第126話ーー娘さんは幸せにします!!
「主様ご無事でっ!」
「うん……で、この状況は?」
「うふふふ……皆さん私の毛に夢中なのです」
香織さんとそのお母さんはわかる、そしてまぁお父さんもいいだろう。だけどまさか神出鬼没でいつも師匠に輪をかけたほどの無表情っぷりを見せていた近衛の人たちが蕩けるような笑顔でモフっている姿は異様でしかない……
「えっと……魅了とか掛けてないよね?」
「そんな事しませんよ!!主様は失礼ですね!!素の魅力です、魅力!!」
「そっか……とりあえず近衛の方たち、師匠が呼んでいるのでよろしいですか?」
「「「「……はっ!!」」」」
少しの間があったが、言葉の意味に気が付いたのか慌てた様子で駆けてきた近衛の人たち……いいのだろうかそれで。
つい先程までの緊張や恐怖、葛藤などがバカみたいに思えてきた。なんか気が抜けた。
それに香織さんたちの姿には癒される……お父さんの姿はちょっとアレだけどね。いかにもパティシエって感じのふくよかな身体と丸い顔に髭姿で温和さが滲み出ているようなお父さんなんだけど、先日初対面の時は猛獣のように威嚇してきた……まぁあれは娘を取られるかも?っていうやつだと思う、敵と認識されるって事は可能性があるという事だがら嬉しかったよ。っと、そんな猛獣のような顔だったのがまるで違う……めちゃくちゃ柔らかい、溶けたバター……いや、シフォンケーキのようにうどんの尻尾に包まれている姿が怖い。
さて、気分一新癒されたところで血煙未だ漂う世界へと戻りますか。
「何かやる事ありますか?」
「あー、では悪いがそこらにいる者たちの魔法袋を集めてくれるか?中身を迷惑料として頂こう」
「端末はいいんですか?」
「それはいらん」
「わかりました」
未だ顕在している分身たちに命じて集めさせる。ここで怪我に苦しんでいる人たちはどうするのかと思ったら、このまま放っておくそうだ。己の力で回復して逃げるならそれでよし、逃げれなかったらリポップしてくるロックゴーレムに殺されるだけという事だ。ただ回復しようにも魔法袋回収しちゃうから、回復職だよりになっちゃうんだけど、今見ている限りでは回復魔法を掛けている様子はないけれど……果たして何人が生き残るんだろうか?まぁ自業自得だから何も思わないけれど……ただ一点だけあるとすれば、愚かな上司の下に就いた運が悪かったねくらいかな。
その上司たち4人はというと、近衛の人が土壁をいくつか建てた向こう側で何やら尋問しているようだ。どのようにしてかは見えないからわからないけれど、断続的に悲鳴が聞こえてくる事からすると拷問でもしてるんだと思う。ただ悲鳴しか聞こえなくて、中で何を吐いているかは全くわからないけれど、きっとその内師匠が教えてくれるだろうから、それを待とう。
「待たせたな」
1時間ほど経った頃師匠たちが出てきた……土壁が崩れると同時に勢いよく立ち上がる炎を背に。
「どうやら東たちは61階層ではなく60階層のボス部屋に篭っているようだ。中から出ない限りこちらからは開けんからな」
「では戻りますか?」
「いや、ここで休むが……大鷲を出して俺たちを乗せ天井近くで世界を開けてくれ。分身を1、2体天井からぶら下げさせて様子を見るようにしておいてくれると助かる」
「わかりました、大鷲」
さすが頭がいい。
この階層は空を飛ぶモンスターはいないし、天井近くだったら見つかりにくいし監視しやすいもんね。ただ戻ってくる時は落下する事になるけれど……まぁこれくらいの距離だったら大丈夫だろう、たかが100mくらいだし、師匠も俺も召喚獣たちも平気だ。えっ?香織さんはどうするか?それはもちろん俺がさきに降りて受け止める予定ですよ。うどん辺りにその役を奪われそうな予感がしないでもないけれど。
早速召喚して天井近くで世界へと入ったわけなんだけど……俺は見てしまった、近衛の人たちが大鷲の背中をそれぞれが撫で回している姿を。もしかしてうどんの毛が魅力的なんじゃなくて、全員がモフラーなのかもしれない。後で聞いてみたところ、動物を飼うと臭いが付いてしまうために、好きだけれど家では飼えないそうだ。そのためにこれまで我慢していたけれど、召喚獣たちはご存知の通り魔力で構成されているために毛が抜けない上に臭いもしない事から最高らしい。以前から触れたかったが機会なく、ましてやお願いする事も出来ずにいたが、今回はうどんから「もし良かったら触ってもいいんですよ?」とお誘いがあったために願いが叶ったらしい。しかもこの事は師匠もわかっていて、今回随行してきた人選は、どうしてもモフりたい人だったらしい。更には立候補は50人中30人ほどいて揉めたためにくじ引きで決定したとの事だ……これまで近衛の人たちって近寄り難い印象だったけれど、一気に親近感というか親しみ深い対象になった瞬間だったよ。
「一太くん大丈夫だった?」
俺たちが戻って来た事に気が付いた香織さんが心配そうに声を掛けてくれた。
「もちろん大丈夫ですよ」
「本当?」
「はい、怪我も一切してませんし」
「ううん、顔が強ばってるから……ごめんね、ツラい事一太くんだけにさせて」
泣きそうな顔で俺を覗き込むように見ている香織さんがそこにいた。
俺は泣かせるために戦場残ったんじゃない、香織さんの素敵な笑顔を見たいだけなんです……なんて言いたかったけれど、上手く言葉に出来なかった。どこかまだ緊張などをしていたようだ。
「本当に大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
こんな事を言うのが精一杯だなんて、やっぱり情けないな俺は……
「横川、屋敷に行って水浴びでもして来い」
「はいっ」
泣きそうな香織さんと、ぎこちない笑顔を浮かべて立つだけの俺を見かねたのか、師匠から声が掛かった。俺はそれに救いを感じ、その場を逃げるように屋敷へと入りシャワーを浴びて、血や体液などと一緒に色々な感情を流そうと必死になって身体を洗った。
「外で何かあったら起こすから寝ていろ」と言われたので、俺のために怒り戦ってくれたつくね・ハク・あられ・ロンを労った後、そのままハクの腹にもたれ掛かり、つくねの羽根を掛け布団に、ロンとあられの尻尾の蛇部分を抱き枕にしてひと時の眠りに着く事にした。いつもの修行や戦闘と比べたら、全くと言っていいほど動いていないはずなのだが、やはりどこか興奮もしていたのだろう、ロンとあられの爬虫類の肌が少しひんやりとした感じがして、気持ちよかった。
起こされたのは眠りについてから5時間ほど経った頃だった。外国人集団が60階層へと侵入してきて、何語かで話しながら転がる死体などに驚く様子もなく一つ一つの協会端末を確かめていると事だ。
「降りますか?」
「東たちが揃うのを待つ」
香織さんの方を見ると、どうやら険しい顔のご両親に向かって真剣に話しているようだ。気になって少し耳を傾けてみると、「お前が行く必要はない」とか「ここで待ってましょう」と止めるご両親に対して、「自分の目と耳でちゃんと確かめたい、待っているだけなんて嫌だ」と自分の意志を伝えているようだ。
俺も香織さんにはここで待っていて欲しいと思うけれど、俺が何かを言える問題でもない。香織さんの親友がそこにいるわけだしね。俺が出来る事は、これ以上傷付かないように近くで守る事しか出来ないのだから……
そしてしばらくすると、61階層から戻って来た東さんたちと問題の金山さんが、外国人勢力と合流した事がわかった。
「さて行くが……如月くんはどうする?」
「行きます、連れて行ってくださいお願いします」
「香織……無理はするんじゃないぞ」
「織田さん横川くん、香織をよろしくお願いします」
「はい、娘さんは必ず守ります」
「はい、娘さんは必ず幸せにします……じゃなくて守ります」
「へっ?……ちょっ!」
「横川くん、どういう事かな?」
「さぁ行きましょう、師匠!開門!!」
「ったくお前という奴は……」
よかった、少し香織さんの緊張が取れたようだ。
でも戻るのが怖いな……お父さんの顔が般若のようになってたし。
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