第123話ーー不甲斐なくて……

 師匠がおもむろに魔法袋から七輪を取り出し炭に火を着け、その上にヤカンを置いた。どうやらお茶の用意のようだ。

 しばしの間湯が湧くのをじっと待ち、そして師匠手ずからお茶を淹れてくれたお茶を頂く。更にそれぞれの手元には饅頭まで置かれている。


「なんじゃ……せっかくなら抹茶での野点をせんか」

「面倒だし、そもそも最近の若い者は飲まん。なぁ横川」


 正直なところ抹茶なんて飲んだのは1度だけだ、しかも苦くて苦手だと感じた覚えがある。更に抹茶を頂く時には色々な作法が必要だと聞いて、殊更苦手意識を強くした覚えさえある。


 初代の織田信長がお茶を点てるのが得意だったから継ぐ者としてどうだこうだと話し合っているのを横目にお茶をゆっくりと頂きながら、先程までの話を頭の中で反芻する。


 結局のところよくわかったのは、普段一緒にいる師匠たちや香織さん、アマとキム、その他に伊賀のお師匠さんたちや柳生さん以外は信用出来ないという事だ。少し人間不信になりそうでもある……そして俺でさえそうなんだから、香織さんの衝撃は尋常ではないだろう。大丈夫なんだろうか?……本当に許せないな。

 特に金山さんだ、外国勢力の考えとしては、第1目標は俺の確保だそうだ、香織さんは手に入ればラッキー、無理そうだったら殺害を行う予定だそうだ。ただ元々金山さんは外国勢力の手先として日本で暮らしていたのか?それとも何かの事情があって、最近手先へと変わったのかもわからないそうだから……それでも手先となって香織さんを売ろうとするのは許せないけれど、せめて後者であって欲しいところだ。


 他にも聞き足りないところを聞く事にしたのだが、すると色々衝撃的な話が飛び出してきた。


 勇者jobが発現した際に、国内平和を乱す恐れを考えて香織さんを暗殺するという案や、どこぞに軟禁して飼い殺しにするという案が政治家の話し合いで出たらしい。ただダンジョンの階層更新や、深層からのドロップに期待する声や、経済界……つまり伊賀の先代からの圧力もあって、物騒な案は消えたとの事だ。ただそれはつまり伊賀の先代は、その頃から目を付けていたという事でもあるのだが、つい最近までただの女子高生だった者が直ぐに成果を出せるわけもない。それ故に各流派をも巻き込んで、自分たち以外が取り込めないように不文律まで作り、更には師匠や東さんたちと共に活動させる事により、実が花を咲かせるまで待とうと企んだようだ……だが、そこに突然現れたのが俺という存在。勇者よりも更に能力的に脅威のものがあり、師匠によりある程度育っていると判断し、今この時と俺と香織さんを手にしようと考えたようだ……まぁ、結局は己が策に溺れて失敗したわけだけども。


「どうして俺だけに話したんですか?」

「あぁ、この話を聞いてどう思った?素直に言ってくれ」

「香織さんは大丈夫かな?と」

「うむ……これを話したら、如月くんはショックだろう。お前の想いは叶えられておらぬようだが、それでも仲は良くなっただろう?故に支えてやれ」


 そうだよね。

 親友……少なくとも信用していた友人3人に裏切られていたなんて、俺だったら本当に誰も信用出来なくなる。今だったら次元世界もあるし、引き篭って出て来なくなるな。


「それにしても……勇者とは何なんですか?」

「勇者か……わからん。そもそも勇者という職なぞ世にはなかろう、まぁ横川くんのNINJAも然りじゃがの」


 なんだろう……

 柳生さんが俺の名前とNINJAを口にした時、ほんの一瞬だけど師匠の顔が悲しく歪んだ気がしたんだけれど、何か知っているのかな?いや、研究者でもない師匠が何かを知っているわけもないか、未だjobどころかステータスなどの存在……いや、そもそもダンジョンの発生すらも謎に包まれ、何一つわかっている事などないんだからね。


「これまでの勇者jobを持つ者たちの全てを洗っても、何一つこれだという共通項はないし、勇者が死んで何年後に次の者が現れるかもわかっていないからな。今回はロシアのが死んで3ヶ月後だったな」

「それにのう……死んだ勇者の身体を解剖しても、やはり他の者と何か違ったという話は聞かんしの」


 げっ!解剖までしてるのかよ……

 あのマッドサイエンティストみたいなのは、世界に山ほどいるって事だよね、怖すぎる。


「横川くんも捕まったら解剖されるやもしれんので、くれぐれも気を付けるんじゃぞ。我らも全力は尽くすがの」


 いや、もう既に1度解剖させてくれと懇願された事があります!!

 まぁここで言っても、話が終わらなくなるだろうから言わないけどね。


「あとは……あぁ、当日だが敵の排除は我らがやる。お前は安全な所に転移してから、如月くんとこの世界で遊んででもいればいいからな」


 俺をターゲットとして争うというのに、師匠たちだけの手を汚させていいのだろうか?

 ただ人を殺せと言われても、出来ないかもしれないけれど……


「子供がわざわざその手を赤く染める必要は無い。それにこれは我ら大人の欲やエゴが生んだ争いだ。お前や如月くんの問題ではない」


 うーん、でもなぁ……

 確かにそうかもしれない、そうかもしれないんだけど割り切れないものがあるんだよね。それに香織さんも、きっと友人だと思っていた3人に真意を聞いてみたいと思うんだよね。その時に、なんの力になれないとしても傍にいてあげたいかというか……


「とりあえず話しはこんなものかな?何か質問はあるか?」


 もうね、ほんとうにいっぱいいっぱいなんだよ。次から次にと衝撃の事実の連続で、頭の中がまとまんないんだ。何か肝心な事を聞き忘れているような気もするし、全てを聞いた気もする……そんな感じだ。


「今は思い付かないです」

「そうか……では悪いが、如月くんを呼んで来てくれるか?」

「……はい」


 やっぱり話すよね。

 話さなければならない事だ……でも、香織さんの心情を考えるとな。

 でも先に進むためには仕方ないんだよね……


 1度外に出て香織さんを探すと、うどんたち召喚獣に与えられた部屋でモフパラ中のようだ。最近特にモフパラの頻度が上がった気がするのは、近くにいるからなのか、それとも精神的にキツいからなのか……きっとどちらもなんだろう。


 そして次元世界に送ったところで、俺は一緒に居ない方がいいかと思って1度離れようとしたのだが、香織さんに引き止められた。どうやらこれからの話が、自分に関わるあの話だという事を察知していたらしく、1人では不安なんだそうだ。


 そして先ほどよりもゆっくりと丁寧に、それでいて香織さんの気持ちを慮るように話を聞かせる師匠。


 香織さんは、声こそ出さないが涙し、小さく震え続けていた。その姿はまるで子供のようで……ひどく小さく、触れれば壊れそうな繊細な硝子細工にも見えた。


 俺はただただその横で、倒れないよう見守る事しか出来なくて……

 それがただただ不甲斐なく悔しかった。

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