第118話ーー辞世の句を詠んでください
広間に足を踏み入れると、大人たちの視線が一斉に俺たちへと向けられた。暖かい目、冷たい目、観察するような目など色々なタイプの視線を受けながら、案内通りに師匠が座る近くに用意されていた座布団に腰を下ろした。つくねは俺たちの少し後ろに同じく座る。
「呼ばれましたので来ました……」
「うむ」
師匠の顔は……うん、いつにも増して無表情だ。無表情だが……どことなく目の奥に暗い笑みがあるのかなって感じもする。
「おうっガキィ、お前が横川か?」
師匠と俺たちを迎えるようなコの字型に座っている大人たちの1人、俺たちから向かって左側にいるスーツ姿の少し小太りのオッサンが声を掛けてきた。
「……はい」
初めましてなのに、ガキとかなんか腹立つ奴だけど、一応返事をしておく。
「で、隣の女!お前が勇者の如月か?」
「……はい」
なんだその言い方は!!
言い方だけでも腹が立つのに、香織さんの事をいやらしい目で見やがって。んっ?1人だけじゃないな……数人同じような目で全身を舐め回すように見てやがるっ!!もしかしてケンカ売ってるのかな?
「おいガキ、てめぇその目はなんだ?ああっ?」
なんか怒鳴って睨んできたけれど、全然怖くないというか迫力もない。まるで空威張りしているようで、少し滑稽にも見えるよ。
「チッ……クソガキがっ!まぁいい、お前は一全に無理やり所属させられ、探索をさせられているで間違いないな?」
はっ?突然何言い出したんだ?このオッサンは。
まぁ半年前に同じ事聞かれたら、迷わず頷いたかもしれないが、今は感謝しているからね。だいたいこちらがお世話になっているわけだし。
「いえ、違いますけど?」
「チッ……既に教育済みか」
本当に感じ悪いな、なんだコイツは。
「おうっ、おいガキ。年棒5000万円、ドロップの5%を歩合として報酬でやるからウチで働け」
「はっ?たったそれだけ?」
「なんだとっ!?」
あっ、しまった……
あまりにもビックリして、つい素で答えちゃったよ。
歩合5%とか年棒5000万円とか……うーん、もし初めてステータスを出した直後に言われたら、心が動いてたのかもしれないね。っていうか、その金額が普通なのか?もしかして俺はめちゃくちゃ恵まれてるのかな?
「ガキが欲張りやがって……じゃあ10%出してやろう、それでいいな?」
「いえ、全く良くないですけど」
「なんだとっ!?一応聞いてやるが、いくらだ?いくら欲しい」
えっと……俺、このオッサンを社長と仰がなきゃいけないの?無理でしょ、嫌すぎる。ここは吹っかけてやるか。
「確定年棒1000億、ドロップは100%で、パーティーで潜る際はパーティーでのドロップも全て俺の物でしたら」
「はぁっ?バカにしてるのかっ?ああっ?てめぇっ!」
バカにしているっていうか、それほどお前のところには行きたくないって察しろよ。
「所詮はダンジョンで産まれたバケモノか……モンスターに金の価値はわからんか」
オッサンが苦虫を噛み潰したような顔で、ボソリと呟いた瞬間だった。
ドンッと床を蹴る音がしたと思ったら、つくねが飛び出し小太刀をオッサンの喉元へと向け突っ込んで行ったのが見えた。
「殺すなっ!」
師匠の声と同時に、つくねの握る小太刀の刃の先がオッサンの喉僅か数mmの所で止まった。
「「おっ、御館様っ!!」」
遅れてオッサンの後ろに座っていた男2人が、慌てた様子で腰を上げ手を伸ばしながら声を上げた。
御館様?御館様って言う事は、どこかの流派のTOPって事かな?
「さ、下がれ……い、一全の、下げさせろ」
「あぁ……そやつは俺の配下じゃないから無理だな。それはお前が今さっき言った、バケモノの配下の者だ」
オッサンが途切れ途切れに、それでいて少し威圧的な声色で師匠に声を掛けたが、師匠は半笑い……いや、目は笑っておらず口元だけを器用に半月に歪めている。
部屋に居る全ての人の視線が俺へと向かった時だった、つくねが初めて口を開いた。
「我が主様への
底冷えするような声で、そして刺すような視線でオッサンを見つめているようだ。
「……下げ……下げさせろっ」
「お前が口にしていいのは、主様への謝罪か、
「……下げさせんかっ!」
「最期の言葉として受け取ろう」
止める気はない。
最初から気に入らなかったし、モンスター呼ばわりはちょっと……いや、かなりムカついている。
「つぅっ!!」
オッサンが苦しげな表情で呻き声を上げたから何かと思ったら、小太刀の切っ先が少し喉へと刺さり血が垂れているようだ。それを行ったつくねの視線は後ろに控える2人に向けられているようだから、何か動こうとしたのだろう。
「我は動くなと言っはずだ」
止める気はさらさらないけれど、これどうしたらいいのかな?まぁマズイ事になりそうだったらきっと師匠が止めに入るだろうし、もう少し見守っていよう。
「……こ、言葉が過ぎた」
「それは謝罪と言わぬっ!やはり死を望むか」
「あ、謝る!」
全く謝っている感じじゃないけれど、この辺が落とし所かなと思って師匠の顔をチラリと見ると、俺に向かって頷くように小さく顎を軽く引いたのが見えた。
「どうやら謝罪の仕方を知らぬらしいな……では望み通り死ね」
「あ、謝るっ!許してくれっ!」
つくねがこちらをチラリと見てきたので、師匠と同じように軽く顎を引いて見せると、つくねも頷き返してきた。
「主様の寛大な心に感謝するがいい。あと、謝罪とは頭を下げるものだ」
おもむろにオッサンの後頭部を掴むと、床にガツンと打ちつけた後、こちらに背を向けたままジャンプして戻って来て元の位置へと座り直した。
「クククッ……やりすぎだ」
「申し訳ございませぬ」
堪えきれないといった表情で喉の音を鳴らし笑いながら、一応といった
他の人たちの様子を見てみると、ニヤついている人が数名、苦笑を浮かべているのも数名、苦々しい表情なのが若干名といった感じだ。
「……勇者の女、お前は俺が妾にしてやる」
「あ"あ"っ?」
オッサンの隣に座っている、頭頂部まで額が広がり大きく突き出た腹を胡座をかいた足の上に載せたオッサンが、下卑た笑みを浮かべながらとんでもない事を言いやがった!
つい、思わず声が出ちゃったよ!
コイツはここで殺すべきだ、うん。部屋に入って来た時からずっと舐め回すように視姦しているかのように、香織さんを汚らしい顔を歪めて見ていたからな。アイツの後ろに控えている2人も同じような視線と顔をしているから、きっと仲間なのだろう。
「お断りします」
俺が腰を浮かせ始めたら、香織さんが俺の腕を軽く抑えながら、震えた声で断った。
「はっ?勇者だ何だと持て囃されて勘違いしているかもしれんが、お前に拒否権などない。大人しくありがとうございますと言え」
やっぱり殺すべきだ。
そのふざけた口を二度と開けないようにしてやるべきだ。
……俺の腕を掴む香織さんの手に更に力が込められ、そして震えている。
「お断りします」
「聞こえなかったのか?お前に拒否権はないと」
「……お断りします」
「そこまでだっ!風魔のよ、勇者には強制はしない、全て本人の自由意志を尊重するという不文律を忘れたか?」
部屋にいる中で1番老齢に見える、着物姿の小兵で、まるで好々爺にも見えるが眼光鋭い人がよく通る声で一喝した。
「チッ!気分が悪いわ……帰るっ!」
「フンッ!俺も帰る。クソガキとそこの女、覚えておけよっ」
香織さんに暴言を吐いたオッサンと、先ほど俺をモンスターと言ったオッサンが捨て台詞を吐いて、ドタドタと大きな音をたてながら部屋を出て行った。
「ふむ……一全のよ、なぜ故に勇者がここに暮らしているのか聞かせて貰ってもいいかな?」
つくねの一件の時に、苦々しい表情を浮かべていたもう1人が、探るような表情で口を開いた。
「んっ?先ほどの様子を見ていてわかるだろう、あのような輩から守るためだ。我らは探索を共にしておるしな」
「勇者のよ、間違っていないか?」
「はい」
「ふむ……わかった。では今回の集まりはこれにて解散でいいかな?」
「あぁ、議を上げた者が帰ったしな」
「では失礼する」
師匠の言う通りだよ。もし家で暮らしていて、あのようなオッサンたちが山ほど香織さんに押し寄せて来たらと思うと恐ろしいね。
ぞろぞろと広間から人が出て行く。そして残ったのは先ほど一喝したお爺さんと、伊賀の師匠2人とアマとキム。あとはそれぞれの護衛?付き人?みたいな人たちだけだった。
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