第117話ーーお前もか!?

「あぁ〜いいですね、さすが香織はわかっていますね。それに比べて主様といったら……もう少し愛を込めて下さいっ!」


 大型犬用の櫛を手に、うどんの9つの尻尾を梳く事既に数時間。

 これは108階層から地上まで出てくる際に、うどんが東さんたちとずっと一緒に居た事に対する報酬の1つだ。全身を優しくしっかりと梳いてくれってのが要望だった。うん、何だかんだ言っても、やはり獣らしさがある要望で、聞いた時はつい笑ってしまってから、それぐらいならと了承したのだが……これが結構な重労働だ。体長3mくらい、尻尾だけでも各1.5mほどあるから大変なのだ。しかも梳き方に文句をつけてくるし……これで香織さんが一緒じゃなかったら、早々に放り出しているよ。魔力で構成されているのだから、梳くなんて行為は必要ないんじゃないの?って思ったんだけど、そこは気分の問題だから関係ないらしい。

 まぁ色々助けられている事に間違いはないし、香織さんの顔は蕩けているしいいんだけどね。


 ここは香織さんの自宅ではない。一全の本部にある、俺が貸し与えられている一室だ。なぜ香織さんがここにいるかというと……

 地上に戻ってきた俺たちは、探索者協会で東さんたちとは別れ精算をし、迎えの車に乗り込み帰宅する事になったのだが……なんと、香織さんが一全の本部へと一緒に来る事になったのだ。

 どうやら事態はかなり危険な状態にあるという判断で、敷地内別宅に香織さんの家族全てを保護する事が決定したらしく、お義母さんセレクトで全ての必要な荷物が既に運び込まれていた。

 お義母さんは俺が居るのを見つけるや否や、「モフ……横川くんが居るなんて!迷ったけどお願いして良かったわ〜これで毎日トラちゃんたちに会えるのね」なんて喜びの声をあげていた。お義父さんはまだ会っていない……何か言われるのかな?ドキドキしている。


 そうそう、今回の探索での収入は7800階層でのお宝はほどんど放出していない。なぜならあまりにも荒唐無稽な階層な上に、未知の物ばかりなためとの事だ。どうやら国際政治的な事情が絡むらしいのだ……これにより更に他国勢力が活気づく可能性があるらしい。その辺の事は全くわからないので、師匠たちの言葉に従うまでだ。出したのは宝石の原石500個くらいだ。ただあのバカデカい魔晶石は天皇家に奉納するらしい。世には出さずに秘密裏にらしいけれどね。

 で、俺と香織さんの報酬はだが、俺は金塊を含めて約1億2千万円ほどで、香織さんは9千万円ほどだ。香織さんが意外に高いのは、150階層で得た薬草や鉱石の代金が高かったためでもある。

 香織さんは呆然としていたよ、その金額に……うん、金銭感覚狂っちゃうよね。俺は何だかんだ少し慣れてきた、怖い事だけどさ。もちろん俺の代金はそのままほとんどが定期預金に回されたのは言うまでもないだろう……もう勝手に職員さんが手続きしてたからね。


 ちなみに東さんたちにいつもかなりの魔晶石を渡したりしているが、今回は一切渡していない。なので彼らの収入となるのは1階層〜99階層までの魔晶石と、150階層での金くらいだろう。もちろんガタガタ文句を言っていたけれど、ハゲヤクザと鬼畜治療師に物理的に黙らされていた。

 そして彼らが駆けつけたメディアの前で記者会見をし始めたのを横目に帰ってきたのだ。ドヤ顔で「まぁ感覚は掴めましたよ。ただ今は美味しい料理が恋しいですね」なんて軽口を叩いている姿を見て、ある意味関心したよ、ある意味ね。全く憧れはしないけれどさ。



「何をボーっとしているんですか?手が止まっておりますよっ!」


 おうっと、帰ってきてからの事を思い出していたらうどんから叱られたよ。

 役目を果たしたうどんに対してお疲れ様だとは思うけれど、実際彼らと行動を共にしてうどんが何を言われたとか何があったかは知らないんだよね、師匠に呼ばれて深刻な顔をして話していたくらいしかわからない。

 これからどうなってしまうのか?東さんたちはどうなるのか?誰が原因なのか?誰が暗躍しているのか?不安だけれど、全て師匠に任せるしかない。


 ハク・つくね・あられ・ロンは俺たちの傍らで、宝石の仕分け……仕分けじゃないな、自分たちが欲しいのを探している。宝石の原石はその数7,000個あった。協会に提出したのは500、残りをまず5人で1,000個づつ。残りの1,500を鬼畜治療師に1,000、香織さんに500とした。で、俺の取り分なんだけど……小分けにして時折売っていけばいいのかな〜なんて思っていたんだけど、そういえば目を輝かせていた奴らがいた事を思い出し、「好きな物を100個づつ選んでいいよ」と伝えたら、うどんを含めてあーでもないこーでもないと楽しそうに目を輝かせながら手に取っているのだ。特に気に入った物は鬼畜治療師に頼んでネックレスなどにして貰う予定だ。残りをしまって置く場所に困ったので、師匠にお願いして魔法袋を6つほど購入して、それぞれに渡す事にもなった。


 それぞれが欲しい宝石を決めた頃、俺と香織さんのうどんの尻尾梳き業務も終わりを迎えた……っておいぃっ!ハクはなんで「次は私ですね」って感じでうどんと入れ替わるように目の前に座ったんだ?


「ハクちゃんもしてあげるね」

「主様、香織ありがとうございます」


 だよね……

 そうなるよね……

 正直なところ、宝石を選り分けている時から何故か獣姿だったから怪しいとは思っていたんだ。

 もう疲れたからあまり歓迎したい事じゃないけれど、香織さんが蕩けるような笑顔だし、まっいいか。


 そういえばダンジョン内で約束した、待望の2人っきりのデートなんだけど、師匠から待ったを掛けられた。理由は簡単、香織さん一家が避難してきた事と一緒だ。Xデーは次回探索時とわかっているとはいえ、把握出来ていない他の勢力などがいつどこで事を起こすかもしれないので、一連の出来事がある程度片付くまで2人っきりでのデートはダメらしい。これは香織さんだけじゃなくて、アマやキムと3人で遊ぶ事も禁止された。2人は俺と特に仲が良い事が問題なんだってさ、人質のように扱われる可能性が高いらしい…… 。2人には申し訳ないから、今度会ったらスガキヤででも奢ろう……安いって文句言われるかな?スガキヤは安くて美味くて最高なんだけどね。

 2人とも現在は伊賀の山奥に軟禁……おっと、保護されているようだ。毎日滝行からの鍛治や、畑で薬草栽培に精を出させられていると、悲鳴のようなメールが1週間ほど前に届いていた。届いていたというのは、現在彼らがいる場所には電波が届かないからだ。

 いつになるかわからないけれど、お互い無事にまた会いたいね。


 なんてしみじみ思っていたら、すぐに2人に会う事となった。

 ハクを梳くのがちょうど終わるころだった近衛の人が部屋を訪ねてきたのだ。


「横川くん、如月くん、御館様がお呼びなので広間へお願い出来るかな?あと、横川くんには伝言が……」


 伝言を聞いてから、身なりを整えるなどして広間へと向かった。何故かつくねも一緒に着いてきたけれど。

 そこには心做しか少しやつれ強ばった表情のアマとキム、そして2人の師匠さん2人、そして見慣れない人が数十人居たのだが……


 その場の空気は、まるで極寒の地のように冷たく尖り張り詰めていた。

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