第125話ーー俺は何に恐怖しているのか
攻撃魔法がまるで色とりどりの津波のように押し寄せる。
「「結界!!」」
俺と香織さんが同時に結界を張る。
「どうやら如月くんの知り合いはいないようだ。後は俺に任せて2人は次元世界へと避難していろ」
「ですが……」
「横川、早く行け」
先ほどのあいつらの台詞にもあるように、俺たちは当事者だ。それを置いておいて自分だけが避難する事に躊躇いを覚えるのか、香織さんが困った顔をしている。
気持ちは痛いようにわかるが……次元世界への扉を開き、俺は香織さんとうどんだけを押し込み閉じた。
「なぜお前は行かん」
「俺自身の問題ですから」
もう覚悟は決めた。
確かに人を殺すという行為を受け入れる事が出来たわけじゃない。怖いと思うし、したくないとも思う。だがこの騒動の発端であり当事者の俺が、師匠だけに後始末を任せてのほほんとスキルの中で平穏を享受する事には抵抗があるんだ。
師匠が人を殺したくて仕方がない快楽殺人者だとでも言うならば、それならば任せておいて好きに人殺しでもなんでもしてくれればいいと思う。だけど師匠だって人の子だ……多分……ちょっと怪しいところがあるけれど人の子で、人殺しが好きなわけでもないようだ。そんな人にだけ任せるわけにはいけないと思う。
もしかしたら師匠の全力攻撃には足でまといなのかもしれないが、それでも当事者として事の顛末を、そして俺という黄金に目を眩ませた者の末路をしっかりと見届ける義務があるとも思うんだ。
ただこれは俺の勝手な気持ちだ、香織さんはそれに付き合う必要なんてない。だから押し込んだ、欲望による凄惨な世界なんて見る必要はないからね。ただ優しい人だから、きっとまた心を傷めてしまうだろうから、癒しのためにうどんを押し込んだ。これは事前にうどんには伝えてあった予定だ。
「殺してしまって大丈夫なんですか?」
「……わかった、ただ無理はするなよ。先ほど話していた長たち4人は口だけ聞けるようにしてくれ。残る者はこちらに敵対する者だけ攻撃しろ」
困ったような顔をした師匠は、俺にそれだけを言うと魔法の津波を待つ事なく、空中を駆けて行った。
「主様を愚弄し刃を向ける不届き者は、我らの手で」
「師匠の言葉をさっき聞いていたよね?やり過ぎないでね」
「「「「御意」」」」
4匹は俺の言葉に頷き返事をすると、本来の姿へと身体を変化させた。それぞれが体長約20mほどではあるが。すると直ぐにそこら中から驚きの声と悲鳴があがった。「モンスターだ」「バケモノだ」「人がバケモノに姿を変えた」などなど叫び、驚きから硬直してしまっている人たちもたくさんいるようだ。
その隙を逃す師匠ではない、人の腕や脚、首がそして臓物が鮮血と共に舞い散る……
覚悟はしたはずだった、したはずだったんだ……
だけど身体が動かない。
ただただ師匠と四神たち、そして俺の分身2体が屠る姿を、戦場のど真ん中でボーッと見る事しか出来ない。
俺の覚悟は甘かったのかもしれない。人と人が殺し合うという事を、人型モンスターの延長線上に考えていただけなのか……
まるで自分の身体ではないように、全く手も足も動かない。
震えている?
俺はなんで震えているんだろうか?
恐怖だとしたら何に恐怖を?
殺し合いに?
殺し合いだとしたら、俺には震える資格なんてあるのだろうか?これは俺が招いた結果だ……
では己の手で人を殺める事に?
だからといって師匠だけに任せていいわけではない。俺は自ら望んでこの場にいるんだから。
いつまでも堂々巡りをしていても仕方がない。
さぁ動くんだ!!
ようやくの1歩を踏み出した瞬間だった。
後方からタタタタタタタッというマシンガンの発射音が聞こえた。
拳銃・マシンガン……火薬を用いたその存在を忘れていた。スキルによって魔法などが存在するために、過去の遺物へと押しやられた物。不思議な事に銃などの近代兵器を補助するようなスキルはこの世に未だ存在していない。そしてモンスターには効きにくく、効果が出るまで放つとしたら、あまりにも高価になり得るためにほとんど使用されないのだ。
それ故に気付けなかった……恐怖によって注意力が散漫になっていたのもあるだろう。
避ける?結界?
一瞬の迷いが危機的状況を生む……結界をはろうと思った瞬間にはもう既に数十発の銃弾が結界をはったとしても弾けない距離にまで入ってしまっていたのだ。
その軌道は幸いにも頭部や心臓ではない……痛みに我慢すればいいだけだ、これは俺の覚悟が足りなかった報いだろう。
そう思って歯を食いしばり、せめて銃弾が食い込む深さを阻止しようと下半身に力を入れて地面を踏みしめた瞬間……目の前が黒に染められた。
直後、カカカカカカッと細かい何かが弾かれたよう音がすぐそこから聞こえてきた。
「龍鋼布とはさすがの強度だな……銃弾如きは弾くか」
俺の目の前を覆った黒い影は師匠だったようだ、身を呈して守ってくれたのだ。
きっと縦横無尽に走り回りながらも、ずっと俺の事を気にしていてくれたんだろう。
「大丈夫か?お前の覚悟はわかるが無理はしなくてもいいんだぞ?人をその手でわざわざ殺める必要なんてない」
あぁ……暖かい。
それに反してなんて俺は情けないんだろうか……
「……大丈夫です」
「そうか……まぁ無理はするなよ。つくねたちが張り切っているお陰で、もうすぐに仕舞いになる」
「は……い」
「では、俺も行ってくる」
今一度深呼吸を繰り返してから冷静になる。
耳を澄ませば、先ほどまでは自分の呼吸音と心臓が激しく脈打つ音しかほとんど聞こえていなかったが、そこら中から阿鼻叫喚……絶叫悲鳴が響き聞こえてくる。
目に力を入れれば、つくねたち四神は魔法を使わず1人づつを爪で牙で嘴で攻撃しているようだ。それでもその力の差は圧倒的で、師匠の動きと相まって既に立っている敵のカズは半分ほどになっているようだ。
先ほどのマシンガンは運良く弾けた。だけどヘタをしたら師匠は銃弾をその肉体自身で受け止め傷を負う事になっていただろう。
俺は師匠の足を引っ張るために、ましてや傷を負わせるためにここにいるのか?
違う、そうじゃない!
俺は、俺は自分を……そして香織さんを、大事な人を守るために自ら選んでここにいるんだ。
「分身っ!!」
「魔法を使わず、この手で戦闘不能にしろ!蹂躙する!」
おおよそ100体ほどの分身に指示の声を掛け、俺は走り出す。
「抜刀!」
こちらを伺っていた斧使いへと目掛けて疾走し、構える隙を与えず両断する。
生暖かい血が、臓物がこの身へと降り注ぐが構わない。返す刀を持って近くにいる者たちを斬りつける。
矢や魔法を交わし、刀を振り続ける。
………………
…………
……
気付くと周りに俺たち以外の誰一人立ってはいなかった。
そして師匠を探すと、蠢く4つの塊を前に仁王立ちしている姿が見受けられたので、そちらへと歩みを進める。
「終わったようだな、よく頑張ったな」
臓物、腕、脚……人だった物と思われる物体が散乱する中、この場には似つかわしくないほどの柔らかな微笑みを師匠は浮かべて俺に労いの言葉を掛けてくれた。
「さて、疲れたところで悪いがこれの尋問をしたいから、近衛の者たちを呼んでくれるか?」
「お前たちこんな事してどうなるかわかっているのか!?」
「エリクサーを出せ、そしたらこれからはお前たちに全面的に協力してやろう!」
「俺はこいつらに唆されただけだ!」
「幾らだ!?幾ら欲しい!?助けてくれるのなら、幾らでも出してやる!」
師匠の足元で叫ぶのは長たち4人。その姿は手足は全て切り落とされ、己では何一つ出来ない姿へと変わっていた。
己の配下たちが死に、あちらこちらで苦しみ泣き声をあげている中で、よくも自分たちだけの命乞い……いや、命乞いではないな、この状況になったにも拘わらず、上から目線で喚いている事に呆れを感じてしまう。
何なんだコイツらは……師匠と同じ人間なのかとつい視線を向けると、風魔の長と目があった。
「お、お前は何なんだ!何なんだよ!?バケモノが!!ち、近寄るなっ!!」
「黙れっ!!」
つい先ほどまで偉そうに師匠に喚いていたはずが、俺と目があった瞬間怯えた表情へと変わり、動かない身体を無理やり動かして逃げようとし叫んだ。
そしてすぐさま人型形態に戻ったつくねが怒りの声を上げ、その首を刎ねた。
「これ、気持ちはわかるがまだ尋問をせねばならんのだ、これ以上対象を減らすでないわ」
「ですがこれは主様をこの期に及んで愚弄したのです、その罪はその身をもって償わせるしかありません」
「まぁそうなのだが……とりあえずこれ以上つくねたちが殺して仕舞わぬように、近衛を呼んでくれ」
苦笑した師匠の言葉に従い次元世界を開くと、そこには象の3倍ほどの大きさになったうどんを香織さんとそのご両親、そして近衛の人4人でモフっている姿があった。
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