第95話ーーその取っ手持ってもいいですか?

「お前は言ったそばから……」

「不可抗力ですよね?」


 新たなスキルの説明をしたら困った顔で呟かれた。

 いやいや、これは不可抗力だ、勝手に生えたんだから俺に文句を言われても困る。

 確かにちょっと問題なスキルばかりだとは思うけれどもさ。


 ダンジョンのゲートを潜って少し歩いたところで時空間庫を試してみたところ、俺の前にぽっかりとスペースが出来た。荷物を置くと自動的に奥に詰められて行くので、旅行の荷物じゃないが先に使う物は最後に詰めないと、毎回全部出してっていう面倒になる予感がする。


「生物も可能なようだな……よし、俺が入ろうか」

「お止めくだされっ」

「ここは老い先短い儂が参りましょう」


 師匠が実験台になると言い出し、それを止める2人……まるでどこかの芸人のようなやり取りだ。ここはひとつ「では俺が」とか言った方がいいんだろうか?でもこの時空間庫は絶対に俺の前に出るようで、俺が入る事は出来ないし、手を突っ込んでも時間が止まるって感じはしないから無理そうなんだよね。


「御館様、そして元組長の山岡様近松様お止めくださいませ。私の身をどうぞお使い下さいませ」


 なんか来た……

 やっぱり潜んでいたよ、近衛っぽい人が。

 まぁダンジョン内に居た訳ではなく、ダンジョン前に居たみたいで、よく聞こえたなって感じだけどね。


「うーん、時間を止めるって人間はどうなるんでしょうね……死にませんかね?」

「言葉通りに捉えたならば可能だろう」

「うーん……実験する必要あります?人間とか入れる必要性は生まれないと思うんですけど」

「この先何があるかわからんからな、試せる時に試しておいた方がいいだろう。いざ必要になった時に迷うよりな」


 言いたい事はわかるけど、俺のスキルの実験で、人が死んだとか嫌なんだよな〜

 でも試さないと話は進みそうにないんだよね。

 って、スキルに詳しそうな奴がいるじゃん!!


『うどん、時空間庫って人間入れるとどうなるの?』

『どうなるも何もそのままですよ』

『死にはしない?』

『死にませんよ。身体の一部が入るとその物体の時間は止まりますので、固まりますのでご注意を』


 うどんに聞いた事を説明すると、師匠たちは納得したが、それでも実験は必要との姿勢を崩さないので立候補してきた近衛の人で試す事になった。

 収納時間10分の結果は、思考力や時計など本当に時が止まっていたようだ。そして身体に影響はないようなので一安心といった所かな。


 実験はさておき、どこかの階層でもしかしたら先輩が虫たちに囲まれて泣いているかもしれないのだ、早く颯爽と助けに入らねばっ!!


「では行くとするが、横川は分身は3体出して全てをスキルを使わずに行け」

「はい」


 スキルを使うなっていうのは、先ほどの話の自身の力をつけろって事なんだろうね。

 ただ、ぱっと見体長30cm程のムカデがうじゃうじゃしているので、ドカンと1発火魔法で燃やし尽くしたくなるところなんだけどさ。


 このダンジョンの特徴は節足動物やトカゲ類ばかりというのもあるけれど、もう1つの特徴として毒持ちが多い事があげられる。ムカデは針のような尾に毒があるし、蜘蛛は牙に毒がある……まぁ毒耐性MAXなんで効かないんだけれど、一般の人たちは更に嫌がるだろうなって思う。


 節足動物は硬い甲殻を持つものも多いが、まぁこれも今更なので、サクサクと俺と2体の分身で切って周る。1体はドロップ拾い係だ。


 本当に、本当に悲しい事……いや、ありがたい事なのか?ともかくこれまで散々な修行をさせられて来たわけだけど、それが全て役に立っているんだよね、毒しかり硬い甲殻を斬る技しかりね。


 ムカデ、蜘蛛、トカゲ、サソリ、蜂や蝶など様々なモンスターを木刀で斬りまくる。とにかく数が多いし、的は小さいモノが多いので面倒だが、文句を言えるはずもないので黙々と作業し続ける。

 カブトムシやクワガタを小さい頃はありがたがったけれど、今となってはちょっと厄介なだけだね。だって30cmを越す大きさのが、飛んで向かってくるんだ……ダンジョン内が若干薄暗い事もあって、以前のように視覚頼りでいたら確実に怪我を負うところだ。


 ちなみにここまでのボスは、1m程の蜂が山ほど飛んでいる部屋と、1m程の蜘蛛とその半分ほどの子蜘蛛が壁床一面にいた。


 っと……

 なんか下層から熱と地響きを感じるんだけど、これはもしかして……いや、もしかしなくても先輩たちが魔法をぶっ放しまくってるのかな?


「これは先輩たちですかね?」

「そうだろうね〜3日で30階層とは遅すぎると思うけどね」


 これは大変だ、急がなければ!!

 とっとと29階層を殲滅して駆けつける!!


 蜂や蝶の大群を数百と切り刻んで階段を降りるとそこは……黒いGの名を持つアレを階段下から動かずに魔法と弓で攻撃し続けている先輩たち一行の姿があった。


「大丈夫です……か?……ひっ」


 つい悲鳴をあげてしまったのはしょうがないと思う。なぜなら声を掛け振り向いた4人の目からはハイライトが消え無表情……まるで真っ白な能面のような顔だったんだから。


「あの、俺が殲滅代わるので休んで下さい」

「「「「……」」」」


 反応がない。

 先輩と田中さんは無言で魔法を放ち、金山さんと秋田さんは弓を放ち続けている……怖い。


「あのーもしもーし!」

「心ここに在らずといった感じだな……しょうがない……っと」


 師匠たちは先輩たちの姿を見ると、苦笑いを浮かべ肩を竦めた後に、4人の首に手刀を軽く当てて気絶させた。


 あれっ?

 先輩たちが俺の登場に目を輝かせるって話はどこ行ったんですか?


「ちょうどいい、横川よ4人とも空間庫にしまえ」

「えっ?」

「持って運ぶのも面倒だしな、31階層に到ったら出せばいい」


 面倒って……自分で気絶させておいてよく言うよ。

 って、しまうってどこ持てばいいんだ?

 やっぱりお姫様抱っこ?

 いや、これはチャンスだ。

 せっかくだからマシュマロパイの威力を確かめさせて貰うのもありかもしれん。

 きっとあれは持つための取っ手みたいなものだ、うん。それなら仕方がないよね。


「あんた変な事考えているないだろうね、さっさとしな」

「へ、変な事って何ですか?」

「いやらしい事を考えているって顔に出てるんだよっ」


 くっ、また顔に出ていたのか……俺の素直さが恨めしい。


「ほれっ」


 鬼畜治療師が抱きあげたのを渡され、受け取りしまっていく。

 おおっ!柔らかいっ!!

 顔がすぐそこにある!!

 なんかいい匂いがしそうだっ!


「気持ち悪い顔してるんじゃないよっ!早くしまいな」


 クソッ、ほんの少しの楽しみも許さないのかこのババアっ!


「あんたね……起きてきた時に全員に今の様子を言われたいのかい?」

「……すみませんでした」


 それはヤバい、かなりヤバい。

 せっかくバレンタインデーの件で先輩といい感じに仲良くなれ始めているのに、全てが台無しになってしまう。


「横川、一気に下層まで行くぞ。分身を全部だして魔法解禁だ」


 やっぱりさすがの師匠もGは苦手なのかな?顔を顰めてるし。ただその案には賛成だ、面倒くさかったしね。

 こういう時こそ炎獄の出番じゃないかと思うけれども、未だここは30階層だし先は長いからダメかな?……まぁ少し放つ事に不安もあるけれどね。以前のあれがいくらうどんのせいであって、魔力を使用し過ぎなければ問題ないとわかっていても、リミッターが外れるという事実は怖い、体感がないのが特に。


 まぁ今は分身も78体にまで増えたから問題はないか。土遁風遁のレベル上げがてら殲滅していくに限る。


 世の中には様々なダンジョンがある。ここのように節足動物や爬虫類ばかりの所もあれば、日間賀島のように海の生物ばかりの所、鳥類、哺乳類、二足歩行のモンスターなどそれオンリーの所もあると聞いている。

 一体ダンジョンとは何のためにあるのか?不思議で仕方がない。師匠の言った通りに、世界中で今も研究され続けているけれど、未だわからない……いや、もしかしたら答えは既に出ているのかもしれないが、誰かが「それ正解」と答え合わせしてくれるわけもないので謎のままだ。


 まっ、俺がそんな事を考えても仕方ないか。

 そういうのは偉い学者先生たちに任せて、俺は目の前の敵を屠り、稼いで生活を豊かにするのが黙秘だ。

 そこに先輩がいたら最高なんだけどね。


 とりあえずその目標に近付くために、サクサクと戦いますかっ!!


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