのもあるし、なんか現実味がなくて……いや、確実に振り込まれて口座の中には存在するんだけどね。やはりダンジョン探索後の売却益などの方が、稼いでいる実感があっていいよね。以前は何もせずに稼げたら最高だと不労所得を夢見ていたはずなんだけどね。

 ちなみに2人は現在給与&歩合制らしい。値段は教えて貰ってないけれど、本人たち曰く一般職に比べるとかなりの金額らしく、大変満足しているようだ……まっ、ブラックな職場だけどね。って俺も考えたらかなりのブラックになるんだけどね、命を危険に晒しているし……修行の時まで。


 あとは、俺たちは全然学校に行けていないんだけれど、果たして無事に卒業できるのか不安になっていたんだけど……今更になって意外な真実を知った。それは学校が指定する書類に、師事している師匠がいる場合はその人のサインと、探索者協会からサインを貰って提出すれば、試験は免除になるという事だ。たった2つのサインだけで免除だなんて、なんて素敵なシステム!だなんて思ったけれど、実はそうでもないらしい。というのも、師匠のサインはまぁ置いといて、探索者協会はかなり基準が厳しいようなのだ。その基準とは1つ、どれだけ協会に貢献しているかだ。

 シーカーの場合は売却益やダンジョンへの進入頻度だ。どれほど沢山潜っていても、成果がなければOKは出ない。では売却益が高ければ極端な話、たった1日だけの探索でもいいのかといえば、それはそれで違うらしい。細かな基準は公開されていないので、全くわからない。ただ俺はサインを貰えたけれど。

 では生産職の場合はというと、作製した物を協会を通じて販売した実績が重要のようだ。そして2人は当初訓練施設で作成して協会へと納入していたのでOKのようだ。まぁ聞くところによると、師匠の名前が有名なのも大きく関係しているみたいだけどね。

 まぁ、とにかく学校に行かなくてもいい……つまり毎日修行に明け暮れる事になったという事だ。正直に言えば、協会には是非サインを拒否して欲しかった。そうすればせめてテストの日だけでも休日が増えたんじゃないかなって思うんだ……もしかしたらその場合は他の休日予定日を宛てがわれただけかもしれないけれど。


 根っからの貧乏性なんだろうか……

 昼から贅沢をした事への罪悪感というのかな?誰に怒られるわけでもないのに、何か悪い気がして夕食はスガキヤで終わらせる事になった。奢れ奢れとうるさかった2人も、素直に提案に頷いてたから同じような気持ちだったんだと思う。なんかスガキヤって安心するんだよね、安い・早い・美味いの三拍子揃っていて学生の味方って感じだ。


 人をこの手で殺してしまった事、その事を非難されたり嫌悪感を覚えられたりするのかと少し怯えていたところもあった。

 だけど、いつもと変わらぬ態度でいてくれて良かった。

 こいつらが友達でよかったって思ったよ……本人たちには直接なんて言えないけどね、恥ずかしいし。

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