第50話ーー蛙の子は蛙

 ――世界的パーティーリーダー東視点――


 壮行会という名の、愛知県知事やお付によるパフォーマンスショーが続いている。


 俺たちはこの5年ほどは東京に拠点を移し、東京蔵前ダンジョンを最近は攻略していた。あそこは10階層毎に帰還用転移魔法陣がボス部屋に出現するので楽なのだ。またメディアへの出演などにも都合がいい。


 世界的TOPパーティーなんて世間では持て囃されてはいるが、真実は本当のTOPパーティーを隠すための広告塔だからな。メディアに近いという事はかなり重要なんだ。


 俺たちは日本に存在する古武道や武術、剣術の各流派から寄せ集められた集団だ。俺の所属する一全の他に伊賀・甲賀・柳生・風魔・戸隠・示現流などなど錚々たる名が並んでいる。そして伊賀を筆頭にした各武具やアイテム、薬品メーカーをスポンサーとして活動しているんだ。

 もちろんシーカーではあるので、それなりの武力を持っていると自負はしているが、あくまでもでしかない。うちの若や組長たちち比べたら、月とスッポンほどの差がある。


 そのスポンサーたちの意向で、以前に日本の最高到達階層を更新した名古屋北ダンジョンに再び探索する事が決定した。そしてそれを発表したところ、愛知県知事が自分の票集めのためなのか、それともただ単に目立ちだかり屋なのか、壮行会をしたいと言い出した事により、各社マスコミを集めてのショーとなったわけだ。


 いつものようにマスコミ向けににこやかに微笑み、握手を繰り返し、ポーズを決める。

 うんざりしてくるが仕方がない、これも仕事の一環だからな。


 ようやく話が終わった、これで今日の仕事は終了、ホテルに帰ってゆっくり寝られるぜなんて思っていたら、知事が何だか喚き始めた。

 話を聞いてみれば、これもよくある話だ。権力者が自分の息子や娘がシーカー職だから、パーティー要員やサポート要員に入れてくれという話だ。まだ「嫁に……」とか「婿に……」なんて話よりはマシだが、面倒くさい事この上ない。

 なんたって、その俺たちこそがサポート要員なんだからな。


「東さん、私の息子と友人たちの有用性をね、証明しますので、それを見て頂ければおわかりになると思うんですよ」


 んっ?

 証明ってなんだ?


「えぇ、ちょうど底辺職だというのにも関わらず、世に感謝もせずのうのうと生きているやつらが来ましたので、身の程を知って貰うためにも、スパーリングパートナーとして戦って貰おうと思いましてね」


 知事の視線を追うと、そこに居たのは先週一全の本部で紹介された横川くんだった。

 彼は若と組長2人に日々鍛えられており、あの方たちの口からと言わしめるだけある、既にかなり強さを持った子だ。

 朝稽古の様子しか見ていないが、若との手合わせは正直目を疑った。あまりにも動きが早く、打ち筋は鋭いのだ。そしてその後に他の子との手合いは酷いものだった。「手加減をしろ、スキルを使うな」と言われているにも関わらずあの動き。対した子は、きっと何が起きたかわかっていないだろう。正に電光石火……もし自分が対戦相手だったとしても、同じ結果となる事を予想出来てしまったほどだった。

 そんな彼の身の程とは……理解不能だ。


 その後ろにいる7人は……横川くんの友達と思われる2人と、その後ろにいるウサギとパンダの面を着けた2人の正体はわからないが、他の3人は面をしていてもわかる。横川くんと一緒にいる事もそうだが、一分の隙を感じさせない立ち姿、圧倒的な強者だけが纏うような異様なオーラ……確実に若様と山岡組長、近松組長だ。

 そう考えると、他の2人はきっと先日話のあった伊賀の幹部2人だろう。


「ねぇ東、あの方たちって……」


 瓦崎も気づいたらしいな。


「確実にな」

「おい、知っているのか?」

「あぁ先日会ったって話したのが、あそこの彼だ。そして後ろにいる方々はお前も知っているあのお方だ」

「マジかよ……」


 瓦崎以外のメンバーが話しかけてくるので説明すると、一様に顔を顰め他の者に伝言していく。


「おい、底辺職孤児のガキども。名誉あるスパーリングパートナーとして選んでやったんだ、ありがたく受けるだろ?まさか逃げねぇよな」


 あれが自慢の息子か……

 底辺職の意味がわからないが、どうせあの方たちの事だ、横川くんのjobを明らかにしておらずいるせいで誤解しているのだろう。

 いや、そもそもあの方たちの前においては、jobが何かなど余り関係ないんだがな。


「んっ?何だぁ?逃げるのか?……ぷっ、何だあのハゲ天狗!!ぶはははははっ、やべー!何!?もしかしてアレお前の知り合いか?さすが底辺!!」


 スパーリングなんて言われても、横川くんの一存で受けるかどうかは決めれないんだろうな〜なんて思って見ていたら、案の定確認のために振り返った時だった……その行動を逃げると勘違いした挙句に、知事息子は山岡組長を指差して笑い始めた。


 確かに天狗の面が無駄に似合っているけれど、あの方たちを笑うとは……

 確実に血の雨が降る。


「受けてやれ」


 このままでは危ない、知事の命などどうでもいいが、巻き込まれたら大変な事になると思ったが、止める前に許可してしまったよっ!


「もしかしてアレも一緒に戦うの?やべー!俺、笑えて戦えるか不安〜さすが底辺職!戦法がセコッぶはははははっ」

「あのハゲ仲間なのかよ」

「底辺はジジイしか仲間に出来ないんだろ」

「ブサイクだから顔隠してんのかね」


 おいおい……

 知事息子だけではなく、知事やお付、パーティーメンバーらしき一団が一緒に笑い始めやがったよ。

 あれ?あれは確かうちのクランで、よくドヤ顔でダンジョン関連の話題にコメンテーターとしてテレビに出演している若狭夫婦じゃないか。

 それなのに若に気付けないとか……バカなのか?


「知事、やめておいた方が」


 もう遅きに徹しているとは思うが、一応注意はした。

 それなのに「手加減出来る」とか何を寝言ほざいてんだよ……

 マジ勘弁してくれよ。


 各流派の人間だと思われる協会職員の仕切りにより、訓練施設に移動する事となった。職員の顔が全員静かに怒りを感じさせるものなのは、気のせいではないだろう。

 関係者は確実に気が付いているはずだからな。


 施設の僅かばかりに設置された観客席に腰を下ろす。場所の都合上入れたのは俺たちパーティーと、知事一行だけだ。

 これが吉と出るか、凶と出るのか……


 知事を始めとして、バカ息子たちの煽りが続く。

 もう嫌な汗しか出ない……頭の中に警告音が鳴り響く……足が震えてくる。


 どうやら戦闘に参加するのは横川くんだけのようだ。ほんの少しの安堵を覚えるが、未だ足は震えっぱなしだ。これは俺だけじゃない、うちのメンバー全員同じようで、震えが椅子の下にある鉄パイプを通して伝わってくる。


 武器は刃引きした物を使うようだ、そして横川くんは学生服のまま、しかも木刀らしい。これもまたほんの少しの安堵だ。横川くんもさすがに人を殺してしまうという自覚はあるようで安心した。


 安心したのだが……

 その優しさを無に還すかのように笑い始めた一団。


 そして遂に面をお取りになられた。

 やはり他の2人は、伊賀の幹部の方々だった。あの2人を敵に回すというのは、日本経済界を敵に回す事に等しいというのに。


 さすがに知事一行は理解したようだ。先程までの威勢を失い顔を真っ青……いや、白く染め声ならぬ声を漏らしている。


 だが、もう遅いだろう。

 それに息子たちパーティーは未だ大笑いしているし、あぁうちのクランの3人と杖を持った1人は事態に気がついたようだな、誰を敵に回したかという事を。


 だが、やはりもう何もかもが遅い。


 俺たち以外にここに集う者たち、つまり協会職員たちも圧に負け、身体を震わせているようだ。


「は、始めっ!」


 所長の掠れたような上擦った号令の声が上がった。


 同時に飛び出した横川くん。

 距離にして約30mをたった数歩で一瞬のうちに杖を持った1人の懐へと入り込むと、遠距離スキルを発動させないためだろう、手に持った木刀で顎を強打しつつ、もう片手で肺を殴打し吹っ飛ばした。そしてすぐにサイドステップでもう片方の杖持ちへと近寄ると、同じように顎と肺へと腕を振り抜いた。

 あれでは悲鳴をあげる暇もないだろう……


 今度は若狭母親の元へ飛び込み、弓と矢をそれぞれ持つ両腕へと木刀を打ち付けた後、回し蹴りで父親の方へと蹴り飛ばしつつ、父親の後ろへと瞬時に回り込んで両足膝へ、すぐに両腕へと木刀を当てる。


 未だバカ息子たちの誰一人として動けていない、いや何が起きているのかも認識出来ていないだろう。

 なぜならここまで10秒掛かっているかいないかの間に起きているのだから。


 次の狙いは若狭の息子のようだ、槍を持つ右手首へと剣を打ち、更にまた両腕両足を破壊した後に、壁へと蹴り飛ばした。


 まるで流れるように、驚くようなスピードで知事息子たち3人へと横川くんは襲いかかる。

 次々に両腕両足を破壊してゆく。


「戦闘不能とはどこまでやればいいですか?もう動けないと思いますが……」


 息を吐く暇さえなく、動きを見るのに精一杯だった俺たちとは違い、いつの間にか施設の真ん中辺りに立ち、全く息を乱す事なく戸惑った顔で所長へと確認の声をあげる横川くんがそこに居た。


「……追えたか?」

「何とかな」

「あれでスキル無使用とか、化け物の仲間だな」

「お前に話を聞いた時は眉唾だと思ったが……話以上じゃないか」

「あれ、本当に人間か?」

「たった半年であの動きが出来るのか!?」

「さすがは直弟子という事か……蛙の子は蛙……蛙?蛙なんて可愛くない、鬼だ、修羅だ」


 メンバーたちがゴクリと唾を飲み込みながら、驚きの声をあげている。

 本当にその通りだ、あれでスキルを一切使用していないなんて、既に人の領域を超えている。


「えっ……こっこっこっこれまでっ!」


 横川くんの声に我に返った所長が、呻き倒れ伏す一団に近寄り確認した後に、終了の声が響いた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

本日は2話更新です。

20時に予定しておりますm(*_ _)m

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